9・力を持たざる者
「……この薄汚いガキが!!」
怒鳴り声が響き渡る。
「……行ってみましょう」
私はすぐさま、先程の声がした生垣の向こうへと回り込む。
するとそこでは、屋敷の使用人が数人で一人の少年を囲んでいるではないか。
物々しい空気に、すぐに警戒するようにカイルが私の前に出る。
「申し訳ありません!! 申し訳ありませんっ!!」
少年が必死に謝罪の言葉を繰り返す。
耳がある、ということは、この子も獣人族よね。だけど町を通った時に見た市井の人々の誰よりも痩せ細り、服も粗末で、到底貴族ではないことはわかるし、それどころか恐らく市井の子としても貧困層の子どもだわ……。
どこの国でも、貧富の差というものは存在してしまう。
マルボロにももちろん多少はあったのだけれど、あからさまな差ではなかったから、こんなにもはっきりとしたものは初めてだ。
「王家の所有する屋敷の庭に入るなんて、身の程知らずが」
「違っ……落ちたものを拾おうとしただけで……っぐうあぁっ!!」
言い訳を遮るように、蹴りが入る。
鈍い音が響いて、地べたに頭を打ち付ける少年に、私は眉をひそめた。
「っ……」
王妃の館に不法侵入、となれば、咎められるのも無理はない。
やりすぎだとしても、道理には叶ってしまっているの。
止めるべきか。
見過ごすべきか。
どちらでも構わない。私の立場的には見過ごすのが正解だろう。
だけど──。
「ねえ」
声をかけると、使用人たちの動きがぴたり、と止った。
「何をしているのかしら」
穏やかに問いかけたつもりだけれど、その空気にぴりりとした緊張感が走るのが分かった。
「……し、躾です」
「えぇえぇそうです。この者が無断で庭に入りましたので」
「一応、仮にも、王妃の屋敷なので」
うん、どいつもこいつも……。
”一応”でも”仮”でもないのよ。
本当の、王妃なのよ、私。
心の中でやれやれと息をつきながら、私はゆっくりと少年に歩み寄る。
そして少年の前で足を止めると、しゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。
「ひっ……」
「……」
なんて怯えた瞳。
だけど……その奥にあるのは恐怖だけではない。……諦めだ。
この国の“弱者”の目。
私はそっと手を伸ばし、少年の頬に触れると、びくり、とそのやせ細った身体が震えた。
次の瞬間────。
「……え?」
少年から小さな声が漏れて、刹那、頬の腫れが、ゆっくりと引いていく。
切れた唇も元に戻って綺麗な状態におさまっていく。
「な……何を……」
使用人たちが後ずさる。
そりゃそうか。こんなところ見たら、ね。
私は何事もなかったかのように立ち上がった。
「この子はもう大丈夫よ。このことは不問とするわ」
淡々と私は使用人たちにそう告げる。
「それでも罰が必要かしら? こんな子供にやりすぎなまでに体罰を施す、あなた達に」
誰も答えない。
答えられない。
当然ね。質問よりなにより、目の前で起きたことが、理解できていないのだから。
「下がりなさい」
静かに命じると、今度は誰も逆らわなかった。




