『爽快感』
「…………あの、紫苑さん」
すぐに、リビングダイニングの戸が閉まる音がしたので全員出て行ったのかとおもっていたが、真名はとどまっていたらしい。
「なあ、真名。あれ、何なんだ?」
「ええっと。──紫苑さん、里沙ちゃんのお姉さん知ってます?」
「いや、知らねーけど。アイドルなんだってのはさっき聞いた」
紫苑のことばに、こく、と真名がうなずく。
「里沙ちゃんを、もうすこし外国人っぽい顔立ちにしたかんじ。プロフィールでは、お母さんがハーフだって書いてあったから。家じゃ、ああいうあいさつがふつうなのかな?」
だからって俺にすることねーだろ、と真名に言っても仕方ないので、紫苑は代わりにぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。
「それで、何か用か?」
「ちょっと、紫苑さんに見て欲しいものがあって。意見を聞かせてもらえますか?」
うなずくともなく首をかしげた紫苑に、真名がバスタオルの下から数枚の紙を取り出す。
「これ、前にある戦争映画を見てて考えたはなしを、アレンジしてみたんです。紫苑さんと話したあとで、杏ちゃんに売れるストーリーの条件っていうのをおしえてもらって……なるべく近づけてみたつもりなんですけど。いきなりみんなに見せるのは不安だから、紫苑さんに読んでもらえたらなって」
どうやら、紙はそのストーリーとやらのプロットのようだ。
紫苑はうなずいて受けとった。
「いいけど、大した意見なんて言えねーぞ」
「これが、杏ちゃんいわく、売れてる作品に共通してること、なんだそうです」
さらに手書きのメモも渡される。
第一項には、無駄に達筆な行書で、『美形の山』とあった。
男向けであれば、さしずめ美少女の山、だろうか。
紫苑はあまりに身も蓋もない指摘に、ひと言もなかった。
メモには、他にも『非現実』という文字が見てとれる。
とりあえず、紫苑は男女問わず読者にかなりの人気をほこる『転生覇王伝』のことをおもい浮かべてみて、内心で深くうなずいた。
美形も美女もイケメンも数十人単位で登場するし、みんな一様に偉人と呼ばれた前世の記憶や人格を有しており、はっきり言って非現実的だ。
「……ええと。わかった、読んでみる」
真名が出て行ったあと、紫苑はややぬるくなったコーヒーを飲みながら、プリントアウトされた横書きの文字を目で追っていく。
B5サイズの用紙に三枚弱という分量を読むのに、それほど時間はかからなかった。
紫苑は、マグカップを置いてほう、とため息をつくと、杏のメモをじっと見つめる。
どんな戦争映画だったのかはわからないが、それを異世界の魔物と戦うベーシックな勇者ものに仕立てているあたりに、真名の譲歩とか配慮が窺える。
それまでのかぎりなく現実に近いストーリー世界をおもえば、『非現実』を意識しすぎるほど意識していることはまちがいない。
他のいくつかの条件も、勇者という存在のなせる業か、ほぼ兼ね備えているといってよかった。
ただし────
紫苑はメモの最後、七つ目の条件である『爽快感・達成感』という文字に目を落としたまま、うなだれる。
どう考えても、──百歩ゆずって達成感はあると言ってもいいが──爽快感だけがおもしろいほどに……微塵もない。
いっそ、みごとなほどだ。




