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悪意のメール

「いっそ、アングルを下げる、って手もある。肩ごしじゃなく、膝ごしくらいに視点を下げれば、単調な画面にはならずに済むかもな」

「膝ごしー?」

「俯瞰ほどには使わないだろうけど、あおりってのも基本的なアングルだ。まさか、描けないなんて言わないよな、チー?」

「描けるよ! スカートの中身が見えそうな感じにすればいいんでしょ。俯瞰は、おっぱいの谷間をのぞき込む感じでね。男が描く同人マンガでは、それが基本なんだね?」


紫苑は、にぎっていたえんぴつを危うく折りそうになった。

ぷるぷると手がふるえる。


「それはそうかも知れねーけど、俺が言ってんのは、一般的な映像美術のはなしだ。俺は同人屋じゃねーから、エロマンガなんか描かねーし、見たこともねーんだよ!」

「そうだよね。美術書で、古今東西……女神様のおっぱいまで、見放題だもんね」


それはアートだ、と言い返してやろうとしたとき、ピロン、と謎の電子音が聞こえた。

パソコンのモニターを振り返ると、新着メールを表しているとおぼしきアイコンが表示されている。

真名が慣れた手つきでメールを開いた。

が、文面をスクロールする手が途中でぴたりと止まる。


「千夜、きて」


真名の緊張した声に、紫苑もおもわずモニターをのぞき込んだ。

と、死ね、消えろ、というぶっそうな単語が目に飛び込む。

ぎょっとした紫苑の体を押し退けた千夜は、ろくに文面も見ないまま、そのメールをゴミ箱へと放り込んだ。

そして、ごみ箱の中からも消去してしまう。


「なんだ、今のメール……」

「うちのサイトの、感想フォームへの書き込みが転送されてくんの。よくあるいたずらだよ。気にしない、気にしなーい!」


競合する他サークルからのいやがらせか、それとも力が劣る作家のやっかみかなにかだろうか。

紫苑には気になって仕方なかったが、千夜はけろりと笑っている。


「真名、あんなのに構ってるヒマないって。そこのコマは、しーちゃんがあおぎだかあおりだかで描いてくれるらしいから、任せちゃおう。それより、こっちきて枠線描いて」


千夜が真名の手を引いて連れて行ったので、紫苑はパソコンの前に座り、キーボードを横にずらして原稿を置いた。

少々窮屈なのは我慢しようとおもったが、ふと壁際にF6サイズのスケッチブックがあるのを見つけ、画板がわりに使うことをおもい立つ。


それからあとも、千夜はコンソールデスクや壁のスイッチなど、ちょっとでも機械的な要素のあるものは片っ端から紫苑に描いてくれと押しつけてきた。

下書きぐらいしているならまだしも、細かいところは任せるぅ、と気楽にいう千夜に、紫苑の堪忍袋の緒は何度切れそうになったかわからない。


「おっまえなっ、いーかげんに──」

「あああ、あの! 私が描きます。描きますから……紫苑さん、下絵だけでも、おねがいできませんか?」


拝むように両手を合わせた真名のことばに、紫苑はいつも怒りの矛先を既のところで真剣白刃取りされているような気分だった。

けっきょく、怒気を宥められたばかりか、面倒だとか、描けないとか、ひとことも言わずに紫苑の線を黙々となぞる真名のために、その都度、念入りな下書きを描いてやることになる。

千夜が声高に主張する、「しーちゃんが描いた方が早い」というのもたしかなのだが、真名が示してくれるやる気だけが、丸一日経ってもまだどうにか紫苑の身をそこに留まらせていた、と言っても過言ではない。



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