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風の契約と絆を紡ぐ物語  作者: 蒼燈
離れた心と変わらぬ絆
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9 解放と再会

鎖がすべて砕け散り、床に転がった瞬間。


ゼフの体から、重くまとわりついていた魔力が一気に霧散した。


黒い術式が、淡い光の粒となって消えていく。

それまで空間を満たしていた不気味な圧迫感も、少しずつ薄れていった。


止まっていた風が、そっと動き出す。


荒れ狂うことも、誰かを傷つけることもなく。

まるで、ようやく自分の居場所を取り戻したかのように、ゼフの周囲を静かに巡っていた。


虚ろだった瞳に、はっきりとした光が戻る。


焦点の合わなかった視線が、ゆっくりと前を向いた。


そして。


「……ステラ」


かすれた声が、静まり返った神殿に響いた。


その声を聞いた瞬間、ステラの足から力が抜けた。


ずっと、聞きたかった声だった。


何度呼びかけても返事がなくて。

何度手を伸ばしても、届かなくて。


それでも、いつかきっと応えてくれると信じていた。


「ゼフ……っ」


名前を呼ぶ声が震える。


次の瞬間、ステラは駆け出していた。


考えるよりも先に、体が動いていた。


そして、思いきりゼフに抱きつく。


「……っ」


ゼフは一瞬驚いたように目を見開いた。

けれど、すぐにその腕を下ろし、目の前の少女を受け止める。


確かにそこにある温もり。

触れた肩も、背中に回された腕も。

自分を見つめる瞳も。


操られていた時とは違う。


そこにいるのは、間違いなく、いつものゼフだった。


「よかった……っ、ほんとに……っ」


ステラの声が震える。

押さえ込んでいた感情が、一気に溢れ出した。


安心と恐怖と後悔。


もう戻ってこないかもしれないという絶望。

それでも信じたいと願い続けた気持ち。


そのすべてが、胸の奥から溢れて、止められなくなる。


「もう……どこにも行かないで……っ」


ゼフの服を、ぎゅっと握りしめる。


「私、ゼフがいなくなるかもって思っただけで……」


その先は、言葉にならなかった。


何を言いたかったのか、自分でもわからない。


怖かった。

苦しかった。

何度も、どうしたらいいのかわからなくなった。


それでも、目の前のゼフは、ちゃんとここにいる。


そう思った途端、張り詰めていたものが切れてしまった。


ステラの肩が、小さく震える。


嗚咽だけが、静かな神殿に響いた。


ゼフは、少し驚いたように目を瞬かせた。

こんなふうに泣くステラを見るのは、初めてではない。


けれど、今の涙がどれほどの不安を抱えた末に流れているのか。

そう考えると、胸の奥が締めつけられた。


自分は、彼女に何をさせてしまったのだろう。

自分の意思を奪われ、彼女に刃を向けた。

彼女がどんな思いで自分の名前を呼び続けていたのか。

どれほど怖い思いをしていたのか。


すべてを知ることはできない。

それでも、想像することくらいはできた。


「……ごめんな」


ゼフは、そっとステラの背中に腕を回した。

そして、今度は自分から、しっかりと抱き返す。


「怖い思いさせた」


言葉を探すように、ほんの少しだけ間を置く。


「でも……ちゃんと戻ってきた。ここにいる」


ステラの頭に額を寄せ、小さく息を吐いた。

腕の中にいる彼女の温もりを、確かめるように。


自分が本当に戻ってこられたのだと、ようやく実感できた気がした。


「約束しただろ」


ゼフは、静かに続ける。


「お前のところに、必ず戻るって」


「……うん……」


涙でぐしゃぐしゃのまま、ステラは頷いた。


「信じてた……」


声が途切れる。

それでも、伝えたかった。


「信じてたけど……それでも怖かった……」


「……ああ」


ゼフは、静かに頷いた。


無理に笑わせようとはしなかった。

怖くなかったことにしようとも、もう大丈夫だと言い切ろうともしなかった。


彼女が感じた恐怖も、流した涙も、なかったことにはできない。


だからこそ、今はただ、ここにいたかった。


彼女が落ち着くまで。

もう一度、安心して自分の名前を呼べるようになるまで。


「それでいい」


ゼフは、少し照れた笑い方を浮かべた。


「怖くても信じてくれたなら、それで十分だ」


その言葉に、ステラは再びゼフの服を握りしめる。

今度は、確かめるように。


ここにいる。

ちゃんと、戻ってきてくれた。


その事実を、何度も何度も胸に刻み込むように。


ゼフもまた、彼女の背中に回した腕を緩めなかった。


もう二度と離さないと、簡単に約束することはできない。

これから先も、危険は訪れるだろう。

互いに傷つくことだってあるかもしれない。


それでも。


次に何が起きたとしても、自分の意思で彼女の隣に立ちたい。


その思いだけは、もう揺らがなかった。


その光景を、少し離れた場所で見ている影があった。


アルドラ。


さっきまで確信していたはずの支配が、完全に崩れ去った現実を前に、言葉を失っている。


「……ありえない……」


かすれた声が、静寂を破った。


「完成したはずの術が……」


視線が、床に散らばった鎖の残骸へと落ちる。


幾重にも重ねた術式。

対象の意識を縛り、意思を封じ、命令に従わせるための魔法。


その完成度には、自信があった。


実際、ゼフは一度、完全に支配下へと落ちたはずだった。


それなのに。


「絆程度の共鳴で……破られるなど……」


理解できないものを見る目で、ゼフとステラを見つめる。


二人は、ただ抱き合っているだけだった。

特別な術式も、巨大な魔法陣もない。

目に見える力をぶつけ合っているわけでもない。


それなのに、自分の理論と支配は、真正面から否定された。


アルドラは、二人の姿から目を離せなかった。


自分がどれほど術を重ねても、どれほど緻密に意識を縛り上げても、完全には奪えなかったもの。


それが何なのか。


今のアルドラには、まだ理解できなかった。


ただひとつ、確かなことがある。

目の前の二人は、もう、自分の術に従ってはいない。


アルドラは、呆然と立ち尽くしたまま、動けなかった。

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