尻拭い
公爵家養女、アリミナ。
平民上がりだと聞く彼女の噂は、私も聞いたことはあった。
曰く、平民上がりなのにわきまえない態度。
曰く、仮にも公爵令嬢であるのを考えていない立ち振る舞い。
曰く、男を次々と魅了していく悪女。
その噂を思い出しながら、私は内心項垂れる。
よりにもよって、なんでこんな相手に騙されるのかと。
頭痛を覚えながら、私はマーリクを彼女から遠ざけることを決意する。
「……あの方からは早く手を引きなさい」
「なんの権利があってそんなことを言っている!」
「権利じゃないわ。一人の身内としての心配よ」
そういいながら、私は真剣な目をマーリクにむける。
正直なところ、目の前のやや幼い婚約者を異性として思っているかと聞かれれば、私は答えに窮するだろう。
けれども、幼少の頃からともに育ってきた彼は、身内の一人であるのは確かだった。
故に、私は全力で説得しようとする。
「よく考えてみなさい、彼女が関係をほのめかす人間は貴方だけなの?」
「っ!」
「……やっぱりそうなのね。あの方の身分は平民上がりとはいえ、公爵令嬢よ。貴方で太刀打ちできるの?」
私の説得に、徐々にマーリクは無言になっていく。
それを好機と感じて、私はさらに言葉を続ける。
「私は決して愛人を制限している訳じゃないの。だから、今回は大人しく身を引いて。──貴方は、私と一緒に侯爵家を担う人間なのだから」
「……また、それか」
「……え?」
その瞬間、まるで想像もしていなかったマーリクの言葉に私は茫然とした声をあげる。
そんな私をにらむマーリクの目に浮かんでいたのは強い怒りと憎悪だった。
「もううんざりなんだよ。お前の後をついて行くのは。──お前の尻拭いを強いられて生きていくのは!」
一瞬、私は何を言われたのか理解できなかった。
けれど、そんな私のことなど気にすることなく、アルクは叫ぶ。
「お前が男でさえあれば、俺がこんな貧乏くじを引くことはなかったのに!」
「……っ!」
その瞬間、ようやく私はマーリクの言った言葉の意味を理解することになった。
……侯爵家のたった一人の子供でありながら、女性として生まれた私のことをいっているのだと。
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