第43話:EX 長閑村の穏やかな午後 ~これぞ理想のスローライフ~
【視点:ダークエルフ ロウミア(総務担当)】
「皆さん、おはようございます。今日も良い天気ですね。作業の合間にはしっかりと水分補給をして、自分のペースで進めてくださいね」
午前10時。
村の広場に集まった村人、魔物と近衛騎士たちへ私は穏やかに声をかけた。
かつて魔王軍で血を吐くような経理と兵站のワンオペに追われていた日々が、まるで遠い昔の夢のようだ。
今の私はプリーズ殿下が作ってくれたこの村で、皆が笑顔で働ける環境を守る『総務担当』として心穏やかな毎日を過ごしている。
「ブヒッ、ロウミア殿、おはようッス! 今日のトマトは一段と輝いているッス! 太陽の下で土をいじれるなんて、最高ッスね!」
オークのドボグさんが、鍬を片手に生き生きとした笑顔で挨拶をしてくれた。
魔王軍で最前線の肉盾として使い潰されかけていた彼は、今や村の農業リーダーとして皆に慕われている。
土気色だった顔色は、今では見違えるほどつややかだ。
「ええ。ドボグさんの愛情がトマトにしっかり伝わっているのですね」
私が微笑むと、ドボグさんの足元から「ぷにっ」と可愛らしい音がした。
「ぴっかぴかにしたです〜!」
そこにいたのは、村の水質管理と掃除を担当するスライムのスーちゃんだ。
スーちゃんは私の足元に寄ってくると、身体をぷにぷにと揺らして挨拶をしてくれた。
その半透明な水色の身体は、太陽の光を浴びて宝石のようにキラキラと輝いている。
ドボグさんの泥だらけだった鍬も、スーちゃんが「ちゅるん」と吸い取ってくれたおかげで新品のようにピカピカだ。
「スーちゃんが水路を綺麗にしてくれるから、お水がとっても美味しいッス! いつもありがとうッス!」
ドボグさんが大きな手でスーちゃんの頭(?)を優しく撫でると、スーちゃんは「えへへです〜」と嬉しそうに平たく伸びた。
その健気な姿に周囲の作業の手が思わず止まり、皆の顔が綻ぶ。
「ロウミア殿、おはよう。……フッ、朝から癒やされる光景だな」
後ろから声をかけてきたのは、村の防衛隊長の男性だった。
顔の十字傷が歴戦の猛者の証だが、その手にはなぜか可愛らしい箱が大切そうに握られている。
「隊長さん、昨日の夜間警備、シフトBお疲れ様でした。……あら、その箱は?」
「ああ、昨日の特別休暇を利用して、家族と隣町の温泉に行ってきたのだ。これは皆への土産の温泉饅頭だ。……まさか我々のような剣に生きる者が、家族とゆっくり湯に浸かる日が来るとはな。プリーズ殿下には、感謝してもしきれんよ」
隊長さんは照れくさそうに、しかし心の底から幸せそうに目尻を下げた。
魔物である私たちと、人間の最高峰の騎士。
かつてなら出会った瞬間に殺し合っていたはずの私たちが、ぷにぷにのスライムと共にプリーズ殿下が掲げた穏やかなルールの下、家族のように自然に交流している。
「おーい! 今日の夕方は、心地よい東風が吹くですぜー!」
ふと見上げると、村の物見やぐらの頂上から石の翼を持ったガーゴイルのガルくんがパサパサと手を振っていた。
村の気象予報と上空警備を担当する彼は、少しシャイだがとても働き者だ。
「洗濯物がよく乾くから、早めに干しておくといいですぜ!」
「ガルくん、ありがとう! 後で大好物の『魔力を帯びた小石』を差し入れに持っていくわね!」
私が手を振り返すと、ガルくんは「待ってるですぜ!」と嬉しそうに石の尻尾を揺らした。
「フハハハハッ! 我輩、骨の髄まで陽の光と平和なそよ風が染み渡りますぞ! ガル殿の言う通り、今日は最高の事務仕事日和ですな!」
村役場(仮)の縁側では、デスナイトのセイザールさんがお茶をすすりながら、目にも止まらぬ速さで書類の山を捌いていた。
「この領収書は不備がありませぬ! 承認のハンコにいざ……チェストォォッ!」
バンッ! バンッ! と、死のオーラを完璧に制御した美しい捺印が羊皮紙に刻まれていく。
アンデッドである彼にとっても、この村のゆったりとした空気は心地よいらしい。
「我輩、経理の仕事が楽しくてたまりませぬぞ!」と、甲冑を鳴らして喜んでいる。
「……本当に、ここは天国ですね」
私は支給されたハーブティーを胸に抱きながら、美しい長閑村の景色を見渡した。
澄み切った水路で遊ぶスーちゃん、空を優雅に見守るガルくん、豊かな畑、ゆったりと村を巡回する近衛騎士たち。
誰も過労で倒れない。
誰も理不尽な怒号を浴びない。
魔王軍の過酷な環境から逃げ出してきた私たちにとって、ここは命に代えても守り抜くべき『聖域』であり、最高の癒やしの空間なのだ。
ふと、小高い丘の上にある別荘のテラスを見上げる。
そこには焼き立てのスコーンと紅茶を楽しみながら、穏やかな笑顔で村を見下ろしているプリーズ殿下とミド殿のお姿があった。
(あぁ……今日も殿下は、我々を優しく見守ってくださっている……)
あの優雅なティータイムの裏で広域エリア統括本部長として、帝都や北方領地から押し寄せる理不尽な業務の波を最前線で食い止めてくださっているのだ。
我々にできることは殿下が作ってくださったこの完璧なシステムを維持し、しっかりと自分の業務をこなし、定時で帰ることだけだ。
「さあ、皆さん! 今日も一日、無理なく自分のペースで頑張りましょうね!」
「「「おおおおおッ!!」」」
「がんばるです〜!」
私の声に人間と魔物の垣根を越えた活気にあふれる、そしてどこか柔らかい返事が村中に響き渡る。
誰もが自分の人生を謳歌し、明日を迎えることを楽しみにしている。
これこそがプリーズ殿下が導いてくださった、完璧なスローライフだ――!
――後日、この平和な村のすぐそばで、殿下の愛する『定時退社』を脅かす厄介事が起こることなど、この時の私たちは知る由もなかった。
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次回から第3章に入ります。
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