13話 模擬戦闘開始
「なんじゃ?」
「『なんじゃ?』じゃないよヨクハちゃ――団長! 俺の紹介は? 最初に言ってたでしょうが」
新たに仮入団する自分を紹介してもらえず、団員達に本題だけ伝えて早々に解散させようとしたヨクハに、ソラは堪らずにツッコんだ。
「あ、すまんすまん、忘れてた」
「ったく、酷い扱いだな」
頬を掻きながら謝罪するヨクハを見て、ソラはため息を漏らした。
「こほんっ、ということで仮入団という形じゃが、今回新たにこの騎士団の一員となったソラ=レイウィング。アロンダイトの大聖霊石を寄贈してくれたのもこやつなので、皆感謝するように」
「……よろしくお願いします」
ソラは気を取り直し、どこか不服そうな表情を浮かべつつも、軽く礼をした。
集まった団員たちの視線が一斉に自分に注がれる。視線の重み――だが、敵意ではない。好奇と興味、それに少しの警戒が混ざっていた。
「ではせっかくじゃ、全員自己紹介でもするとするか」
直後、ヨクハは立ち上がって提案すると、まずは自分から名乗り始める。
「それでは改めて、この名も無き騎士団の団長ヨクハ=ホウリュウインじゃ。守護聖霊は雲、騎種は白刃騎士。よろしく頼むぞ」
何ということのない言葉と同時に、彼女の背後で風がわずかに揺らめいた気がした。
守護聖霊、雲の加護を受ける者特有の軽やかさが、その動作の端々に滲んでいる。
この人、やっぱり只者じゃない――ソラはそう直感した。
続いて他の団員達も一人一人、自己紹介をしていく。
「騎士のプルーム=クロフォードだよ。守護聖霊は雲、騎種は射術騎士。この騎士団に入ってくれたんだね、よろしくねソラ君」
笑顔で自己紹介するプルーム。柔らかく微笑むその瞳は、陽だまりのように優しかった。
けれどその奥底に潜む観察眼の鋭さを、ソラは感じ取っていた。
「騎士のエイラリィ=クロフォード。守護聖霊は水、騎種は支援騎士。仮入団ということなので程々によろしくお願いします」
姉とは対照的に、エイラリィはまるで氷のように静かな声で名乗った。表情の変化は薄い。だがその瞳の奥に、淡く揺れる水面のような優しさがどこか見え隠れしているような気がした。
「一応騎士やってますデゼル=コクスィネルです。守護聖霊は土、騎種は支援騎士です。こっちこそよろしく、ソラ」
栗色の髪を揺らしながら、デゼルは穏やかに笑った。
おっとりとした口調の裏に、どこか包み込むような落ち着きを感じる。この団の空気を一番柔らかくしているのは、たぶん彼だ。
「騎士のカナフ=アタレフだ。守護聖霊は炎、騎種は狙撃騎士。よろしく頼む」
簡潔で、無駄のない声。その立ち姿には隙がなく、研ぎ澄まされた弓の弦のような張り詰めた空気が漂っていた。
——実戦慣れしてる。ソラはそう感じた。
「私は伝令員のパルナ=ティトリーよ。まあよろしくね」
投げやりな口調と裏腹に、軽やかな仕草で髪を払う。
ツンとした態度の奥には、団の中で誰よりも気が回る役割をしている者の余裕があった。
「えーと俺は――」
続いて、先刻、鍛冶場兼格納庫で作業していたシオンという名の、職人のような見た目の初老の男が名乗ろうとした時、突然ヨクハがそれを遮る。
「ってこらシオン殿、ここは禁煙じゃぞ」
「まあまあ団長、久々にここ入ったんだから固いこと言うなって」
「久々だろうが頻繁だろうが禁煙は禁煙なんじゃ! はい退場!」
「あ、まだ自己紹介もしてねえのに俺――」
咥え煙草にマッチで火を付けようとしていたシオンは、ヨクハに建物の外へと叩き出された。
「今の爺いがうちの鍛冶で聖霊剣の整備や鍛造担当のシオンじゃ。これで今ここにいる団員は全員、しかと覚えたな」
「何か濃い人達ばっかだな」
「まあな、その代わり皆実力は確かじゃ。ところで次はお主の番じゃぞ、ちゃんと自己紹介せい」
ヨクハが改まってソラに促すと、ソラは飄々とした様子で自己紹介を始める。
「えー、一応この騎士団に仮入団しましたソラ=レイウィングです。守護聖霊はまだ不明、騎種もまだ未定ですが一応支援騎士希望です。ここに来る前はエリギウス帝国で見習い騎士やってましたが、濡れ衣着せられて追い出されてむかついたんで、今はエリギウス帝国と戦っていく気満々です」
するとソラの自己紹介を聞いた伝令員のパルナが、嘆息混じりに言う。
「ねえ団長、大丈夫なのこいつ? 何か信念とか全然無さそうなんだけど、すぐ逃げ出したり裏切ったりしない?」
「うーむ、多分大丈夫だとは思う……多分じゃが」
そんなパルナの懸念に対し、自信なさげに返すヨクハであった。
「それよりソラ、お主エリギウス帝国で見習い騎士やっとったくせに自分の“守護聖霊”も知らんのか?」
人は生まれつき一つの属性を宿している。その属性を“守護聖霊”と呼ぶ。また、自分の守護聖霊と同じ属性の聖霊剣や聖霊術を使うことで、その力を100%発揮することができる。
そのため、守護聖霊を見極める“聖霊花の儀”は騎士にとっては非常に重要な通過儀礼なのだが、エリギウス帝国では騎士見習いには聖霊花の儀式は行っていない。
エリギウス帝国には見習い騎士の数が非常に多く、守護聖霊を判別するための聖霊花の種は貴重であるという理由から、基本的には銀衣騎士に覚醒した者だけが行う。効率と資源を優先する帝国のやり方なのだとソラは言う。
「なるほどのう。大国のくせにエリギウス帝国は中々ケチ臭いのう。まあ聖霊花の儀は後でやるとして、ソラお主には今から聖霊剣を用いた模擬戦闘を行ってもらう」
「も、模擬戦闘?」
「早いところお主の騎種を決めなくてはなるまい。今から模擬戦闘を行い、わしがお主の適正を見極めてやろう」
突然の提案にソラはたじろいだ。
「誰と、どんな形式で?」
「そうじゃのう、この中ではお主の相手はカナフに任せるのが妥当かのう」
ヨクハは続ける。形式は聖霊剣のみを使用した一本勝負で、飛翔術の使用だけは認める。模擬戦闘なので相手に直接刃を当てた時点で反則負けだ、と。
「俺がやるのか団長? 俺は狙撃騎士で、剣術は普段ほとんど使わないが」
カナフもまた、突然振られて戸惑った様子であった。最低限の剣術は修得しているものの、狙撃騎士である彼は剣での戦闘を専門としておらず、当然得意ともしていなかったからだ。
しかしヨクハは返す。ソラは蒼衣騎士、カナフは銀衣騎士。そのくらいのハンデがなければ勝負にならないだろう、と。
「ていうか騎種の適正を見るのに剣だけの模擬戦闘で、本当に適正測れるのか団長?」
それは至極真っ当な疑問ではあるのだが、いかんせん知識があまり豊富でないソラは、そういうものなのだと半ば受け入れざるを得ない。
しかしヨクハは、自信満々な様子で返す。自分ほどになれば、剣捌きを見るだけでその者がどういう人物なのか、そして何に向いているのか分かるのだと。
対し、怪しむように目を細めてヨクハを見つめるソラであったが、小さくため息を吐き渋々了承する。
「まあいいか、模擬戦闘なら死ぬこともないだろうし、それで騎種の適正を見極められるっていうなら」
するとヨクハが、ソラとカナフへ不意に告げる。
「あ、ちなみに負けた方は罰として一ヶ月間毎朝、島一周全力走十本じゃぞ」
「島一周全力走を十本って、え? 毎朝それやるの? 嘘でしょ? そんな無茶苦茶な訓練、騎士養成所でもやったことないぞ!」
一見無茶な提案に食ってかかるソラであったが、ヨクハは淡々と説く。
近頃の騎士は、覚醒による潜在能力解放に甘んじて基礎的な鍛錬を怠る傾向があり嘆かわしい。
聖霊剣は、その性能や属性によって所持者の力を増幅させる。例えば膂力や防御力、瞬発力や自己治癒力などだ。
そして聖霊剣の力と騎士の元々の力、その双方が組み合わさることで騎士としての戦闘能力が決まる。つまり、騎士としての基礎能力が上がれば上がるほど当然、聖霊剣の能力解放をした時に戦闘力は底上げされるのだ、と。
「だからって毎日そんな地獄のダッシュは嫌すぎるし……」
「このたわけ! やる前から負けた後のことを考える奴があるか」
「そんなこと言われてもなあ」
そんなソラの泣き言は、島の彼方へと悲しく消えた。
「あ、じゃあせめて光刃剣の使用だけでも認めてくれないか?」
光刃剣は、ソラが以前所持していた演習用グラディウスに組み込まれていた聖霊術で、光の聖霊の意思と、鞘の形状補正を利用し、聖霊剣と同等の力を持つ剣を擬似的に具現化することができるというものだ。
「ほう、お主双剣使いなのか?」
ヨクハがそう思ったのには理由がある。聖霊剣の力を解放した者同士による戦闘では通常の剣は役に立たない。しかし、聖霊剣は一振りまでしか力を解放できないことから、もともと双剣使いのために発案された聖霊術が光刃剣であるからだ。
「いやまあ……そんなとこ……一応」
歯切れ悪く答えるソラを不審に思いつつも、光刃剣なら、剣だけの模擬戦闘になんら変わりはないとヨクハは許可を出すのであった。
※
それから、騎種の適正を測る目的で、カナフとの模擬戦闘を行うことになったソラは現在、聖霊剣を持っていないため己が使用するものを拝借しなくてはならなかった。
そして聖堂の前にてソラは、プルームとエイラリィの二人と何やら話をしていた。
「本当にこれ借りていいのプルームちゃん?」
「うん、ソラ君の騎士養成所には、もともとカットラスもあったって言うから扱いやすいでしょ。このカットラスの属性は風だからソラ君と相性がいい属性かどうかは分からないけど」
ソラはプルームの申し出で、彼女の愛刀であるカットラスを借りて戦うこととなったのだった。そしてシオンに頼み、光刃剣の術式も組んであるとプルームは言う。
「何から何までありがとうプルームちゃん」
「ソラさん、匂い嗅いだりしないでくださいね……柄とかの」
「しないよ! エイラリィちゃんの中で俺のキャラどうなってんの?」
自分を変態扱いするエイラリィにツッコミつつ、ソラはプルームから受け取ったカットラスを握り締める。
ソラの聖霊力が柄を通して聖霊石に流し込まれ、能力解放されると、背部に蒼い光の外套が形成される。
同時に、側方で聖霊剣の力を解放し、銀色の外套を形成させるカナフの姿があった。
カナフの持つ聖霊剣の名はタルワール。やや湾曲した真紅の刀身のそれは、主にディナイン群島で使用されている主力量産剣であり、カナフの愛刀でもある。
カナフはすぐに飛翔術を発動させると、闘技場へと向かう。それを見たソラも、飛翔術を発動させた。
「ソラ=レイウィング、出陣する……なんてちょっと言ってみたりして」
はにかみながら、騎士の出陣時の言葉を一人呟くソラ。そして空には銀光と蒼光の線が描かれるのだった。
数秒飛翔すると、島の端に設置された円形の闘技場が見えてくる。そこにソラは降り立つ。
白い石造りの壁に、緑の芝、開放的な空間には何もなく、ただ二人の騎士が相対していた。
少し間を空け、ヨクハとプルーム、エイラリィとデゼルが闘技場に徒歩で到着し、模擬戦闘に立ち会う。
「二人ともわかっておると思うが、相手の体に直接の斬撃はなし、使える聖霊術は飛翔術と光刃剣のみ、剣のみを使用した一本勝負じゃ」
ヨクハの確認に、静かに頷く両者。
「さあ準備は良いな二人とも?」
「あんまし良くはないけど、まあよしってことで」
「俺はいつでも大丈夫だ団長」
二人の言葉を聞き、ヨクハは口の端を上げて、右手を掲げた。そして掲げた右手で空を切る。
「模擬戦闘一本勝負……始め!」
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