>>オマケ・更にその後
「お姉様っ! 聞いてくださいませ!!」
もう殆どマリリンが顔を見せる事の無くなっていたカリンナの部屋にマリリンが肩を怒らせて入って来た。
その表情は怒りとも焦りとも取れる様相だった。
「どうしたの、マリリン?
何かあった?」
書き物をしていたカリンナは手に持っていたペンを置いて直ぐ様執務机から立ち上がってマリリンの側へと寄った。視線で侍女にお茶を持ってくる様に指示して、マリリンの手を取ってソファへと2人で座る。
その間にもマリリンは待てないかの様に話し出した。
「酷いのですよ! サーシャ様っ!
わたくしではティオレイド様の相手は務まらないと言うのです!
わたくしが我が侭を言って無理やりティオレイド様の婚約者の座に収まったんじゃないかと、皆の前で言うのですよっ!? 信じられます?!」
「サーシャ様って……サーシャ・ヘイド侯爵令嬢?」
「えぇ、そうですわ! その女です!!」
「まぁマリリン。格上の方をそんな風に呼んではいけないわ」
「今は家なので問題ありませんわ! わたくしだって本人を前にしていた時はちゃんと淑女の笑みで受け流しましたもの!!
でも悔しいですわ!!
なんであんな事を言われなくちゃいけないの!」
わっと両手で顔を覆って泣き出したマリリンにカリンナは優しく寄り添う。その場で言い返さなかったマリリンを成長して我慢を覚えたのだと嬉しく思うと同時に人の妹をあまり知らない相手が馬鹿にした事に不快感を覚える。
瞬時にカリンナは名前が出たサーシャの情報を思い出す。
「サーシャ様と云えば……少し前に御婚約を解消されたのではなかったかしら……」
「まぁ!? ではっ!?」
「……次の嫁ぎ先を探して居られるのね……」
カリンナの話を聞いてマリリンはカッと顔を赤くする。
「ティオレイド様は渡しませんわ!!」
胸の前で両手を合わせて目を開いてマリリンは叫んだ。
そんなマリリンを宥める様に視線を合わせたカリンナが真剣な表情でそんなマリリンの気持ちに寄り添う。
「大丈夫よマリリン。
ティオレイド様が貴女を置いて他の女性を選ぶ事は無いわ。
きっとサーシャ様は焦って居られるのね。既に殆どの人の婚約が決まっているのですもの。今から婚約者の居ない男性を探すとなると少なからず何かしらの問題を抱えている事になるから、それなら優秀な男性をどこからか奪ってしまえばいいと思われたのでしょうね」
「それでティオレイド様を選ぶなんて高望みし過ぎよ!?」
「サーシャ様は侯爵家の方だから嫁ぎ先のランクを下げたくないのね……
そこで一番狙いやすいマリリンに目を付けたのね……マリリンから“自分ではティオレイド様の妻は分不相応だ”と言わせて身を引かせれば、空いた席に自分は堂々と座れるものね」
「身なんか引きませんわよっ!?」
「当然よ。むしろティオレイド様が許しませんわ。
……でも、困ったわね……きっとこれからサーシャ様が色々とマリリンに絡んできますわよ」
わたくしでも身を引いたというのに……
ボソリと漏れたカリンナの言葉は幸いな事にマリリンの耳に入らなかった。聞こえていたらマリリンの不安が更に増えるところだった。
未だにマリリンはカリンナがティオレイドの事を少なからず想っていると考えているが、カリンナが『身を引いた』と言っているのは勿論『マリリンから身を引いた』という意味だ。
後ろ髪を引かれながらも大人になったのならば仕方がないと可愛い妹から身を引きティオレイドに譲ったというのにポッと出のよく知らない女にマリリンの心がかき乱されている現状にカリンナはフツフツと不快さを感じていた……
そんなカリンナに気付く事なくマリリンはグッと手を握って険しい顔をした。
「……わたくし、受けて立ちますわ……!」
「マリリン……」
「ティオレイド様の婚約者はわたくしですもの! わたくしが戦わないとっ!
だからお姉様、力を貸して!!」
真剣な瞳でそう言ったマリリンにカリンナは感動した。
前のマリリンならばカリンナの手助けなど求めなかった。
『お姉様の助けなんかいりませんわ!』などと言ってカリンナからの情けを振り払っていただろう。
それがいつの間にか、必要であれば意地を張らずに苦手な相手の力も借りる事が出来る様になっている。
そのマリリンの変化にカリンナは心の奥から自然に湧き上がる気持ちのままに嬉しそうに微笑んだ。
「えぇ、いくらでも手を貸すわ、マリリン。
相手が格上の方であっても引き下がる必要なんてないのだから」
カリンナはマリリンの手を握って顔を寄せた。
敵が増えると敵だった者が味方になる事がある。
カリンナは内心あまり親しくはないサーシャ・ヘイド侯爵令嬢に感謝した。
──貴女のお陰でまだまだマリリンと楽しめるわ♪──
その時サーシャが身震いしたとかどうとか。
マリリンはカリンナに不満をぶつけて少し気持ちも落ち着いたのか、今度は少しばかり困った様な顔をしてカリンナの顔を上目遣いに伺った。
「……あの、お姉様?
この事をティオレイド様には……」
言わないで。そう聞き取ったカリンナが不思議そうにマリリンを見返す。
「あら? どうして?」
「これは女の戦いですもの。ティオレイド様の手を煩わせる訳にはいきませんわ!」
「あらダメよ?」
「え?」
覚悟を決めて口にした言葉を即却下されてマリリンは驚いた。
そんなマリリンにカリンナは苦笑する。
「他の殿方ならまだしも、ティオレイド様に秘密を作ってはそれこそ怒られてしまいますわよ?
ティオレイド様はきっと、マリリンの全てを知っていたいでしょうから」
「……え、そ、そうかしら……」
カリンナの言葉を聞いて途端にマリリンは頬を赤くして照れた。
わたくしの全てを知りたいだなんて……そんな……
フフフとモジモジしだしたマリリンをカリンナは優しく見守る。
カリンナなら、そんな全てを管理されているみたいな事、受け付けないのだが、マリリンはそれを『管理』ではなく『愛情』として受け止められる。無垢で可愛いわぁとカリンナは微笑んだ。
「で、ではティオレイド様にも伝えますわね……っ。でも手出し無用でお願いしますわ!
わたくしが一人で撃退してみせます!」
「えぇ、その意気よ。
わたくしがついているのだから安心してサーシャ様から売られた喧嘩を買うと良いわ」
「えぇ、お姉様!
わたくし! 頑張ります!!」
こうしてここに初めて、姉妹の結束が生まれた。
サーシャ・ヘイド侯爵令嬢が盛大に後悔する事になるのは言うまでも無い。
更に、愛するマリリンを自分から引き離そうとしたサーシャをティオレイドが許すはずもなく、ヘイド侯爵家当主が気付いた時には少しだけ侯爵家としての力が弱くなっていたりもした。
数年後、子爵家に嫁いでいたサーシャに伯爵家当主となったカリンナが
「あの時はありがとう」
と言ってサーシャを混乱させたが、何がありがとうなのかをその場に居た誰もが聞ける事はなかった。
なんだかんだで姉妹はその後も仲良くしたという……
[終わり]