11話 神剣アロンダイト
扉を開け、建物を出て数分歩き、先程空中から見た煉瓦造りの無骨な建物に入る。
その建物はどうやら鍛冶の作業場のようで、大槌や小槌、火床や金床が備えられていた。また、煉瓦造りの左右の壁には、聖霊剣ではない通常の剣がおびただしいほどの数飾られている。
そして作業場の端、研ぎ台にて一心不乱に聖霊剣の研磨を行っている人物がいた。
ぼさぼさの銀髪頭で無精髭、先端の尖った耳が特徴の初老の男。その男は煙草を咥え、上衣を腰に巻き白いシャツ姿、顔や手は煤で黒くなっており、いかにも職人といったような風貌である。
「ん、団長じゃねえか、そんなに大勢引き連れて何の用だ?」
すると、聖霊剣の研磨をしていた人物がヨクハ達に気付き、声をかけて来る。
「シオン殿、ちょっとあれを見せてくれるか?」
シオンという名のその男に向かってヨクハは、鍛冶場の最奥部に鎮座している、一振りの聖霊剣を親指でさして尋ねる。
「おう、好きにしな」
シオンはあくびをしながら面倒くさそうに答えた。
そしてヨクハとソラ達は、真っ直ぐに歩を進め、最奥部にて、台座に挿さっている一振りの聖霊剣の前に立ち並ぶ。
「これ……は!」
艶やかに輝く鈍色の刀身は、まるで雲海が凝縮したかのように、流麗な曲線を描く刃紋を浮かばせる。天を象る装飾が施された白銀の鍔は、美しさ以上に神々しさを醸し出していた。剣そのものがそこに在るだけで空気を撫で、周囲を浮遊させていくかのような錯覚に陥らせる。
それは量産剣などとは同列に語ることすら許されぬ存在。ソラはその剣がただの聖霊剣でないことは一目で理解した。
その聖霊剣の画を、騎士養成所の資料室で見たことがあったこともその一因であるが、それだけでなく、その聖霊剣から漂う非凡なオーラは通常のものとは一線を画していた。その聖霊剣の名は……
「“アロンダイト”」
ソラが静かに呟く。
「そう、この聖霊剣は七つの神剣の内の一振り、アロンダイト。お主が持つ雲の大聖霊石の器じゃ」
「な、なんでアロンダイトがこんなところに……」
ーー確かにアロンダイトは、エリギウス帝国以外の別の騎士団が所持してるってことだったけど、てっきり〈因果の鮮血〉が所持してるもんだとばっかり思ってた。
「“こんなところ”で悪かったな」
ソラが思わず呟いた一言に不満げに反応しながら、ヨクハは続ける。色々あって自分達がアロンダイトを所持してはいるものの、大聖霊石が無ければただの置物と同じ。しかしそれはソラの方も同じで器がなければ大聖霊石もただの石と同じであると。
ヨクハのもっともな言葉に黙するソラ。確かにと納得すると、突然ヨクハがある提案を持ちかける。
「そこで提案じゃ。ここで神剣との契約の儀を行ってみぬか?」
通常の聖霊剣と違い、神剣を扱う為には神剣に認められなくてはならない。神剣の鍔に嵌め込んだ大聖霊石に、誓いの口上を述べながら血滴を垂らし、その血が適合した騎士だけがその神剣の所持者となることができる。そしてその一連の儀を“純血の契”と呼ぶ。
「今、ここで?」
「うむ、まずはソラが純血の契を行って、もし神剣にソラが認められればこのアロンダイトはお主の物」
「え、でも団長、神剣との純血の契って確か――むぐぐ」
プルームが何かを言いかけたところでエイラリィが後ろから口を塞いだ。そんなやりとりに気付く様子もなく、ソラは目を丸くしていた。
「ま、マジか?」
思わぬ展開と提案に、ソラの心臓が早鐘を打つ。
――もしここで仮にアロンダイトに認められて、アロンダイトが俺の物になれば、蒼衣騎士である俺でもかなりの戦力になることは間違いない。そうなったら〈因果の鮮血〉だって快く俺を入団させるはず。いやでも神剣に認められる確率ってどのくらいなんだ?
そして己の中で葛藤を繰り返していた。
「あ、でも神剣に俺が認められなかった場合は?」
「その時はうちの騎士達にも純血の契を行わせて、認められる者がいたら大聖霊石はうちでもらう。認められる者が一人もいなかったら大聖霊石はお主に返す、いい交換条件だと思わぬか?」
――確かに、仮に俺がアロンダイトに認められなかったとしても、この騎士団にいる騎士達の数はそう多くないから、認められる者が出る可能性は限りなく低い。そうなったら大聖霊石は返ってくる訳だし、元々何の力も持たない俺が〈因果の鮮血〉に入ったとして前線で戦うことは難しい、となると神剣に認められるかもしれないこのチャンスは逃す手はない……あーでも!
再び己の中で葛藤を繰り返すソラの様子を悟ったのだろう、ヨクハは口の端を僅かに上げ、一気に畳み掛けに出た。
「あと5秒以内に決めてくれぬならこの話は無かったということで、はい5、4、3、2――」
「ちょまっ、乗った、その話乗った!」
返答を急かされ、ソラは焦ったようにヨクハの提案に乗るのだった。
そうして利害が一致し、早速ヨクハはアロンダイトを台座から引き抜くと、ソラへと手渡す。そしてソラは懐から大聖霊石を取り出し、アロンダイトの鍔の凹みに嵌め込む。そして……
「その剣は虐げられし者を守る盾となり、その剣は悪しきを打ち滅ぼす刃となる、我今ここで純血と共に誓わん、民と、聖霊と、空と地と共に歩み、騎士たる栄名を冠し戦い抜くことを!」
誓いの口上を述べながら、刀身で指先を少しだけ切り、大聖霊石に血液を垂らすソラ。
しかし、アロンダイトには何の反応もなく、能力が解放されることはなかった。
「くそ……やっぱ駄目かあ」
賭けに敗れ、肩を落としソラは項垂れた。
「じゃあ次はプルームじゃな」
「う、うん」
ヨクハに促され、プルームはアロンダイトをソラから受け取る。ソラはその間もがっくりと項垂れていた。そんなソラの肩に手を置き、慰めるヨクハ。
「まあまあ、そのようなこともある……神剣に認められることの方がむしろ稀じゃ、そんなに落ち込むことはない」
「そう……だよなあ、まあ上手くいくなんて思っちゃいなかったけど多少はもしかしたらって気持ちが出るものだし、でもこの騎士団の騎士が全員認められなければ大聖霊石は返ってくる訳だしな」
「そうじゃそうじゃ、ポジティブにポジティブに」
次の瞬間。
アロンダイトに嵌め込まれていた大聖霊石が激しく輝き、プルームの背部から放出される粒子が金色の外套を形成させた。
「な、なんか認められちゃったみたいです」
アロンダイトを片手に、気まずそうにプルームが呟いた。それを見て無言で拳を握りしめるヨクハと、更に肩を落とすソラ。
「う、嘘だろ……そんな」
「気持ちは察するが、約束は約束じゃからな、この大聖霊石はうちの物ということで」
するとそんなソラとヨクハにプルームが割って入る。
「でも酷いよ団長、神剣に認められる可能性があるのは聖衣騎士だけなのに、ソラ君に不利な持ちかけしたりして」
「こ、こらプルーム、余計なことを言うな」
突然、真実を語るプルームにぎょっとしたように慌てふためくヨクハと、無表情でヨクハの方を振り返るソラ。
「ちょっとどういうこと? あんた俺を詐欺に嵌めたってことか?」
「ひ、人聞きの悪いことを言うでない、わしは単に交換条件を持ちかけただけであって、知らずに乗ったのはお主自身なんじゃからな」
「そういうのを詐欺って言うんでしょうが! こんなの無効だ、大聖霊石返せ」
憤りながら詰め寄るソラに対し、ヨクハがたじろぎながら告げる。一度神剣と契約が成立してしまったらその契約者が死ぬまで、別の騎士は契約できない以上、ソラにとって、もうこの大聖霊石に価値は無いと。
「何が義理と人情を大事にしたいだこの悪党! 大聖霊石もなくなってこれで〈因果の鮮血〉に入れなくなっちゃったよ」
更にソラに激しく詰め寄られ、ヨクハは何かを閃いたように掌を叩いた。
「す、すまぬ。わしもこんなに上手くいくと思わなかったんじゃ……そうじゃ、お主行くところがないならこのままうちに入団してはどうか? 見ての通り人員不足じゃから歓迎するぞ」
「誰がこんな今にも潰れそうなしょぼくれた騎士団なんかに入団するか!」
と、ソラが吠えたその時、罪悪感があったからなのか今まで下手に出ていたヨクハの表情が強張った。
「今……何と言った?」
「あ、いや、ちょっと今のはさすがに言い過ぎたかなあと」
「もう遅いわ阿呆!」
物凄い威圧感を出しながらにじり寄るヨクハに寒気を感じ謝罪の言葉を口にした時には既に、ヨクハはソラの両腕を掴み――投げ飛ばしていた。
「この無礼者!」
「ぎゃっ!」
短い悲鳴を上げ、天地が逆になったような錯覚に陥った時、ソラの意識はそこで途切れた。
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