奪われた役割
「今、ネーム描いてるの、杏だな?」
「はい、そうです」
「俺、同人のことはよくわからねーけど、自分たちの描きたいものを描いて本にしてるんだよな? 今作ってる二冊──あれは、だれの描きたいものなんだ?」
「それは…………私です」
「ほんとに? 杏はカップリングでもめたとか言ってたぞ」
真名が、こく、と息を呑んだ。
紫苑を見上げる目が、どこか困った色を帯びる。
「もめたのは……里沙ちゃんの好みと、王道カプでファンを拡大しようっていう杏ちゃんの意見が食い違ってたからで。でも、千夜が二冊出すって決めて、私がストーリーを考えました。ネームは、それを元に描いてくれたんです」
紫苑はうなずいた。
それを元に描いた、とはいっても忠実に描いたとは限らない……
そうおもいつつ、あえて指摘はしないでおく。
「じゃあ、このあいだのオリジナルは?」
「────杏ちゃんが、ほとんど考えました」
「だろうな」
徹夜をしてでも背景を描くと食い下がった真名を、紫苑は忘れたくても忘れられない。
それは、本来の役割であるはずの、ストーリーづくりをやらせてもらえなかったからだ。
「俺が見たところ、杏もどっちかっつーと絵師だよな? ストーリーをおまえに任せられない理由は?」
「それじゃ、売れないって……」
「は?」
紫苑はまぬけに聞き返した。
そのくらい、予期しないことばだったのだ。
「プロを、めざしてるんです、私たち。描きたいものを描いてるだけのアマチュアじゃなくて、マンガでプロになるって──私たちは四人組で、力を合わせられるのが強みなんだから、そうしてなるべく売れるものを生みだそう、って言ってるの。四人組で安定してやっていくにはあるていど稼がないと、って…………だから、杏ちゃんはまちがってないんですっ」
訴える真名を、紫苑はおもわず抱きしめたい衝動に駆られた。
真名は、拒みはしないかもしれない。
それでも、紫苑は大きな吐息を落としただけにしておく。
「だけど──真名は、自分で考えたストーリーを作品にして欲しいんだな? そうだよな。そうじゃなきゃ、マンガを描く意味も、プロになる意味も、おまえにはないもんな」
真名の肩が目に見えて震えた。
ばっ、と紫苑の胸にしがみつき、顔を伏せてくる。
「やだ! ……言わないで。みんなには、ぜったいに言わないでください!」
ぎゅ、と紫苑はその肩を抱きしめた。
こんどはべつに、衝動に駆られたわけではない。
「わかってる。言わない。心配するな。俺も、こんなふうにおまえを抱きしめたことは内緒にしといて欲しい。だから、な? お互い、秘密にしてよう。ふたりだけの、な?」
こく、と真名が胸の中でうなずく。
「泣くなよ。泣きやむまで離してやらないぞ」
「紫苑さん、やさしい──」
「泣いてる女の子には、誰だってやさしくするもんなの。だからって安全なわけじゃないからな。へんな男に引っかかるなよ」
「……里沙ちゃんだけじゃなくて、私のことまで心配してくれるんですか?」
目元を指先でぬぐいながら、真名が顔をあげてほほえむ。
紫苑はほっとした。




