印刷代前払い
「そっか。千夜ちんじゃなくて、紫苑くんに描いてもらえばいいんだ? そしたら、もっと際どくても平気だね。だってすでに十九才!」
「いいわけねーだろ。おまえたちの金儲けのために、なんで俺がエロで手を汚すんだ!」
「ちぇー。おねがーい、しーちゃん、とか言ってもダメですかね? ちら見せしてもダメ?」
ぴろり、と杏がTシャツのすそを持ちあげようとする。
とっさに、紫苑はそっぽを向いた。
「おや、ナイスな反射神経ですな」
どこまでも冗談めかした口調で杏が笑う。
いつもTシャツに足首まであるパンツスタイルの杏は、魅力的な体型を自覚しているのか露出は最小限なので紫苑も安心していたのに、性格的にはもっとも油断ならなかった。
「何で、そこまで金が要るんだ?」
「なんでって……印刷代ですよ。私ら、クレジットカードとかないから、本を作ろうとおもったら現金で前払いしなきゃならないのです。冬のイベントから、私らの本、けっこう売れるようになっちゃって。夏のイベントじゃ壁際のスペースに配置されたし、こりゃ、ますます売れそーだな、と」
紫苑は首をかしげた。
話が見えない。
「冬は、最初に五百部刷ったのね。そっから、本屋への委託とか、春のイベントとか、オンリーとか、売り切れるたびに増刷かけること、計二千五百部。まあ、ぶっちゃけ、最初から二千五百部刷っておけば、何万円単位で安く上がったわけです」
「そんなにか?」
「そーなの。だから夏はもう、一気に三千部ぐらい刷っちゃえー、って言ってたんだけど……それだけ一気に刷ると、印刷代がね、割引料金でも五十万は下らないわけ」
紫苑はおもわず固まった。
貯金をかき集めればそのくらいにはなるかもしれないが、現金として目にしたことはいちどもない額だ。
「今回は、カップリングでもめて、けっきょく二冊出すことにしたから──」
頬杖をついた杏がほう、とため息をついた。
単純計算で、百万円を前払いしなければならないということだと、紫苑にも見当がつく。
「ほら、私ら、幸いにも四人組だから。四人の貯金をかき集めたらちゃんと払える計算だったんだけどね。本が売れたら戻ってくるお金だし、一ヶ月くらい貸すだけの感覚で」
「……計算が狂ったわけか?」
「ご明察。災難とは、おもいがけないときにやってくるものなのです」
と言って、杏が指さしたのはパソコン机の上のモニターだった。
「先月、急にパソコンが壊れちゃって。新しくするついでに、デジタルで原稿が描ける環境を強化しようって、カラー担当の里沙ちんがソフトとかモニターとか、あれこれ注文をつけてけっこうな出費になっちゃったんだな」
「印刷代のことは考えなかったのかよ」
「いや、考えてたの。だから、里沙ちんは、アシスタントのバイトに行くことにして……ところがそのバイト代が、即金どころか、二十日締めの翌月払い──だったかな? つまり、印刷代を払いたい日にちまでには手元に入らない上に、入るまで待っても、割引料金との差額で露と消えるだけになっちって……」
「………………」
おまえらバカだろ、とよっぽど言ってやりたかったが、紫苑もこと労働や賃金に関しては女子高生を馬鹿にできるほどの知識があるわけではない。




