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見知らぬ女性

「真名?」


ふつうの声で呼んでみるが、反応はなかった。

紫苑は今も涼風を送り出している壁際のエアコンに目をやる。

真名は薄着ではないが、フレンチスリーブのワンピースすがたは厚着にもほど遠い。

風邪をひかせるくらいなら、起こしたほうがいいだろうか。

紫苑は立ち上がって、足音を立てないよう注意しながら椅子に歩み寄った。

指の甲をそっと真名の二の腕に当ててみるが、紫苑が熱でもないかぎり、その肌は冷えていると表現して良さそうだ。

紫苑が触れた左腕の先は、真名のやわらかそうなほっぺたの下に敷き込まれている。

閉じたくちびるもやわらかそうな光沢をもち、自然なままのまつげは長く濃く、額にかかる前髪とともに白皙に映えて、不意に紫苑はその寝顔を絵に写し取りたい衝動に駆られた。

紫苑は、パソコン机の上に置かれた、自分がもらったことになっているF6サイズのスケッチブックに目をやった。

A4サイズのスケッチブックにもいろいろ描き込んでいるが、あちらは真名への教授用とも言うべきもので、紫苑が持ち去るわけにはいかない。

やはり、勝手に寝顔を描かれるというのはいい気はしないだろうか、と考える。

でも、たとえば今じっくり見ておけば後で記憶をもとにデッサンすることも可能なわけで、それと今描くことにどれほどの差があるのか、という気もする。

そもそも、紫苑がいるところで眠ってしまうこと自体、無警戒もはなはだしい。

すこし、身を屈めればキスすることだってできてしまうというのに。

桜染をおもわせる素朴なワンピースの下に隠れた体の線を、指で探ることも──


キイ……!


戸の蝶番がきしむかすかな音に、紫苑はビクッ、と内心跳び上がった。

ドクドクと、心臓が早鐘を打つ。

べつに何もしていないというのに、自分の中の邪な考えが白日の下にさらされたような羞恥が、瞬時に顔から吹き出した。

おそるおそる、紫苑は戸の方を振り向く。


「………………ッ」


そこに立っている人物の名を呼ぼうとしたが、紫苑はけっきょく何も言うことはできなかった。

なぜなら、紫苑の予測をまったく裏切る顔──それは、紫苑の知らない顔だったのだ。


しばらく考えてみたが、どこかで見たような気もしつつ、しかしやはり見知らぬ相手だった。

まったく、わけがわからない。

泥棒、とは考えなかったのは、それが若い女性だったからだ。

玄関を開けて入ってきた音はしなかったし、見るからに部屋着な上、そもそもその手にしているものが泥棒などではない証拠におもえた。



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