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珈琲十杯目

私のフォロワーさんに登場人物と似た人がいるかもしれませんが、他人のそら似です。

 春のうららかな日差しがフサフサ亭の前の道にも降り注ぎ、あまり外を出歩くことが好きではない俺も散歩がしたくなる穏やかな日。

 今日も大学にも行かずに家からフサフサ亭に直行している。

 もう履歴書の職業欄には「喫茶店主」と書いても良いくらいに経験値を積んでいる。

 かと言って新しいステージが待っている訳ではない。

「ちーす」

 開店前の店に入ると、いつもどおり、一夢がぼーっとカウンターの中に突っ立てる。

 どちらも「雇われ」という身分は同じだが、一応、店主マスターと一般店員という差はある。店の会計は俺が一手に引き受けているのだから、一夢には朝の開店準備をしてもらっている。

 どれだけ時間が掛かっているのか知らないが、ちゃんと真面目に早く店に来て、掃除を済ませてくれている。

「……おはよ」

 しかし、一夢と会って一年以上経つが、未だに小説フォーマットで一行以上のセリフをしゃべったことがない。

 年齢性別も相変わらず分からない。いや、最近は地球人だという確証も揺らいできている。

 もっとも、地球侵略をしに来ているエイリアンだとしたら人選ミスとしか言いようがない。



 午前中はほとんど客も来なくて、俺も新しい小説の構想を頭の中で練っていた。

 一夢も創作は続けていて、最近はファンタジーに傾倒しているようで、「暗黒鍋の支配者」というタイトルの小説を新規に書こうとしているらしい。主人公が「おきぬさん」という時代劇がかった名前だそうで、和風ファンタジーかと思ったら、一夢が使おうとしていた「シルク」という名前を既に別の作家さんが使っていたから、仕方なく変えたらしい。

 店のドアが開いたことを知らせるベルが響きて、構想練りは一旦中断となった。

「いらっしゃいませ!」

 もう条件反射的にこの言葉が出るようになった。

 そこには、ピンクのロン毛にヘッドフォンをしている女の子が立っていた。服装も結構派手でどうやらバンギャか自らバンドをしている女の子のように思えた。

 女の子はカウンター席に座った。

 可愛い女の子だ。それに胸が爆発している。カウンター席にどっこいしょと米俵のように置いている状態とでも表現したら良いのだろうか?

「珈琲をください」

「ありがとうございます! 一夢! 珈琲一つ!」

 一夢が無言でうなづくのを確認してから、お冷やを女の子の前に置きながら声を掛けた。

「ここは初めてですか?」

「はい。でも友達から珈琲が美味しいから是非にと言われたものですから」

「そうですか。ありがとうございます。俺はここのマスターをしてます冬山僕と言います」

「私は、スーパーヘム子と言います」

 …………何か、いろいろとやばそうな気がする。

 名前にこれ以上突っ込むとハルヒ事件(筆者注:珈琲三杯目参照のこと)以来の連載中止の危機に陥りそうなおそれがある。

「と、とりあえず『ヘム子』ちゃんで良い?」

「はい。良いですよ。それよりマスター、私の飼い犬、まだ来てないですよね?」

「はあ? 犬ですか?」

「はい。朝、ジョギングに行ってくるって出掛けたまま行方不明なんです。今日、私はこの店に行くって伝えていたから先に来てるかと思ったんですけど」

「……犬がジョギングに行ってくると言ったんですか?」

「そうなんです。私の飼い犬、名前は「マサ」って言うんですけど、しゃべれるんです」

 まあ、フサフサ亭のオーナーだって変態白猫だから、しゃべれる犬がいたところで許容範囲ではある。

 その時、またドアが開いた。そこには二本足で立っている犬がいた。

「ああ~、ヘム子ちゃん、探したよ~」

 犬が肩をすくめて両腕をひろげるポーズを取りながら、ヘム子ちゃんの隣のカウンター席に座った。

「マサ! どこに行ってたの?」

「ジョギングしている途中にさあ、良い匂いをさせているメス犬がいたから、ちょっと遊んでやってたのさ」

「どうせ、また振られたんでしょ?」

「や、やだなあ。僕はいつも振られてばかりだなんて思われてるのかなあ。は、ははは」

 いや、犬なのに明らかに動揺してるのが分かる。振られているよね、絶対!

「あ、あの、いらっしゃいませ。ご注文は?」

 相手が犬でもお客様はお客様だ。マサと呼ばれた犬も自分が喫茶店にいることに、今、気づいたようだ。

「あ、ど、どうも。それじゃあ、えっと……焼酎のお湯割りで」

「いや、うちはお酒は置いてないんですよね」

「そうなの。最近、ツイッターで虐められるばかりだから、酒飲まないとやってられないんだけどなあ」

「へえ、そうなんですか。動物を虐待するなんてひどい奴ですね。何て言う奴なんですか?」

「粟吹一夢っていうブリザード野郎なんだけどさ」

 俺は隣で珈琲を淹れている一夢を見た。

 ちなみにこいつは粟炊あわたき一夢で粟吹あわぶき一夢ではない。しかし、名前が似ている。

「その粟吹一夢って奴の顔は知ってるんですか?」

「顔はもちろん知らないし性別年齢も分からないんだよ。アイコンには二次元美少女を使ってるけど、絶対、実物はあり得ないね。きっと、おっさんか、女性だとしてもとうが立ってるおばはんに違いない!」

 俺は、また隣の一夢を見た。

 年齢性別不詳は一緒だ。しかし、おっさんではないし、おばはんでもない。かと言って永遠の十七歳などと呼べる代物でもない。きっと他人のそら似だろう。

「隣で珈琲を淹れているあいつも『一夢』って言うんですけどね」

 犬の目がキラ~ンと光った。

「何ですと? ここで会ったが百年目! 覚悟!」

「いやいや、きっと、あなたを虐めている一夢とは違うと思いますよ」

「そうなのか?」

 じっと隣の一夢を見つめていた犬は、その一夢の全身から放射されている気怠けだるいオーラに別人だと悟ったようだ。

「確かに違う。ツイッターの一夢はもっと冷酷非情なオーラをまとっているからな」

 しかし、フォロワーさんを恐れさせる粟吹一夢という奴はどんな奴なんだろう? 一度、お会いしてみたいものだ。

「ところで、ヘム子さんは音楽が好きなんですか?」

 俺は犬からヘム子ちゃんに視線を戻した。

 そうだ。犬よりも女の子だ! 俺だって、まだまだ青春を謳歌したいお年頃なのだ。

「はい。歌手を目指しているんです」

「本当に? 俺、もう、応援しちゃうよ! ファンクラブがあったら即入るから!」

「あっ、マスター」

 何だよ? 犬に普通に話を遮られると、ちょっとカチンと来るんだけど!

「ヘム子のファンクラブは僕が会長をしてるから。話は僕を通してくれる?」

「えっ? あんたはヘム子ちゃんの飼い犬でしょ?」

「飼い犬であるとともに『スーパーヘム子ファンクラブ』会長、『日本駄犬友の会』代表、『非公認新潟観光大使兼ゆるキャラ』もやってるから、よろしく!」

 名刺まで持ってるのかよ、犬のくせに!

「うっ!」

 突然、犬がカウンター席に顔を突っ伏した。

「どうしました?」

 俺の心配をよそに、ヘム子ちゃんは面倒くさそうに犬に訊いた。

「もう、効果が切れちゃったの?」

「そ、そうだ。ドMチャージが必要だ! ヘム子、いつものやつを頼む!」

「もう、しょうがないなあ!」

 カウンター席から降りて床に腹這いになった犬の背中をヘム子ちゃんがヒールで思い切り踏みつけた。

「うっ! ……ヘ、ヘム子! どうした? 弱い! 踏み込みが弱いぞ!」

「はいはい」

 ヘム子ちゃんがだるそうに犬を踏みつけている足に体重を掛けた。

「ふっ、ふへへへへ。そ、そうだ。もっとだ」

 犬なのに恍惚とした表情してるんですけど?

 オーナーが変態だからって、客も変態しか集う必要はないんだけどなあ。

 俺はヘム子ちゃんと目が合った。

「マスターもこんなの好きですか?」

「と、とんでもない! 痛いのは嫌だよ」

「でも、気持ち良いって言いますよ」

「そ、そうなのかな?」

「はい。それに私、実は虐めるの好きなんですよね。マスターも虐められてくれたら、好きになっちゃうかも」

「そ、それならちょっとだけ踏んでもらおうかな」

 な、何事も経験だ。

 経験もせずにあれこれ御託を並べるのは卑怯と言うものだ。

 俺はカウンターの中から出て、犬の隣に腹這いになった。

 俺の背中にヘム子ちゃんのヒールが容赦なく落とされた!


「ぐへへへへ」

「ひいーひいー、いひひひ」

「ほらあ、二人とも何よだれ垂らしてるのよ! 気持ち良いんでしょ? 気持ち良いのなら気持ち良いって言いなさい!」

「き、気持ちいー!」

「きもひひいいいいい!」

 ちょ、ちょっと経験するだけなんだ! だ、だから俺は変態なんかじゃないんだ!

「……こんなのもあった」

 一夢の声に顔を上げて見てみると、一夢がヘム子ちゃんにムチを渡していた。

 ちょっと待て! 何でムチが店にある? 備品なのか?

 ビシッ!

「良い音だわ。さあ、女王様のムチが欲しい奴はお尻を振りな!」

 それでしばかれたら普通に死ぬだろ!

 ――ま、待て!

 どうしてお尻を振ってんだ、俺?

 隣では尻尾が振られていた。

「それじゃあ、ご希望どおり愛のムチをあげるわよ!」

 ビシッ!

「ひいいいいいいい!」

 ビシッ!

「ほえええええええ!」

 ビシッ!

「わんわんおー!」

 この春、俺の新しい人生が始まった!


 

 ここは喫茶フサフサ亭。不思議で愉快な仲間が集まってくるらしい。

この物語は実在の人物とまったく関係がありません。フィクションです。

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