転生覇王伝
「真名ー、このイラスト、ちょっとスキャナーで取り込んでちょ!」
リビングから千夜に呼ばれて、キッチンでトントンと何かを刻んでいた真名が、エプロンで手をぬぐいながらやってくる。
「あ。木戸司令の袴すがた。かっこいい」
絵を受けとった真名のことばに、ぴく、と紫苑の耳が反応した。
ローテーブルで観葉植物を描いていた手を、ぴたりと止める。
「…………木戸司令、だと?」
今描いているSFのオリジナルマンガには、そんな和風な名前のキャラクターが登場する気配はない。
そもそも、紫苑はそういう名前のキャラクターに心当たりがあった。
少年マンガを愛読する人間なら、今やほとんどが知っているだろう、大人気アニメ化作品────『転生覇王伝』なる、日本史上の武士、武将が時代を問わず一堂に会し、東軍西軍にわかれて覇権を争うバトルファンタジーだ……
とりわけ、三巻あたりで第三勢力として唐突に反旗をひるがえす女性軍の活躍が、男女問わず人気を呼んでいるらしい。
木戸司令とは、木戸孝允こと、桂小五郎が転生したという設定のキャラクターで、幾松という名で知られるかつての愛妻を探し求め、女性軍の罠につぎつぎに引っかかるという、頼れるのにどこか哀れをさそう人柄で女性ファンの人気をあつめるイケメン主要キャラである。
「おい。……おまえ、俺に原稿手伝わせて、なに、関係ない絵を描いてやがる?」
立ち上がった紫苑の気配に、びく、と真名が肩を震わせた。
べつに彼女を怖がらせる気はなかったのに、当の千夜はといえば、実にあっけらかんと応じる。
「だーって、おなじキャラばっかり描いてて飽きちゃったんだもーん。しーちゃんも、政子将軍とか推古博士とか描いてくれていいよ?」
「描かない。それより家に帰らせてくれ。明日になったらまた来てやるから」
と、とたんに千夜の両腕が紫苑の右腕にまとわりつく。
紫苑はおもわず、ローテーブルにほおづえをついてなにか描いている杏と従妹を見比べた。
足して二で割ると、ちょうどいいサイズになるだろうに、とおもう。
──もちろん、胸囲のはなしだ。
「だーめ、帰さない。まだ、半分以上、背景白いんだからね!」
「今日もソファで寝ろって言うのかよ」
「えー、じゃあ、私のベッドでいっしょに眠らせてあげてもいいから」
「良くねえッ!」
おもわず、紫苑は叫んだ。
きょとん、と見上げてくる目が大きくなる。
「なんで? 昔、ここに泊まりにきたときは、いつもいっしょに寝てたよ?」
「それは、『しーちゃん』が今やれっきとした男の人だからだよ、千夜ちん。男の人には、いろいろと生理的な事情があるのだ」
メガネ越しの双眸が意味ありげに笑う。
杏のいわんとしてることは嫌でも想像がついた。
反応に困った紫苑は、とりあえず聞かなかったふりを決め込んでおく。
「ふうん。じゃあ、徹夜する? 夜食はラーメンでいいよね」
「する?じゃねえ! 俺がおまえのベッドで寝るから、おまえが徹夜すりゃいいだろ」
「やだよぉ。前にね、徹夜して寝ぼけてインク倒して、えらいことになったの! あれから、徹夜するぐらいなら原稿落とすって決めてんの。みんなの努力が、いっしゅんで台無しになるんだよ? あれ、いちどやったら懲りるから、ホント」
じゃあ落とせ、と言いたいのをぐっと紫苑はこらえた。
千夜はそれでいいかもしれないが、真名や杏がおなじ考えだとは限らない。
あくまで、千夜にとっても、インクをぶっかけてせっかく描いた原稿を台無しにするよりかは精神的にマシ、というはなしだ。




