不在着信七件
「あいつ、知らなかったのか?」
とたん、千夜がくちびるをとがらせる。
「杏ちゃん、あんまりパソコン触らないからね。いつもいるわけじゃないから、郵便物だって見ないし。しーちゃんだって見たの、たまたま何回かだけでしょ?」
「俺はそうだけど……あいつは、おまえらの一員だろうが」
千夜は渋い顔になって黙り込んだ。
紫苑が椅子に座ると、うつむいたまま、ぽつ、と千夜はいいわけを口にする。
「あんなの、ただのいたずらだとおもってたんだもん。メールなんか片っ端から捨てちゃってたし、本だって、あんなにされたのわざわざ見たくないよ。いいことなら話すけど、誰かに恨まれてるなんて言ったら、杏ちゃんがいちばんショック受けるかもしれないし……どうにもできないことを話しても仕方ないっておもったの!」
紫苑は、千夜の頭を撫でて、マグカップを持たせた。
「なるほどな。けど、それだけのことをきちんと話して、わかってくれないようなやつじゃないだろ、杏は。ほんとに、あいつはそんなことを怒ってるのか?」
マグカップに口をつけようとしていた千夜が、顔を上げてまたたく。
「え?」
「おまえ今、ただのいたずらだとおもってた、って言ったな? ただのいたずらじゃなかったってことか? ていうか、なんで今になって杏がそのことを知った? また何か送られてきたのか?」
サァッ、と千夜の顔が青く強張った。
紫苑はそれ以上はあえて訊かずに、とりあえず夕飯に専念した。
デザートの桃まで平らげて手を合わせたあと、千夜のカップも空になっているのを確認して、椅子を立つ。
「行くぞ」
「へ?」
「へ、じゃない。おまえのとこだ。杏は帰っちまったにしても、里沙はいるだろ。真名は?」
「真名には、今日は帰るように言ったけど、まだ粘ってるかもしれないなー」
「ねばってる?」
紫苑が茶碗を重ねてキッチンに運ぶと、千夜もマグカップを持ってついてくる。
洗って行くつもりだったが、「置いてていいわよ」と母親の声が聞こえた。
「さんきゅー、ママ。出かけてくる」
「ごちそうさまでしたーと、おじゃましましたー。パパさんとママさん、しーちゃん借りるね。おやすみなさーい」
リビングに向かって手を振った千夜に、今夜も夫婦で水入らずー、などという母親の即興歌が返ってくる。
「……ねえあれ、夫婦でいちゃいちゃできるって意味?」
「んなこと、俺に訊くなっ!」
「いいなぁ。結婚して二十年以上だよねー? あんなに仲がいいってうらやましいね。ねっ、しーちゃん?」
そうだな、と答えるとまさか千夜にプロポーズしたことになるのだろうか、とおもって紫苑は返答に窮した。
代わりに、話を元に戻すべく試みる。
「で、真名が粘ってるって、なんだ?」
玄関でミュールを引っかけた千夜が、靴を履こうとする紫苑を廊下にグッと押し戻した。
「しーちゃん、ケータイ! 忘れてる」
「……いらなくねーか?」
「いるかいらないかじゃないの! いいからちゃんと持ってなさーい!」
従妹に叱られ、紫苑は渋々、部屋に行ってケータイを取ってくる。
開いて見れば、不在着信が七件もあった。
千夜の携帯番号だけでなく、真名の携帯や公衆電話、この家の固定電話まで使われている。
紫苑がわざと出ないことを疑っていたと、丸わかりだ。




