立てこもり
玄関に戻ってきた紫苑に、あのね、と千夜がさきほどの問いの答えをくれる。
「里沙が、西行本の原稿ぜんぶ持って、部屋にこもっちゃったの。ひとりで描くからいいって言って。お昼から何にも食べてなくて、真名が夕飯持って行ったりしてたけど、里沙は頑固だからなー。真名が言ったくらいじゃ、ドアは開けてないとおもうな」
紫苑は髪を掻き回した。
杏が怒るすがたは想像がつかないというのに、里沙がふてくされて部屋にこもる方なら、悲しいかな想像がついてしまう。
「まあ、里沙の方はどうにかなるだろ。問題は、杏だな。何があったか、くわしく話せよ」
「うーん──」
歯切れ悪く応じた千夜も、電車に揺られて降り立った最寄り駅から千夜の暮らすマンションまでの途次、ついにぽつぽつとここ二日の出来事を話してくれた。
が、はっきり言って、よく事情がわかっていないからなのか単に混乱しているだけか、千夜のはなしではとんと要領を得ない。
わかったのは、もめごとの主体となっているのはどうやら里沙で、つまりは杏と里沙がケンカをした、ということばに問題が集約されているらしいということだ。
マンションのドアを開けると、まず廊下にへたり込んでいる真名のすがたが目に入った。
夕飯を載せたおぼんがそのわきにある。
紫苑は靴を脱いで玄関を上がると、真名の頭を撫でてから、逆の手で里沙の部屋のドアを打った。
返事を待たずに、声をかける。
「里沙、俺だ。杏の代わりにベタ塗りに来てやったぞ。出てこい!」
真名が、あっけにとられた顔で紫苑を見上げてきた。
ついてきた千夜もおどろいた顔で紫苑のシャツを引っぱる。
「しーちゃん、なにそれ。何とかしてくれるんじゃないの?」
「いいから任せろ。真名、その夕飯、温めといてくれるか? 里沙を連れて行くから」
はい、と消え入りそうな声で応じて、真名がおぼんを手にリビングダイニングへと消える。
「おまえも向こう行ってろ、チー」
「えー……」
こちらは至極嫌そうに返事をしたが、それでも紫苑の視線に折れて、立ち去った。
紫苑はもういちど、ドアを叩く。
「里沙。チーからはなしは聞いた。けど、さっぱり事情が呑み込めなかったから、おまえが説明してくれないか? まあ、もう杏は戻ってこなくてもいいってなら、俺が力になることもねーけど。ただ、ひとりじゃ締め切りまでに原稿上げられねーだろ。まだ真名もいる。四人でやれば片づくから出てこい」
紫苑が踵を返したとたん、カチャとカギの回る音がした。
「紫苑──」
どこかすねた顔をドアの間から覗かせた里沙を、紫苑は手招く。
すると、存外すなおに里沙は廊下へと出てきた。
小脇に、原稿の束も持っている。




