ピエタのマリア
「それにしてもさー、紫苑くん。ホントに君、男なの? 勝手にケータイをいじってやった甲斐もないでやんの。つまんなーい!」
「は? 見られて困るメールなんてねーぞ」
「いやいや、メールなんて見てないけどね。待ち受けくらい、もっと男子らしくできないの? ばーんと、金髪美女のトップレスとか」
「……退くだろ、それ」
「退かせようよ、男なら。なにあれ、彫刻? 石膏像っていうの?」
「石膏じゃない、大理石だ!」
「──ピエタ、ですよね?」
杏に食ってかかっていた紫苑は、はたと真名を見つめた。
「ミケランジェロの、ピエタ────千夜が言ってました。紫苑さんは生身の女性より、彫刻のマリア様に惚れてるんだからーって」
ピエタとは、キリストの遺体を膝に抱いて悲しむ聖母マリアを表現した作品の名称だ。
嘆きの聖母像とも言い、ミケランジェロの彫刻はカトリックの総本山たるヴァチカンのサンピエトロ大聖堂にて、五百年もの長きにわたり子を失った母のかなしみを訴えつづけている傑作である。
いつかかのピエタを生で見ることが、紫苑のもつ夢のひとつだった。
「あんのやろう……」
「え、そうなの? そういうこと?」
杏が、きょろきょろと紫苑と真名の顔を見比べる。
「うん。たしか、幼いころにひとめぼれして以来、彫刻家をめざしてる……って聞いたけど」
「へーえ。ミケランジェロって、アレだよね。ダ・ヴィンチとラファエロと、ルネサンスの三大巨匠みたいな? マンガ家の誰それがあこがれーなんつー私たちとは、ハナからちょっと次元がちがうね、それは」
紫苑は、真名の肩に両手をかけた。
「あのな。言っとくけど、ひとめぼれしたのはピエタにであって、聖母にじゃないからな」
「千夜は、紫苑さんのお母さんがすごくきれいなひとなのは、紫苑さんが大人になっても、ピエタのマリア様みたいに美しいすがたでいるためか……それとも、お母さんがきれいだから、ピエタのマリア様と重ねて見てるのか、どっちなんだろうって言ってましたけど」
紫苑は、額を押さえてうなだれる。
「チーのやつ──」
「そりゃ、アレでしょ。マザコンに一票!」
「一票じゃない! おまえたちと話してると、ほんっと、疲れる……」
「ええ、なんせ、千夜ちんが四倍だからね。でもまあ、かわいさも四倍だとおもってあきらめてくださいな」
なぐさめるような調子で肩を叩かれた紫苑は、やけくそでうなずいた。
「はいはい。かわいいです」
「うえーん。しーちゃんが真名と杏ちゃんにかわいいって言ったぁ」
いずこからか聞こえた声に、紫苑はぎょっとした。
見れば、リビングの戸から目をこすりながら大きめのTシャツだけを身につけた千夜が入ってくる。
「げっ、チー! ──おまえ寝たんじゃなかったのか?」
「寝てたよー。里沙に叩き起こされた。しーちゃんが恋人とうんちゃらで、里沙を怒ってなんちゃらって。恋人ってどこの誰なのー?」




