クモ襲来
とたん、紫苑は腕をつかまれ、千夜に脱衣所に引き込まれる。
そして、体を入れ替えるようにして背中を押された。
中のガラス戸も開いていて、器用にもレールのふちにつま先立ちになっていた里沙が、こちらをくるりと振り返る。
背中からまわしたバスタオルを、里沙は胸元でにぎり合わせていた。
髪は高くまとめあげられており、背中の上半分も丸見えなら、長い脚も九割がた見えているような状態だ。
いっしゅん、回れ右をして脱衣所を出るべきでは、と紫苑はおもった。
しかし、千夜が逃がさじとばかりに背中にへばりついていて身動きがとれない。
目が合うなり、バスタオルを持ったのと逆の手が、紫苑の利き腕に絡みつく。
まだ、紫苑のものよりも体温は低かったが、冷たいというほどではなかった。
千夜が飲ませた紅茶の効果だろうか、と紫苑は考える。
「いったい何だ、ゴキブリでもいたのか?」
「ぎゃー、しーちゃん、その単語禁止!」
「ちがう、クモ! 五センチくらいあんのッ」
「なんとかしてぇ、しーちゃん!」
里沙と千夜が同時に指さすほうを見た紫苑は、よくよく目をこらした。
「……五センチ?」
たしかに、全長はそのくらいあるかもしれないが、その大部分が針金よりも細い足だ。
どこに、恐れる要素があるのか、さっぱりわからない。
「べつに、毒グモでもないし、ほっとけ」
「ほっとけるわけないでしょ! かよわい女子がお風呂に入れなくなってもいいっての?」
紫苑は、里沙を見て、千夜を見た。
かわいいなら同意のしようもあるが、かよわいかどうかは悩むところだ。
「っても、クモは意外に素早いからなー。ってゆーかおまえら、なんとかして欲しいなら、とりあえず手を離せって……」
これじゃ動きようがないと、紫苑は自分の左右の腕を見た。
千夜はともかく、おそらく全裸にバスタオルを一枚巻いただけの状態で、あの里沙がなぜ男の自分にそこまでくっついていられるのか、紫苑にはてんで理解不能だ。
「里沙、離せだって」
「千夜こそ離しなよ」
「里沙ってば、しーちゃんにヘテロがどうとか文句ばっかり言ってるくせに、自分からおっぱい押しつけてんじゃない」
「そっちこそ、おっぱい押しつけようにもぺたんこだからって、ひがまないでくれる?」
「ぺたんこじゃないもーん。ないよね、しーちゃん?」
「知るかー! 男の前で、そういう会話をするんじゃないっ」
男の方からうっかり触れようものならセクハラになるというのに、女子の方から胸を押しつけたり、あまつさえその大きさについてコメントを求めるなどという行為はセクハラには当たらないのか。
他に意識を向けるべき存在があるからいいようなものの、そこにクモがいなくて、場所が寝室だったりしたらもう、ふたりとも紫苑に押し倒されたところで文句は言えないはずだ。




