chapter 10
百瀬は「駐車場にいる」というメッセージを受けて、学校を出た。
今日はほぼ定時上がり。夕暮れの校舎を後にして、少し離れたところにある教員用のものではない一般用の駐車場へと向かう。そこに見慣れたSUVと見慣れた運転手を見つけて、助手席に乗り込んだ。
「お待たせ」
「ああ。お疲れ」
運転席の永辻はこちらも仕事帰りらしく、カソック姿だった。百瀬がシートベルトを着けたのを確認して、車を発進させる。
今晩は外食の予定だった。
それというのもここ数日が忙しすぎたからだ。
式見小夜への悪魔祓いとその後始末。永辻にとってはいつものこととはいえ、教会への報告だったり公的機関との調整だったりとやることはたくさんあった。百瀬の方にしてもそうだ。小夜とその母親に対するケア、他の教師らへの説明、校内の片付け、などなど。
おかげで同じ家に帰ってもろくに話もできず、お互いに食事も寝る時間もばらばらといった状態だった。やっと少しは落ち着くことができて、今日はのんびり外食でもという話しになったのだ。
「学校は?」
駐車場を出てすぐの交差点で赤信号に捕まったところで、永辻が前を向いたまま訊ねてきた。
「いつも通り。式見も大丈夫だよ」
「そうか」
相づちを打つ永辻の顔を赤信号が照らしている。どこか無機質な表情だった。
「いやー、本当にうまく解決して良かったよ。おかげで式見がうちのクラスの合唱祭の伴奏を担当してくれることになったからな。ありがと、永辻」
百瀬は頭の後ろで腕を組み、気楽な調子で言った。
「礼を言うのは伴奏の件なのか」
「俺の中では地味にずっと懸案事項だったんだよ」
ここで初めて永辻はくすりと笑い、「一応言っとくけど」と続けた。
「今でも式見小夜を殺すという判断は間違っていたとは思っていない。今回はたまたま運が良かっただけだ。通常なら手遅れのはずだった」
「うん」
「俺は別に優しい人間じゃないから、全員を救おうなんて思ってない。俺の基準で救える人間は救い、救えない人間は諦める。そう割り切ってないと、こんな仕事はやってられないからな」
「うん……、わかっているよ」
永辻はずっと前を見ている。
百瀬はその横顔を見ながら穏やかに頷いた。
「……だけど俺だって好き好んで諦めたいわけじゃないからな。モモがまだ式見の心が残っていると気づいたから、彼女を助けることができた。だから……、感謝している」
百瀬はちょっと驚いた。永辻からこんな素直な感謝の言葉が聞けるなんて。プライドの高い彼にしてはかなり頑張った方だろう。
信号が青に変わる。窓の外の街灯が後ろへと流れていく。
百瀬は嬉しくなって、
「そうか、感謝してくれているのか。それなら今日は永辻のおごりだな」
などと調子に乗ってみた。
永辻も負けてはいなかった。
「仕方ないな。でも店は俺が決める。王将に行くぞ」
「あまり普段と変わらないじゃないか。慰労会だから贅沢するんじゃなかったのか」
「良いだろ、定期的に無性にあそこの餃子を食べたくなるんだよ。俺を初めて王将に連れて行ったのはお前だろ」
「そうだったなー、「イケメン、人生初の餃子を食う」とかいう貴重なワンシーンを見ることができて面白かったなー」
何年も同じようにやっているくだらないじゃれ合いを乗せて、車は走っていく。
さんざん駆けずり回った後の穏やかな夜。
百瀬が笑い、永辻も笑う。もしかしたら今頃、式見もピアノの前で笑っているのかもしれない。そうであってほしいと百瀬は思う。
そうやって朝を迎えたら、また前を向いて歩き出すのだ。
<了>




