30・自分の意思で選ぶ未来
あの大暴走からしばらくして、正式にルシアン様の退位が決まった。
理由は明白。
『王としての機能不全』
番を持ちながら国を守れなかった王に、価値はない。
それが、この国の常識だった。
そして、新たな体制が敷かれる。
「……これでいいの?」
私は書類から顔を上げた。
今私がいるのは、王城の執務室。
かつて私が足を踏み入れることすらなかった場所だ。
「はい。各家門、すでに承認しています」
カイルが淡々と答える。
その立ち位置は、以前とはまるで違っていた。
今や彼は、私の護衛兼“補佐”として動いてくれている。
「ずいぶんあっさりね」
「それだけ、求められていたということです」
誰が。
何を。
そんなこと言うまでもない。
私は小さくため息をついた。
「……王になるつもりはないのだけれど」
「ですが、実質的には……」
「分かってるわ」
言葉を遮って、少しだけ、困ったように笑った。
「逃げられないものね」
そうつぶやいて、窓の外を見る。
窓の外には広大な庭と、その向こうに城下町が広がっている。
あの日とは違う。
穏やかで、静かで、平和そのもの。
「変わるわね、この国」
ぽつりと呟く。
「変えたのは、あなたです」
カイルの言葉に私は振り返り、その言葉の意味を少しだけ考えてからゆっくりと口を開いた。
「……違うわ」
「え?」
私は、きっかけに過ぎない」
そして、一歩彼に近づく。
「選んだのは、この国の人たちよ」
静かな言葉。
だが、確かな真実だった。
少しの沈黙。
「……カイル」
静かにその名前を呼ぶと、彼はすぐに顔を上げた。
「はい」
「あなたは、どうするの?」
問いは、まっすぐだった。
「これからも、ここにいる?」
私の言葉に、カイルはわずかに目を見開く。
けれど、その戸惑いは一瞬だった。
「……います。……あなたが、この国にいる限り」
紡がれたその言葉に、私は薬と笑って尋ねる。
「あら、それは……“命令”だから?」
ほんのわずかな意地悪だった。
それなのにカイルは、すごく真面目な顔をして首を振って否定の意を示した。
「いいえ」
そして一歩、私に向かって踏み出す。
「俺の、意思です」
まっすぐな視線がどうにもくすぐったい。
逃げも、誤魔化しもないそれに、私は思わず息をのんだ。
「あなたを支えたい。この国を変える、その隣に立ちたい。そう思っています」
飾りのないはっきりとしたその言葉に少しだけ言葉に詰まって、それからふっと、私は頬を緩めた。
「そう。そうなの……。なら────」
詰められたその距離。今度は私が、一歩、同じように距離を詰める。
それはどんな種類の契約でもない。
縛られた義務でもない。
私が選んだ、そして彼が選んだ、”選択”だった。
私の言葉にカイルは胸に手を当て背筋を伸ばした。
「こちらこそ」
玉座は、空のまま。
だけどこの国は、もう迷わない。
“番”ではなく。
“意思”で選ぶ未来へと、変わっていくから。




