26話 己の中の矛盾
碧の空域を抜け、二人だけ生き残った騎士を引き連れ、〈不壊の殻〉副師団長であるアールシュ=デュラルは自身の聖霊剣の柄を力いっぱい握りしめ、歯を軋ませていた。
――まさか、本当にたった七人の騎士に、五十名の銀衣騎士から成る我が部隊が壊滅させられるとは。
そして敗北の不甲斐なさからか、アールシュは虚空を殴り付けた。
「聖衣騎士が三人も、そして一人一人の並外れた強さ……一体何だというのだ、あの騎士団は!」
※
時刻は夕刻。
そこはエリーヴ島、レファノス王国の拠点の一つである城塞の格納庫には〈因果の鮮血〉の聖霊剣であるマインゴーシュが並び、第九騎士師団〈不壊の殻〉の先遣隊との戦闘を終えたヨクハ達騎士団の聖霊剣もまたそこに並び、〈因果の鮮血〉の鍛冶達の整備を受けていた。
「カナフ、エイラリィ、ニコラ殿の言葉に甘え、整備は任せたらどうじゃ?」
「そうだよカナフさん、エイラ、いつ〈不壊の殻〉の本隊が襲ってくるか分からないんだから少しでも休んでおいた方がいいと思うよ」
〈因果の鮮血〉の鍛冶に混じり、タルワールの整備を行うカナフと、竜殲術〈癒掌〉による修復をデゼルのベリサルダとシーベットのスクラマサクスに施すエイラリィに、ヨクハとプルームが声を掛けた。
「いや、シオンさんには及ばないが、俺はこれでも鍛冶のはしくれでもある。自分の聖霊剣の整備くらいは自分でできる」
「〈癒掌〉で修復できる損傷には限度があります。傷は浅い内に治しておかないと」
しかし、カナフとエイラリィは、ヨクハとプルームの提言をぶっきらぼうに断った。
「やれやれ、生真面目な奴らじゃのう」
「もう、本当だよ」
すると、自分の愛刀であるベリサルダに両掌を添え、淡く青白い光を発しながら修復を続けるエイラリィに視線を送りつつデゼルが後頭部を掻く。
「いつもありがとう、僕いつもベリサルダを傷付けちゃうから、エイラリィにはお世話かけっぱなしだね」
「いえ、これは私の役目ですから。それにデゼルは、前線で体を張って皆の盾になってくれているんです、気にする必要なんてありません」
そんなエイラリィとデゼルのやり取りを見ていたソラが、目を丸くして二人の間に割って入った。
「へえ、エイラリィちゃんも他人にそんな優しい言葉かけることがあるんだな」
「人を冷血人間みたいに言わないでください。それに私に優しくされたかったらもっと信頼を得てくださいね」
「長く険しそうな道のりだなあ」
ソラは肩を落しながら嘆息すると、エイラリィの両掌から発せられる青白い光に視線を向ける。
「それにしてもエイラリィちゃんの竜殲術、人だけじゃなくて聖霊剣の修復までできるんだな、滅茶苦茶便利だなそれ」
エイラリィの〈癒掌〉は、人間が本来持つ治癒力を大幅に増幅させ、傷を癒すという能力であるが、聖霊剣もまた水の聖霊の意思によるに修復能力が備わっている。そのため、その能力を増幅させて損傷部を修復するという効果があるのだ。
するとカナフが珍しく他人を褒めるような言葉を投げかける。聖霊剣の鍛造や、術式の組み込みはシオンと自分で主にやっているが、細かな傷の修復などはいつもエイラリィの世話になっていて、この騎士団にはなくてはならない存在なのだと。
「……いえ、別にそんなことはありません」
すると、エイラリィの貢献を認めるようなカナフの言葉に、僅かに沈んだ声で、エイラリィは呟いた。
直後、シーベットがソラの顔をまじまじと覗き込む。
「皆こうやって騎士の仕事以外にもちゃんと役割をこなしているというのに、お前は特に何もしてないな新入り」
「いや今ちゃんと模索中だから、シバさんのもふもふ担当とか」
「馬鹿も休み休み言え」
「それはただのご褒美ではないか」
そんなソラの発言に呆れたように返すシーベットとシバ。しかし、役割をちゃんと模索しているという言葉に対し、ヨクハは不思議そうに首をひねった。
「そういえばソラ、お主この騎士団には仮入団中ではなかったか? ついに腹を決めて正式に入団する気にでもなったか?」
その指摘にソラはハッとしながら、心の中で自問する。
――俺、この騎士団には仮で入団して、チャンスがあれば〈因果の鮮血〉に入団しようなんて思ってたのに……何で俺、今〈因果の鮮血〉の拠点にいるよな?
しかし、自分の中に孕んだ矛盾を、ソラは理解できずにいた。
※
ディナイン群島、ティフカ島。〈不壊の殻〉本拠地城塞の玉座の間。玉座に座る〈不壊の殻〉師団長カチュア=オーディ―の前に片膝を付き、戦況の報告を行うアールシュは、顔中に冷や汗をかき、声を震わせていた。
「ええ、敗走の報告は既に聞いていますよ」
笑顔のまま、穏やかな声で返すカチュアの顔を、アールシュは一度も見ることができずにいた。
「顔を上げてくださいアールシュ」
カチュアの言葉に、恐る恐る顔を上げるアールシュ。カチュアの顔はいつも通り、穏やかな笑顔であった。
するとカチュアはゆっくりと玉座から腰を上げ、それを見たアールシュは自分の意思とは裏腹に後方に尻餅をついた。そしてゆっくりとカチュアはアールシュに近付いてくる。
アールシュは咄嗟に前のめりになり、額を地面に擦り付けた。
「申し訳ありません。今回の敗走は全て私の責任です。しかし〈因果の鮮血〉とは別と思わしき騎士団に、聖衣騎士が三人もおりました」
「へえ、聖衣騎士が三人も! それは凄いですね」
「で、ですのでどうか慈悲を、この残った隻眼だけは何卒」
土下座をしながら肩を震わせ、両手で健常な左眼を守るような姿勢のアールシュ。そんなアールシュにカチュアは肩に手を乗せた。
「そんなに怖がらなくても残った眼を抉るようなことしませんよ私、こないだのは冗談です」
「え?」
「アールシュはよくやってくれました。相手の正確な戦力も分からず敵地に攻め込ませた私の責任もあります」
「か、カチュア師団長」
カチュアの慰めるような言葉を聞き、アールシュはゆっくりと身体を起こす。
「でも、それはそれ、これはこれです」
次の瞬間、アールシュは腹部に激痛と、生暖かい何かが湧き出てくるような感覚があり、そこへ視線を送ると、カチュアが握る剣が突き刺さっていることに気付く。
「あっ、がっ……あっ」
口から血を噴出させ、苦痛に顔を歪ませるアールシュの顔を見て、カチュアの表情は穏やかな笑顔から恍惚の表情へと変わった。
「ああ、何て痛そう、何て苦しそう、教えてアールシュ、その苦痛はどれほどのものなの? どういう感じ? 一言一句漏らさず私に教えて」
声にならない苦痛を漏らし続けるアールシュを見て、カチュアは剣の刀身を左右に捻り、それによりアールシュは激しく叫びを上げる。
「ああ凄い、今までで一番痛みを共感できそうよアールシュ」
舌なめずりをしながら狂気と恍惚に塗れた表情を浮かべるカチュア。
やがてアールシュから漏れる声は消え失せ、両手はだらりと垂れさがった。
「ああ、何て可哀想なアールシュ……もう痛みを味わうことができないなんて」
カチュアは事切れたアールシュの腹部から剣を抜き、床に倒れ込むアールシュを見て、哀しそうに両手で顔を覆った。
※
日が登り、カチュアは城塞の屋上にて聖霊剣を握っていた。
片手に握り締めた柄から聖霊石へと聖霊力が供給され、背部に金色の外套が形成される。
聖霊剣の刀身の色は黄土、柄を握り締めた拳の先に幅広く短い刀身が付いたそれは、敵を貫くのに適した特殊な形状の片手剣。
宝剣ジャマダハル、カチュア=オーディ―専用の愛刀であった。
「さあ、今度は私も知ることができるかしら、本物の苦痛を」
カチュアは笑顔で舌なめずりをしながら、金色の外套を翻し砂塵舞う空へと飛び立った。そして約百五十人の銀衣騎士達もそれに続くのだった。




