27・仮初めの番とホンモノの香り
「あら?」
落ち着きを取り戻した町を見つめる私の視界に倒れたままのリリィ様が映った。
その身体からは、もう先ほどまで感じていた魔力の流れは一切感じられない。
同時にきっと、あの“匂い”も。
番の証とも言える強い香りも、人間である私にはわからないけれど消えていることだろう。
「……そんな……」
かすれた声が、すぐそばで落ちた。
ルシアン様は呆然とつぶやき、戸惑いを隠せない様子で倒れたままのリリィ様を見下ろしている。
当然でしょう。先ほどまで“自分の番”だと信じていた存在から、何もかもが消えてしまったのだから。
けれど、ちゃんと生きてる。
「大丈夫ですわ、ルシアン様。リリィ様は気を失っているだけです。擬態魔法の持ち主である彼女は、力を使い果たしました。もう……あなたの“番”に擬態することはできません」
「……は…………?」
私の言葉に、空気がぴしり、と張り詰めた。
私は一歩も動かないまま、淡々と言葉を重ねる。
「擬態魔法。聞いたことはありません? 他の者の匂いや姿、感覚に擬態し、それを自分のものとして使うことのできる力。稀に生まれるその力の持ち主は、その危険性から代々王家の監視対象とされてきた。当然、マルボロ王国では王家の人間の学習の中の一部となっていますわ。それが──そこの番の匂いを擬態させた女性──リリィ様ですわ」
「なんっ……!?」
ルシアン様の瞳が驚きに大きく見開かれる。
「私には番の匂いとやらはわかりませんが、何らかの強い魔法が使用されている匂いは最初から感じていました。それに、ずっと違和感を感じていましたの。ルシアン様は腐っても……ごほんっ、元々はきちんと公務をこなされて、理性的に聖務に励んでおられた獣人の王。その精神力も、他の者とは比べ物にならない程あるはずですのに、リリィ様に出逢ってから番にしか興味を示さなくなった。となれば──リリィ様の番の匂いは、普通の者より強いのではないか、と」
パーティでこれまでのルシアン様とは違う違和感のある態度を見せたこと。
そしてそれからリリィ様の余裕が崩れたこと。
その全てが、私をその答えに導いてくれた。
「そしてずっと無理をして最大の力を使って来たことから少しずつ力の揺らぎが生じ始め、以前よりもルシアン様は番に心酔しなくなってきた。だから焦り始めたのでしょうね。その焦りから力が暴走し、王都に誰の者かもわからぬ番の匂いが充満し始めた。人々が暴走を始めたのは、その臭いに酔ってしまったからでしょう。と、これが事の真相ですわ。ルシアン様。それでも彼女と共に在るというのであれば、これまで通り、どうぞ。私は止めませんわ」
淡々と、まるで他人事のように聞こえるだろうが、まぁ他人だ。
立場上は妻だけれど。
番ではない人と結婚することも珍しくはない獣人の国だ。
騙されていたとはいえ愛していたのだから、きっと番に擬態できなくなっても一緒にやって行けるだろう。……多分。
「……擬態……?」
ルシアン様の口からぽつりとそう零れ落ちると、その端整な表情が、ゆっくりと変わっていく。
理解が追いついた瞬間、その瞳に浮かぶのは動揺と、否定。
そして、次の瞬間、彼の視線が──私へと向いた。
ピクリ、と鼻が動き、痺れたように尻尾から耳にかけてぶるりと毛が逆立ち、黄金の瞳が、大きく見開かれる。
「クリスティ……まさか……お前が……おれの?」
「…………はい?」




