幕間 〜女神は踊る〜
「ちょっと目を離したらこれだもんなー」
「二百年はちょっとって言わないんじゃないですかねぇ」
「うるさいわね、蝙蝠のくせに」
とぶつくさ文句を垂れているのが女神。この世界の理を司る。銀髪紫眼はお約束。月の女神と呼ぶところもあるという。
対するはくすんだ緑色の鱗に覆われた羽持つ龍。
「蝙蝠じゃありませんってば。ちゃんと鱗あるでしょ? それより、どうするんです?」
「何が」
「彼女ですよ」
「知らないわよ、あたしの知らないうちに召喚して放り込んでおいて、よく言うわ」
「だって、『ちょっと昼寝』って言って二百年も起きてこないとか思わないじゃないですか、普通。何回起こしても全く起きなかったし。今度はどこの世界で遊んできたんですか」
「人聞の悪いこと言わないでくれる? ちゃんと契約交わしてやってるんだから」
「本当でしょうね。後で尻拭いとか僕やですからね」
「大丈夫だってば。ちょっといい魂見つけたから十人ほど一本釣りしてきただけよ。ちゃんとこっちに届いてたでしょ?」
「え? 届いてませんけど」
「……は? そんな馬鹿なことあるわけないじゃない。あたしがわざわざ出張って選んできた子たちよ? 魔力も十分で素質もありあり、こっちの世界で英雄になれる子たちよ?」
「そんないい魂、届いてたら見落とすはずありませんって。それどころか、中間報告も何も届かないし、こっちから送ったのも全部返って来ちまう。もしかしたら女神様、のっぴきならない事態に陥ってるんじゃないかって」
「え? まさか、そんなこと……嘘……なにこれ、女神権能の停止ですってぇっ!? ちょっとこれなんなのよっ、あんた何してくれちゃったのよっ!」
「僕がやるわけないじゃないですかっ! 僕がやったのは、どうにもならなくなる前に手を打つだけ打っとかなきゃってことでマニュアル通りに」
「あの子を無断で召喚したって? ……あんたが勝手にあの子召喚したから主人のあたしが責任取れって通知がきてんのよっ!」
「そんなはず……ってこれ、十二年も前の通知じゃないですか。なんで今まで気が付かなかったんです? それよりも前にこっちに送った魂はなかったんですか? ……もしかして、そろそろ潮時ってことで帰り際にいくつか見繕っただけとか」
「ななななにいってんのよ。そんなわけないでしょっ。二百年の間に色々見繕って集めてたのよ。まとめて送った方が手間も省けるしっ」
「はぁ〜はいはい。あなたの嘘が見抜けない従僕だとでも? しかし、そうなると彼女については見守る以外出来なくなっちゃいましたねぇ」
「主犯のあんたが何呑気なこと言ってんのよ!」
「そもそも二百年も遊び呆けてたあなたには言われたくありませんねぇ」
「なんとかしなさいよっ! あたしの従僕でしょうっ!」
「権能が停止されているなら従僕契約も無効ですねぇ」
「そんなはず……そ、そうよ。権能停止が十二年前なら、それまでの百八十八年はどうしたのよ。あたしに連絡取れないなんてこと、あるはずないでしょ!」
「迎えは送りましたよー、一度は。そうしたら『あと百年ぐらい迎えに来んな』って叩き返したじゃないですか。そういう命令なら動くわけにいかないですし?」
「連絡はよこせるじゃないのっ!」
「『連絡もすんな』って言ったの、女神様ですからね? あ、今は権能停止中だから女神とも呼べないですね、元女神様」
「……大神に弁明に行くわよ。一刻も早く権能復活させて、彼女にコンタクトしなきゃ」
「無駄じゃないですかねぇ」
「つべこべうるさい! あんたも来るのよっ」
「僕なんかが大神の御前に出たら吹き飛ばされてしまうじゃないですかっ!」
「そのくらいはなんとかしてやるから、ちゃんと事情説明して許しを得るのよっ。あたしの世界を守って彼女とも会って、あの十柱の魂を取り戻すんだから!」
「……なんか一番最後のが本音に聞こえますけど」
「うるさいうるさいうるさい!」
「ちなみに多分あなたが送ったと思われる魂ですけど、迷子魂らしいってんで噂になってましたよ。今は大神が保護されてたはずです」
「それを先に言いなさい! 取り戻しに行くわよっ!」
「……やっぱりそれが本音ですね……」
バタバタと出かけていく女神とそれに付き従う飛龍を覗き見していた大神は、深くため息をついた。
今日も駄女神(権能停止中)は相変わらずらしい。