両手に花
「チー、おまえは黙って手を動かせ」
「えー、動かしてるよー」
どこがだ、とおもったが、ねえ、と真名は千夜の方を振り返る。
「千夜は、どうやって描けるようになったの」
「描けるようになってないよ。昔ね、小2くらいだったかなー。ドレスに描いたリボンがぜんぶ同じ形なのはおかしいだろ、って言われて。結んだリボンを見せられたの。物って横から見るとちがう形なんだってことはわかったから、その都度、見ながら描いてるだけ。慣れて、見なくて描けるようになったものもあるけど、私だって見なきゃ描けないよー」
紫苑は、床に両手をついてうなだれた。
「マジかよ……ちゃんと昔、おしえただろ。四角と丸と三角──人工物の構造はだいたいがその組み合わせだから、基本の立体を上下左右斜め、どこからでも描けるようになってれば、大抵のものは想像で描ける、って」
「そうだっけ? おぼえてないや……」
「ちゃんとおしえた! ちなみに、リボンは底辺が長方形な四角錐ふたつと、小さな直方体をイメージすればどっからでも描ける」
「チョクホウタイってなんだっけ?」
紫苑は無言で千夜に背を向けた。
真名の肩に手を置き、テレビの方を向くよう促す。
「今の、基本だからやってみて。それはべつに自己流じゃなくて、ちゃんと本に載ってたことだから。一応、人体にも応用できるし」
「しーちゃんズルイ! 真名にはやさしい声出してぇ」
「うるせえ! おしえたこと、右から左に抜けてるやつに、やさしくして何になる!」
バッサリと言い返した紫苑のTシャツのそでを、真名がそっと引いた。
顔を寄せられ、長い髪が腕に触れる。
「そんなこと言わないであげて。千夜は、やさしくしてもらったぶんだけ、紫苑さんのことが昔っから大好きなんです」
言っているのは千夜の話だ、とわかっていてもその単語にどきりとさせられる。
「千夜は子どものころから、紫苑さんがいかにやさしくて、絵が上手で、頼りになるかって──そればっかり。会ってみたら紫苑さん、ほんとうにやさしくて……でも、私たちみんなに、だから。千夜、すこしおもしろくないっておもってるのかも」
紫苑は、えんぴつを持った手でくしゃ、と後ろ髪を掻き回した。
ちら、と肩ごしに千夜を見る。
千夜は、ふくれっ面のまま、下絵を乱暴に消しゴムで消していた。
「…………チー、ちょっとおまえもこい。こないだ話した、あおりと俯瞰で人体描くのも、おんなじことだから。描いて説明してやる」
「うんっ」
消しゴムを放り出して、ててて、と千夜が紫苑の右隣にやってくる。
左利きの紫苑の手元をのぞき込むためなのか、必要以上に体を寄せられて紫苑は困った。
かといって、左隣にいる真名に寄るわけにもいかない。
体温が伝わってきて、いくら相手が千夜でも、顔が熱くなる。




