ノアとニア
2つの影が、男に迫ってくる。
「ニア、いたぞ。」
「あっ、やっと見つけたー。」
1つは、左目に軽くかかった銀髪と、きだるげな青い瞳を持つ少年のもの。
夏だというのに、ハイネックの服と、真っ黒の長いコートを着ている。
もう1つは、無造作にはねた黒髪と、大きく開かれた赤い瞳を持つ少女のもの。
こちらもハイネックであり、全体としては少年と統一感のある装いだが、腹、二の腕、足など、だせるところは全部切ったような服を着ている。
「いやぁ、今日はなんだかいい天気だね。
あたしとノアの結婚式にちょうどいいよ。」
「お前と結婚するバカは、どこにもいないよ。」
「あっ、バカって言った。バカって言ったやつは、カバと結婚するんだよ。」
「ガキかよ。」
「16歳はまだまだガキですよーだ。」
他愛のない雑談。それを標的を前にしてやる度胸を、男は馬鹿にし、余裕を感じ、そして、ほんの少しの恐怖を覚えていた。
「にしてもいい天気すぎるな。
今日今からこの場所で、」
1人死ぬっていうのに。
「改めまして、ここ、エレノア連合国の宿主が1人、ノアと。」
「同じく、エレノア連合国の宿主が1人、ニアだよん。」
俺は、黒いスーツをだらしなく着こなしたその男を見る。
「あなた、ロラレスト連合国からのスパイ、ロッツァさん、ですよね?
なんで我が国に?今そちら、戦争中でしょう?」
ロッツァさんはニヤニヤと笑うだけだ。
すると、ニアが不機嫌そうに眉をひそめた。
「ねぇ、おじさん、ノアが聞いてるんだから、ちゃんと答えようよ。
ノアの質問には、3秒以内。
社会常識でしょ?」
男は馬鹿にした笑いをやめない。
ニアの言っていることはよくわからないが、もともと期待していたわけではない。
ニアの機嫌の悪さもヤバそうだし、ここで殺しておしまいだな。
袖口から銃を取り出そうとしたとき、ロッツァさんが、急に口を開いた。
「、、、おい、ガキども。この国の情報、全部吐け。そうすれば泣かせないでやるよ。」
「え」
思わず口から漏れる。目の前の男を見つめた。
「なんで、あなたに俺を泣かせられると思うんですか?
病院、予約しときますか?」
ブチッと音が聞こえた。ロッツァさんの顔が怒りで歪む。
「あー出たよ、ノアの無自覚煽り。」
楽しくなってきたぁっ、とニアもニヤニヤと笑い始める。
「おい、ガキども。」
胸元からおもむろに銃を取り出した。
「調子乗ってんじゃねぇぞ!!」
バンッと銃が俺に向かって発砲された。
「、、、へ?」
間の抜けた声がする。
「どうしましたか?」
俺のコートから伸びた手錠がキラリと光った。
「は?跳ね返し、、、え、いや、その手錠何製だよ!?」
「百均で買ったプラスチックのです。」
「想像の百倍低いクオリティだなぁ!」
ロッツァさんは俺を激しく睨む。
「ガキのくせに戦争に出てくんなよ!!!大人しく、、、」
言葉が途切れた。ニアが後ろから羽交締めをしたからだ。
、、、さっきまで隣に居たはずなのにな。
心臓が大きく脈打つ。
いつも気味悪い笑顔を浮かび続けるニア。
戦闘のときは、それがより顕著に現れる。
、、、まぁ、こいつが敵でないことを手を上げて喜ぶしかないだろう。
「ノア、やっちゃってー。」
ニアの声で、俺はハッとし、ロッツァさんに近づいた。
手錠の俺とつながっていない方を、ロッツァさんの手首の前で構える。
「おい、なにすんだ、、、」
ガチャン。
途端に、ロッツァさんの動きが止まった。
鳥が飛ぶ。風で木が揺れる。どこか遠くで遊ぶ国民。
その動きに交わることを忘れたように。ロッツァさんは、固まり続ける。
ニアをちらりと見た。
もういいよん、と軽い声が聞こえてくる。
ため息をついた。
、、、ついても状況は何も変わらない。
手錠を外した。
ロッツァさんが再び動き始め、、、
ブチャ。
血。血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。
眼の前に血が広がった。
それらは、重力に従って下へと落ちていく。
それが、ロッツァさんの、最後の動きだった。
ロッツァさんは、もうそこにはいず、羽爻締めをした姿勢のまま、血に染まったニアがいた。
「やっぱ、あたしたちの能力相性サイコーだね。
運命かなぁ。」
「、、、お前と運命なら、俺は世界中の女に土下座して、なんとか結婚してもらうよ。」
空を掴む手錠にぼんやりと反射した俺の顔が見える。
顔についた血。そして、いつも通りの無表情。
またため息をつく。
ああ、幸せがまた逃げていった。
俺の能力は、「世界を『忘れる』」。
俺と手錠でつながったものは、世界を忘れようとする。
簡単に言うと、脳の処理速度が完全にゼロになる。
だから、動かなくなる。このクソみたいな世界には絶望しきっているから。
ニアの能力は、「あたしたちを『吾する』」。
ニアと身体的接触をしたものは、ニアの感情状態が、相手の身体状態とリンクする。
俺の能力と合わせることで、その大きな衝撃を一度に食らわせられる。
だから、こんな派手に血が飛び散っているわけだ。
こいつの血がついてる服着たくない、と言って、颯爽と服を脱いだニアが、俺に抱きついてきた。
こいつほぼ下着みたいな短さの服着てるから、あんまり意味をなしてないけどな。
「おい、離れろ。
お前、下着姿なんだから。恥じらいを持て、恥じらいを。」
「えー、いいじゃん。双子なんだから。
それともノア君、思春期ですかぁ?」
元ロッツァさんを見る。
この能力の使い方をすると、いつもこんな悲惨な状況になる。
ニアがロッツァさんとくっついているのがそんなに嫌だったのか。それとも。
、、、いつも最悪な気分なのか。
俺はニアを無理やり引きはがす。
「お前なぁ、あんまりそういうこと軽々しくやるなよ。」
ニアの間抜けな大きな赤い目を見つめる。俺とまったく違う温度をもつ、その赤い目を。
「-その体、お前の物じゃないだろ?」
空気が一瞬にして冷える。
キャハ。
腹の底から響くような、甲高い笑い声。
「ノアから『あの子』のこと言うなんて珍し。」
キラリ、とニアの喉元が光った。
淡く虹色に光る、美しいそれは『神石』だ。
俺たちが宿主であることを表すその石。
それは、俺にとっては呪いの石、といったほうが良いだろう。
今すぐにでも、叩き壊したい衝動に駆られ、指先がピクリと震える。
耳障りな笑い声は、未だに続く。
さっさと服着ろ、と俺はつぶやいた。




