アイスティとホットティ
真名がリビングを出ていくと、しばらくして千夜がキッチンからやってきた。
両手にはグラスをふたつにぎっている。
カラン、と氷が鳴った。
「はい、しーちゃん。飲んで」
「あー、さんきゅー」
受けとって口に運べば、麦茶ではなく紅茶だった。
目をまるくした紫苑に、千夜がいたずらっぽく笑ってみせる。
「里沙にはホットのまんまやってきたよ」
紫苑は、空いた右手で千夜の髪を掻き回した。
くすぐったそうな笑い声を上げた千夜は、紫苑の肩に体重をかけてくる。
ふっ、と耳元に息が触れた。
「しーちゃん、里沙のこと好きなの?」
「は? ──そんなんじゃない。そもそも、仮に好きでも、取りつく島もないじゃねーか」
「じゃあ、気にしないで。里沙ね、男なんて心の底から寄ってくんなっておもってんの。誰にでもそう。……ただ、しーちゃんのことはね、会う前からずーっと気になってんだ、あの子」
紫苑は目を見ひらいた。
千夜がこく、と軽くうなずいてみせる。
「ほら、私の部屋に、昔しーちゃんが描いてくれた絵、飾ってあったでしょ?」
「あれは、描いてやったんじゃなくて、描いたのをおまえが奪っていったんだ」
紫苑の訂正に、千夜はあっけらかんと手を振った。
「いいじゃん。細かいこと気にしなーい」
千夜の部屋に、わざわざ額に入れて飾ってあったとあるファンタジーアニメのイラストは、中学生の紫苑が描いたものだ。
かつて、中学で美術部の顧問からパースの存在を教わった紫苑は、いろんな絵画やイラストの消失点を見つけることに夢中になった。
そして、とくに一枚絵の上手いマンガ家やイラストレーターがみな一様に二点ないし、三点透視図法を使いこなしていることに気づいた──件のイラストは、そのころの紫苑がパースを駆使して描いた習作といえる。
「里沙はね、あれ、毎日見にくんの。で、三日にいっぺんは自分の部屋に持っていって飾ろうとするんだ。しーちゃんの絵は大好きなのに、しーちゃん自身への好意と勘違いされるのは困るーとか、たぶんいろいろ葛藤してるんじゃないの?」
千夜は、ちら、とダイニングテーブルについた里沙の背中に視線をやった。
紫苑は、無言のままアイスティをもうひとくち飲む。
「私とか真名みたいに、しーちゃんにおねがいしたいことがあっても、里沙はすなおに言い出せなくて、だからつんつんしてんだよ。おねだりなんてしたら、代わりにパンツ見せてとか言われるとおもってんじゃない?」
「──だれが言うかよ。殴るぞ」
「にゃはは。しーちゃんはぜったい殴んないって、知ってるから恐くもなんともないもんねー」
にぎってみせた拳を、千夜がつんつんとつついて笑う。
紫苑も、つられて笑った。
そうするとすこしだけ、気分も晴れてくれる。
「里沙も、しーちゃんは警戒しなくてもだいじょうぶだっておもってるんだとおもうよ。だから、自分から近づいてくんの。気にならない相手だったら、近くにいても完無視だからね、あの子。無視できない相手だからこそ、逆に困る……みたいな?」
紫苑は、ため息をついた。
「わーかったよ。気にしないことにする。真名との約束ほっぽりだして帰ったりしないから、心配すんな」
紫苑は一気にアイスティを飲み干し、さんきゅ、と千夜の頭を撫でた。




