√B ☆カル視点☆ 後悔
はじめて、あのガキを見たのは、生存報告もかねて、久しぶりに商会に顔を出した時だ。あいにく、まだエドは取引先から戻っていないというので、アリアやリックと最近の商会の様子を聞きながら茶を飲んだ。
「あいつ最近リリアのやつに会ってんのか。南の方でも、ここの噂聞いたぜ。結構知名度上がってるようだし、あいつのことだからリリアの親父さんの許可を取ることに精いっぱいでそっちのフォローがおざなりになってそうだし」
わが友ながら、恋人であるリリアを嫁にもらうためだけに、こんなバカでかい商会を設立したことといい、たまに人の思考の斜め上をいく行動をしでかす。しかも、これだけで満足せずに、円卓会議の一員になることを最終目標にしているっていうのだ。もし、これがエド以外の何物かが口にしたのなら、鼻で笑い飛ばしていただろうが、エドなら間違いなく有言実行するだろう。それこそどんな手を使ってでも、のし上がるだろう。すっかり、ほかの商会からも一目置かれ始めているこの商会の設立動機が、一人の女のためだということをいったいどれだけの人間が把握しているのだろう。
「カルバン様のお察しの通り主は、最近特に根を詰め過ぎているように見えます」
「いつも通りですよ。リリアーノ様とは手紙のやり取りを欠かしてはいないようですが、女心としてはやはり直に会いたいでしょうに。そういえば、またあの方の悪い癖が再発しましたね」
エドの悪い癖……か。今度は何を拾ってきたのか。あいつは何かとガキのころから、変なものを拾ってくる癖がある。犬猫、鳥なんてかわいいものだ。いかにも呪われていそうな魔道具を持って帰ってきて、それを自力で解呪しようとしたなんて序の口だ。いい加減、あいつの悪癖には長い付き合いだから慣れてきたが、さすがに、血だらけのどっかの国の王子を拾ってきたときには、みんなして唖然としたけど。まぁ、その貸もあって、この商会は大きくなっているといえばそうなんだが。
「今度はなんだ。古代文明の魔法兵器か、それとも邪教の神具か。ドラゴンの赤子か?」
「いえ、行き倒れの子供です」
「子供か、普通だな」
なぜだろう。普通すぎて逆に怖いと思うのは……。そんな俺の思考を読んだかのようなタイミングで、アリアが心の底から同意を示してきた。エドワードに、心底心酔しているという顔の造作はいいのに、中身が残念なあいつの従者だけは、今にも何かを口走ろうとしているが、隣に立つアリアにものすごい勢いで、足を踏まれてうずくまっていた。
「はい、久しぶりにまともな拾い物ですね」
「あぁ。で、その子供の種族は?」
「ぱっと見た感じ、人間に見えました。ですが、魔力が感じられませんでしたね」
「まぁ、普通の範疇だな。魔力無しの人間は稀に生まれるらしいし、それで捨てられるって話もよくあることだ」
やはり、拾った人が拾った人だけに気になる。あとで、自分の目で確認しておこう。エドの拾い物は、不思議とあいつに害をなさないことが多いが、何事にも例外はつきものだ。エドは、一度内側に入れたら警戒心とかそういう人間として大事なものが仕事以外抜けるから周りの人間がしっかり見張らないとな。
ここら辺は、アリアやエドのことを昔から知っている人間にとっての共通認識だったりする。
「あの子は?」
バタンとドアが勢いよく開かれた。がらんがらんとドアベルが、そのあとにけたたましくなる。
「いない、まだあの部屋か。アリア、たぶんあの子、目さました。さっき、上からこっちを覗いていたんだ」
「それでは、胃にやさしめな食事を料理長に頼みますわ」
「リック、これ後任せた」
帰ってきてそうそう、くびがもげるんじゃないかという勢いで室内を確認すると、営業用バックをリックの方に放り投げ、俊敏な動作で階段を上り始めた。
「俺は、放置かよ」
一言くらいあってもいいともうんだが、そもそも、相棒を先に返してここにわざわざ寄ったのは、あいつが帰ったら一番に顔を出して生きてること確認させろだのとほざいたのが原因だというのにだ。
人を待たしといて、声かけないとか……視界に入っていなかったような気がするのは決して俺だけじゃないはず。話の流れ的に、あいつが一目散に駆け寄ったのが、話に出てきた子供だというのにこのときは頭が回らなかった。
だから、思わず走り去ったあいつの、声のする部屋のドアをけ破って怒鳴りこんだことを、やった後になってものすごく後悔した。きっと、あいつの胸ぐらをつかんでいたその時の俺は凄い顔になっていたのだろう。
『帰ってきたと思ったらいきなり走り出して、エド! 俺を無視するとはいい度胸だな』
びくっと、あからさまにおびえたそれは、確かに人間の形をしていた。ぶるぶると震え、今にも食われてしまいそうな小動物的な、その生き物は、まだ年端のいかないガキの姿をしていた。アリアが指摘したようにそのガキから確かに魔力が感じられなかったが、捨てられたにしては、妙に小ざっぱりとしている。話を聞いて勝手に、口へ減らしを兼ねて捨てられたか、異端扱いされて捨てられたかと思っていたんだが、違うのかもしれない。
『おや、カルじゃないか。ひさしぶりだね、来ていたのかい』
今ようやく、気が付いたといった様子にまた腹が立ったが、これ以上何かすると間違いなく視界の端に見える、ガキがおびえる。どうするべきか……。それにしても、あの髪の艶や、遠目から見ただけでも荒れや傷の少ない肌から考えると案外いいとこのお嬢なのかもしんない
『その、久しぶりの友人を無視して、さっさとお前は二階に上がっていったんだが……エド、この子供どうした?』
一応、アリアから事情は聴いていたが、とりあえず本人にも聞いておこう。どうやら、あおのガキはわけありのようだしな。なるべく、意識して怖がられない声を出すように気を付ける。これ以上おびえられては……って、さっきよりさらにおびえられてる。今にも泣きそうだ。どうすればいいんだよ。
『ん、かわいいでしょう。拾ったんだよ。ずっと、眠りっぱなしだったから、心配してたんだよ。そしたら、さっき、外からこの子が窓から顔出しているのが見えたんだ。だから、カルを無視したわけじゃなくて、眼中になかっただけなんだよ』
それを世間一般的には無視というのではないだろうか。なぁ、詳しいことはあのガキのいないとこで聞き出そう。拾った時の経緯とか場所とか、周辺で起きた大きな事件とかそういうのから身元にたどり着けるかもしれないしな。
エドの自己申告によると、どうやら、子供を拾ったはいいが全然目を覚まさなくて心配していたところ、ようやく目を覚ましたようなので、名前とかいろいろ聞こうとしたが、ぜんぜん意思の疎通ができていないらしい。ふむ、こいつでもわからない言語って本格的に、うさん臭くなってきたな。またやっかいなものを拾ったな。それなら、さっき睨まれたのは、あのガキの動物的感覚で、なのか。
ガキの名前は「コジョウ ユエ」というらしい。「ユエ」という音を繰り返していたことから、どうやらそれが名前らしい。変な音の羅列だ。聞いたことのない名前。これは、本格的にやばい拾い物かもしれない。
このままでいるのは、さすがに面倒だ。そう思って俺は、ガキに首輪をはめた。
ものすごく泣かれた。叫ばれた。暴れられた。
面倒だっていう理由と、エドの安全を考えてだったが、ガキに魂を引き裂くような悲痛な悲鳴を上げさせた自分に本当に反吐が出た。
もっといい方法だってあっただろうに、なんで俺はこんなにも苦しませているんだろう。罪悪感とひどい後悔の念がじわじわとにじむ。
その感情は日々、大きく育っていった。
こっちの話している内容がわかっても、自分は話せない。そんなジレンマの中あのガキは、小さな顔いっぱいに感情の色を宿し、自分の感じた喜怒哀楽を伝えてきた。
だから、俺がおびえられて、嫌われていることも嫌というほどストレートに伝わってきた。嘘やごまかしをまぜやすい言葉と違うからこそ、きつかった。
あの厳しいアリアに勉強を教わって、会うたびに話す言葉の語彙が増えてくるガキは、おそらく頭がいいのだろう。教えているアリアが、ご機嫌なところを見ても真面目に頑張っているということはわかる。
そのたび、細く、少し力を入れたらあっけなく折れてしまいそうな首にはめられた武骨な首輪に胸が締め付けられそうだった。