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白織夜叉の冒険譚  作者: 蹴 鞠
第1章
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25/57

みんなの日常


王都の朝。


冒険者たちが依頼を受け、街へ出ていく頃。


王都の中心部に建つ騎士団本部では、すでに多くの騎士たちが動いていた。


「――以上が、被災地から届いた最新の報告です」


会議室。


机の上に広げられた地図を前に、フィルティーナは静かに報告書へ目を通していた。


「河川の氾濫による家屋の損壊が三十七棟。橋が一本、使用不能。食料と飲料水については、あと四日ほどで不足する可能性があります」


「……四日か」


フィルティーナの向かいに立つセドリックが腕を組む。


「それなら、今日中に第一陣を出しましょう」


「そうですね」


フィルティーナは頷いた。


「騎士を二十名。治癒術士を四名。食料と建築資材を積んだ荷馬車を五台」


「了解です」


セドリック・ヴァレンは即座に手元の書類へ書き込む。


「それと、現地の復旧作業ですが――」


「人手が足りません」


「でしょうね」


セドリックが苦笑した。


「毎回そうですから」


フィルティーナも小さく笑う。


「では、私も同行します」


「団長自らですか?」


「現地の状況を直接確認したいので」


「……分かりました」


セドリックは小さくため息をついた。


「では、私も同行します」


「ありがとうございます」


「いえいえ」


セドリックは書類をまとめながら肩を落とした。


「団長が行くとなると、私が行かないわけにはいきませんからね」


「助かります」


「その代わり――」


「?」


「帰ってきたら、書類を少し減らしてください」


「努力します」


「努力じゃなくて実行してください」


部屋に小さな笑い声が響いた。


───


数時間後。


騎士団の一団は、被災した村へ到着した。


村にはまだ、洪水の跡が残っていた。


泥に覆われた道。


倒れた柵。


半壊した家屋。


それでも。


村人たちは、できることから少しずつ片付けを始めていた。


「騎士団の皆さん!」


村の代表が駆け寄ってくる。


「ありがとうございます!」


「礼は不要です」


フィルティーナが穏やかに答える。


「まずは、皆さんの安全を確認させてください」


その声を聞いて、村人たちの表情が少しだけ緩んだ。


「怪我をした方はこちらへ!」


治癒術士が声を上げる。


「食料はこちらに運びます!」


「資材は倉庫へ!」


騎士たちが一斉に動き始める。


セドリックも荷馬車から降りると、すぐに現場へ入った。


「壊れた家は?」


「十軒ほどが特に酷いです」


「では、大工を優先して配置します。騎士は瓦礫の撤去を」


「はい!」


「それから――」


セドリックは周囲を見渡す。


「子供たちは?」


「避難所に集めています」


「分かりました。そこにも人を」


指示が次々と飛ぶ。


無駄がない。


騎士たちは迷うことなく、それぞれの持ち場へ散っていった。


その様子を見ながら、フィルティーナは小さく頷く。


「……頼りになりますね」


「何か言いました?」


「いえ」


「絶対何か言いましたよね?」


セドリックが振り返る。


「なんでもありません」


「そうですか……」


セドリックは少し疑わしそうな顔をしながらも、再び作業へ戻った。


昼を過ぎる頃には、村の瓦礫の一部が片付いていた。


水路も応急処置が施され、食料の配給も始まった。


疲れて座り込む騎士たちの姿もあったが。


村人たちの顔には、少しずつ笑顔が戻っている。


「ありがとうございます……」


年配の女性がフィルティーナに頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます」


「私たちは騎士ですから」


フィルティーナは優しく微笑む。


「困っている方を助けるのは、当然のことです」


その言葉を聞いた女性は、涙を拭った。


フィルティーナはしばらくその場に立ち。


村の様子を静かに見つめていた。


───


一方。


王都冒険者ギルド。


「……次の方、どうぞぉ」


受付の奥。


長く黒い髪。


黒い着物。


目を閉じたまま、椅子に座っている女性がいた。


白織 鞠凪。


彼女の前には、大きな秤。


その横には、素材を分類するための箱がいくつも並んでいる。


魔物の牙。


爪。


皮。


薬草。


魔石。


鉱石。


その他、冒険者たちが持ち込んだ様々な素材。


鞠凪は、その一つ一つを手際よく確認していた。


――彼女は、冒険者ギルドの正式な職員だった。


担当は、素材鑑定・買取。


冒険者として長く活動してきた経験を買われ、素材の品質確認から価値の査定、買取までを任されている。


ただし。


ずっと受付に座っていたわけではない。


鞠凪は少し前まで、長期の遠征に出ていた。


その遠征を終えた際、ギルドから報酬の一部として長期休暇を与えられていたのである。


そして最近。


長い休暇を終え、再びギルドの仕事へ戻ってきた。


だからこそ。


夜叉たちも、以前からギルドで鞠凪の姿を見かけてはいた。


けれど。


誰も、それを「仕事中の鞠凪」だとは思っていなかった。


何しろ鞠凪は、見た目だけなら。


いつもと変わらない冒険者の姿でギルドにいる。


夜叉たちはずっと、


――お母さんも冒険者として依頼を受けに来ているのだろう。


そう思っていた。


「ゴブリンの耳が十六。ウルフの牙が八本です」


「はい」


若い冒険者が差し出した袋を、鞠凪が確認する。


「状態も問題ないみたいですねぇ」


「分かるんですか?」


「分かりますよぉ」


目を閉じたまま、鞠凪は素材を一つずつ確認していく。


「こちらが買取金額です」


「ありがとうございます!」


冒険者が去る。


「……次の方」


また一人。


「薬草なんですけど」


「はい」


「これ、いくらになります?」


鞠凪は薬草を手に取る。


「乾燥が甘いですねぇ」


「えっ」


「このままでは品質が落ちますよぉ」


「あ……」


「次からは風通しの良い場所で乾燥させてくださいねぇ」


「はい!」


冒険者は慌てて頷いた。


───


その頃。


白猫の足跡の四人は、依頼を終えて王都へ戻ってきていた。


「いやぁ、今日は楽だったな」


カイルが言う。


「依頼自体はね」


リゼットが答える。


「でも、せっかくだし今日は素材もまとめて売っちゃおうか」


レオンが背負っていた袋を見る。


「そうだな」


夜叉も頷く。


「最近、溜め込んでたもんねぇ」


「そうそう」


カイルが袋を叩く。


「普段は必要な分だけ売ってるけど、今回は結構溜まってる」


そこには、今日の依頼で得た素材だけではなく。


これまでの依頼で少しずつ保管していた素材も入っていた。


ゴブリンの耳。


ウルフの牙。


大型魔物の爪。


状態の良い魔物の皮。


いくつかの魔石。


さらに。


長期間保管していた、少し珍しい素材まである。


色の濃い魔石。


魔力を帯びた鉱石。


希少な薬草。


そして、滅多に手に入らない大型魔獣の素材。


「これ、全部売ったら結構な額になりそうね」


リゼットが言う。


「だろ?」


カイルが得意げに胸を張る。


「たまにはこういうのもいいだろ」


「そうだねぇ」


夜叉も頷いた。


「おいしいもの食べられるかなぁ」


「結局そこか」


レオンが笑う。


四人は素材買取の列へ並んだ。


そして。


少しずつ順番が近づいてくる。


「次の方――」


聞き覚えのある声。


夜叉が固まった。


「……?」


レオンたちも顔を上げる。


受付の向こう。


黒い着物。


長い黒髪。


目を閉じた女性。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


四人の間に沈黙が落ちる。


鞠凪が顔を上げた。


「あら〜」


夜叉が目を丸くする。


「お母さん?」


「はい」


鞠凪はいつもの調子で答えた。


少しだけ丁寧な口調で。


「お仕事中ですよぉ」


「…………」


夜叉はしばらく黙った。


「……お母さん」


「はい」


「ここで働いてたの?」


「そうですよぉ」


「…………」


「…………」


「初めて知った……」


「そうでしょうねぇ」


鞠凪は平然としている。


「言ってませんからねぇ」


「なんでぇ!?」


夜叉の声がギルド内に響いた。


周囲の冒険者たちが一斉に振り返る。


「……」


鞠凪は少しだけ首を傾げた。


「聞かれなかったですからねぇ」


「そういう問題じゃないよぉ!」


リゼットが口元を押さえる。


「ふふ……」


カイルは肩を震わせている。


「なるほどな……」


レオンが鞠凪を見る。


「だから、前にもギルドで見かけたことがあったのか」


「そうですよぉ」


「俺たち、ずっと冒険者として来てるんだと思ってました」


「よく言われますよぉ」


鞠凪は淡々と答えた。


「長期遠征から戻って来たから、またお仕事させてもらってるんですよぉ」


「長期遠征……」


リゼットが目を丸くする。


「それで長期休暇をもらってたのね」


「そうですよぉ」


鞠凪は頷く。


「休暇中は、ほとんど仕事をしてませんでしたからねぇ」


「じゃあ本当に最近復帰したんだ」


「はい」


夜叉はまだ驚いている。


「……お母さん」


「はい?」


「私、全然知らなかったよぉ」


「そうでしょうねぇ」


「もうちょっと教えてくれても……」


「聞かれなかったですからねぇ」


「またそれぇ!?」


今度はカイルまで吹き出した。


───


「では、素材を確認しますね」


鞠凪は、今度は完全に仕事の顔になり、目の前に積まれた素材を見た。


「……随分ありますねぇ」


「溜めてた分もあるからねぇ」


夜叉が答える。


鞠凪は一つ目を手に取る。


「ゴブリンの耳」


二つ目。


「ウルフの牙」


三つ目。


「大型魔物の爪」


四つ目。


「魔石」


そして。


少し珍しい素材の入った袋を開く。


「……これは」


鞠凪の手が止まった。


「珍しいものもありますねぇ」


「結構いいやつ?」


カイルが身を乗り出す。


「ええ」


鞠凪は素材を丁寧に確認する。


「状態も良いです」


「やった」


「ただし」


鞠凪が続ける。


「こちらの魔力を帯びた鉱石は、少し保管方法を変えた方がいいですねぇ」


「え?」


リゼットが聞く。


「他の魔石と一緒にしていると、魔力が干渉する可能性があります」


「なるほど」


「こちらで分けておきましょう」


「お願いします」


レオンが頷く。


さらに。


鞠凪は大型魔獣の素材を手に取った。


「これは……」


「高い?」


夜叉が聞く。


「高いですねぇ」


「やったぁ」


「ただし、処理が少し甘いです」


「…………」


夜叉の表情が止まる。


「買取額は下がりますねぇ」


「そっかぁ……」


しょんぼりする夜叉。


「でも」


鞠凪が続けた。


「素材そのものは非常に良いですよぉ」


「ほんと?」


「はい」


夜叉の顔が戻る。


「じゃあ、よかったぁ」


「現金だなぁ……」


カイルが笑う。


全ての査定が終わる。


鞠凪が合計金額を伝える。


「…………」


四人が黙る。


「結構あるな」


レオンが呟く。


「思ってたより多い」


リゼットも目を丸くする。


「これなら、しばらくは余裕ね」


「何食べようかなぁ」


夜叉はもう次のことを考えている。


「夜叉は食べ物ばっかりだな」


カイルが笑う。


「だって、お金があるならおいしいもの食べたいよぉ」


夜叉は嬉しそうに笑った。


鞠凪はそんな四人を眺めていた。


そして。


「……また素材が溜まったら持ってきてくださいねぇ」


「うん」


夜叉が頷く。


「お母さんがいるなら、持ってくるねぇ」


「はい」


鞠凪は微笑んだ。


こうして。


白猫の足跡は、思いがけず。


鞠凪の職場を知ることになった。


───


同じ頃。


被災した村では。


騎士たちが瓦礫を運び。


治癒術士が怪我人を診て。


村人たちが少しずつ日常を取り戻していた。


フィルティーナは遠くからその様子を見つめていた。


隣では、セドリックが次の指示をまとめている。


「今日中に応急処置を終えられそうですね」


「はい」


「では、明日は橋の復旧を優先しましょう」


「お願いします」


それぞれの場所で。


それぞれの仕事がある。


冒険者たちが依頼へ向かう。


騎士たちが人々を守る。


誰かが魔物と戦い。


誰かが素材を買い取り。


誰かが壊れた村を直している。


世界は。


大きな事件だけで動いているわけではない。


誰にも知られない場所で。


今日もまた。


それぞれの一日が、静かに続いていた。

読んでくれてありがとうございます〜


あと少しで二章入ります!

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