下心
「あのな、里沙。おまえは正しい、とおもう。おまえのルックスは、男百人に聞けば、九九人はかわいいって答えるはずだ。愛想なんて振りまいてちゃ、危なっかしくて仕方ない。男はすぐ勘違いするし、女の子のことなんて全然わかってねーんだからな。期待するより、警戒しろ。やさしいのは下心があるからだとおもえ。ほとんど、まちがってねーから」
つん、とTシャツの背を引っぱられる。
「紫苑が千夜や真名にやさしいのも、下心があるから?」
「…………まあな。女の子にそっけなくされると男はばかみたいに傷つく生きものだから。例えチーにだろうと、キライって言われるよりか好きだって言われたいとはおもう」
口にしてみて、紫苑は自分がどうしてああも従妹に甘いのかがわかった気がした。
千夜は、惜しげもなくその『好き』を口にしてくれる。
そのことばが紫苑は無意識にうれしかったのだ。
──例えそれが、子ども時代から変わらない、ハンバーグなんかと同レベルの好意であったとしても。
『好き』ということばには、それだけの魔力が詰まっているにちがいない。
「ちょっとぉしーちゃん! いつまでそこに居んの! いっしょにお風呂に入ろうとか誘われてもきっぱり断わってッ!」
玄関からもどってきた千夜が、開いたままのドアから顔を覗かせて目をつり上げる。
「誘われるか! いいかげんにしろよ」
千夜の頭を押し返しながら一歩踏み出せば、するりと里沙の手が離れた。
「ありがと、紫苑……」
何が、とは言わなかったので、紫苑はきっと絵を描いてやる約束のことだろうと解釈しておく。
『ありがとう』も言われるとそれなりにうれしくなることばではあるが、やはり『好き』の比ではない。
ぱたんと紫苑の背後でバスルームの戸が閉まった。
鍵も、かけられた音がする。
いったい、この先、どこでだれが里沙の『好き』を聞くのだろう、と紫苑は少しく興味を抱いた。
そして、相手が男でも、女でも、どんな人間であってもいいから、里沙が千夜みたいに屈託なく笑っていてくれるといいな、とおもう。
「しーちゃん、なにニマニマしてんの」
「おまえはいっつもケラケラ笑ってて、悩みがなさそうだなーとおもってたんだ」
「あるもん、悩みくらい」
「へー、どんな?」
せいぜい、試験で追試になったとか、そのていどのことだろうと紫苑は軽く問い返した。
「……ないしょ。女の子には、いろいろあるのだ。──なんてね」
そのいっしゅんだけ、紫苑には千夜がまるで知らない少女のようにおもえてしまう。
が、ぱち、とまばたきすれば、もう元通りの千夜だった。
紫苑の先に立って、両こぶしを突き上げる。
「さーて、下絵、がんばって描こーっと!」
「がんばれ。あとで肩もんでやる」
紫苑を振り返った千夜は、とびっきりうれしそうな顔で、無言のうちに『しーちゃん、だいすき!』と言っていた。




