するさ、恋は盲目っていうだろ?
ところでお好み焼き食い終わったあと菊池が急にいつもの小ズルそうな目になって訊いてきた。こいつがこの目になったときはヤバい。
「おい吾妻、どうして2年の女がお前をさけてるか知ってるか?」
「いえ。」
「お前が高橋にチョッカイかけてるからだよ。」
高橋ってのは2年のオネーチャンだ。それよりこいつはとんでもないことを言おうとしてるようだ。情報を全部吐き出させるために俺は否定も肯定もせず、黙って首をかしげた。
「実は西川さんが高橋とデキてるって知ってた?」
「いえ。」
西川ってのはアル中の一人だ。
「ここ半年ぐらい、あの二人付き合ってるらしいぜ。それをお前が電話掛けたりしてクドいたりしてるもんだから西川さんが怒って2年の女たちにあることないこと吹き込んでるらしいぜ。」
高橋の顔が頭に浮かんだ。こいつは、なんというか、もうバッチ・グーで不美人だ。思わずめまいがしてきた。西川さん、アレと付き合ってんのか? しかし、
「で、電話した? 俺が? まったく記憶にない。」
菊池は疑うようにこっちの顔をのぞきこんで、
「ここんとこ、しょっちゅうお前が電話してきたって聞いたぜ。」
「高橋……ひょっとして原稿の催促なら何べんも電話したかも。」
高橋ってのは2年の中で唯一まともな文章が書けるやつで、俺は小説本の編集担当だったから数少ないハイレベルな原稿欲しさにひょっとしたら電話口でホメたりおだてたりしたかもしれない。
「しかしホメたのは文章のことで、べつに好きだとかなんとか言ってないはずだ。でもひょっとしたら原稿欲しさに美人だとかなんとか心にもないこと言ったかもしれないけど、でも……」
菊池は自分が思ってたのと違う雰囲気を感じとって探りにきた。
「じゃあお前、高橋のことなんとも思ってないわけ?」
「だってブスですよ。」
しまった、言っちまった。菊池はそれを聞くと急に態度を変えて、
「いやそれがさ、西川さんがひとりで思いこんでて、ヒトの女に手を出したって怒り狂って2年の女どもに吾妻には気を付けろってふれまわってるらしいぜ。」
「それを2年のネーチャンたちは信じてるんですか?」
「ああ、女どもはお前が小林をイジメてるのはフラれた腹いせだとか、去年のことだって三木を裏で操ってたのはお前だとか言ってるらしいぜ。」
「そりゃヒドい。」
「ひどいもんよ。」
「それは他の先輩とかにも言ってるんでしょうか?」
「言ってるに決まってるだろうな。」
そうだろうか? しかし、
「でもそれなら先輩たちの俺に対する態度も納得がいきますね。」
「もともと俺たちのグループの黒幕がお前だってのも西川さんの考えらしいぜ。」
「俺は黒幕だと思われてるんですか、なんだか邪悪な響きですねぇ。」
「実際、お前の言葉でみんなが動くってことがあるから仕方ないんじゃないか?」
「菊池さんもそうなんですか?」
「いや、俺は自分の考えで動いてるよ。お前が黒幕なんてナンセンスだぜ。」
「しかし、あの西川さんがそんなことしますかね?」
西川さんはアル中だけどガチゴチのアル中どもとはちょっと雰囲気違ってて、そんで頭が切れるってことで通ってる。俺も少しは買ってただけにちょっと信じられなかった。
「するさ、恋は盲目っていうだろ?」
お前よくそんな恥ずかしい言葉真顔で言えるな。しかしショックだ。「あの西川さんが?」ってのもショックだけど、しかしなんで俺が惚れるのがあの高橋なんだ? 顔は別にいい、ブスにだって惚れることはひょっとして何かの拍子にもしかしたらあるだろう。しかし惚れるってのは相手の性格がわかっていることが前提じゃないのか? 俺は高橋っつったら、横で先輩の悪口とか言ってて意見を求めても「すいません、聞いてませんでした」ってトボけるイメージしかないし、今日だって2年のネーチャンたちが怒ってる中で「私には関係ありません」って顔してるし、実は前々から何考えてるんだか不気味なヤロウだって思ってたんだ。もし何か考えてるんだとしても、それを一切表に出さないんだったら不気味じゃねぇか。そんなもんに俺が惚れると思われてるんだったら、それは俺の全人格が否定されてるのに等しい。




