いちゃいちゃ
紫苑の胸が、とん、と指に突かれる。
「さ、さては紫苑くん、天然だな? 千夜ちんの従兄だねー。それ、口説いてる気がないなら、気をつけた方がいいっすよ。今ちょっと、千夜ちんみたいに抱きつきたくなっちゃったもん。……あ、さては、狙ってたとか?」
杏が伸ばしてくる両手を、紫苑はとっさに交叉させた両腕で阻んだ。
にわかに動揺した紫苑を、杏がからからと笑い飛ばす。
「じょーだんです。本気だったら、ガードされる前に、言わずに抱きついちゃうから。でも、褒めてくれてありがとう。うれしいなー。お礼に、もう二、三枚描いてあげたいくらい」
紫苑は固辞しようとして、はたとおもいついた。
もういちど、女同士が絡み合うイラストに目をやる。
紫苑とちがって、素で喜びそうな人間がいたな、とおもったのだ。
「なあ、杏──もう二、三枚描いて、俺に預けないか? 保証はできねーけど、当面つかわなそーな大金を持ってるやつに心当たりがある。いくらか借りる担保に使えるかもだぞ」
「ええっ。そりゃうれしいけど、そんならくがきみたいな絵でいいの……?」
「この絵をトレースするだけでも、あいつには相当、勉強になるだろ。俺に真顔で、女の子の体ってどう描けばいいの、とか訊きやがるやつだからな」
と、カタン、と背後で物音がした。
振り返ろうとした紫苑の肩に、のしっ、と体重が乗る。
それだけで、紫苑には従妹の仕業と知れた。
胸元に、両腕が垂れてくる。
「チー、重い」
「おはよー、しーちゃん。なに、杏ちゃんといちゃいちゃ話してんのー?」
「ぺちゃくちゃは話したけど、いちゃいちゃなんてしてねーだろ! 日本語がおかしいぞ」
「そうだね、でも紫苑くんとなら、いちゃいちゃ話すのもアリかなー」
「よせ、杏。チーが本気にする」
見なくても、千夜が頬をふくらませているのが想像できてしまう。
紫苑はその手の甲を軽くつねった。
「そもそも、おまえがいないから杏とふたりで話してたんだろ。おはよーって何だ?」
ぷ、と杏が口元を押さえて忍び笑いをする。
「寝てたの。聞いてしーちゃん。昨日ね、朝の四時すぎまで下絵描いてたの。えらい?」
紫苑は肩ごしに千夜の額をぴんと弾いた。
「ばーか。そりゃ、仲間に迷惑かけないようにがんばったのはえらいけど、徹夜したからって褒めるわけねーだろ。さっさと描いて、さっさと寝ろよ。おまえ、成長期だぞ。体こわしたらどうするんだ。親元も離れてるってのに」
「えー、褒めてよぉ」
キュッ、と首に両腕が巻きつく。
甘えられているのか、締め上げられているのか、解釈に困る強さだった。
「褒めない。おまえは、集中すりゃ、もっとはやく描けるんだ。できなーい、とか言ってる時間が無駄なの。ほんとはできるくせに」
「ふーんだ。しーちゃんの、けーちんぼー」
「いやいや、千夜ちん。今の紫苑くんのことばのどこにむくれる要素があんの。むしろ、俺はチーが心配で心配でしょーがないって言ってるようにしか聞こえないけどな。もし、今日も夜中までがんばる、なんて言ったら、俺が描いてやるからおまえは寝なさいって言ってくれちゃいそうだよ?」
「……あーんー、おまえなー」
紫苑がにらむと、杏はニッと笑った。
「他の子は、気のいい子たちだからさ。使えるものは何でも使うのが、私の役目なの」
ひら、と杏がローテーブルの上から取り上げたえんぴつ画を振ってみせる。
「ってなわけで、さっきの件も──サービスして描くので、交渉よろしくです」
冗談めかしているが、すべてが本気のようにも聞こえる。
紫苑にわかったのは、真名とはまたべつの形で、杏も四人組への自身の貢献を非常に意識しているのだ、ということだった。




