プロローグ ver.2
――コンビニを出て、夜道を歩くこと十数分。
駅前の路地の奥に、その店はある。
たしか、渚先輩の送別会をやった居酒屋だ。
ガラガラ、と。
年季の入った引き戸を開けると、焼き鳥の香ばしい匂いと店の熱気が、どっと押し寄せてきた。
「おーい! こっちこっち!」
奥の座敷から、ジョッキ片手に手を振る人がいる。
黒髪に、落ち着いた物腰。
耳元で小さく揺れる――青いピアス。
目が覚めるほどの美人が、そこにいた。
――渚先輩だ。
「すみません、遅くなりました」
「遅い遅い。どうせまた、あのベンチで話し込んでたんでしょ」
「「……」」
図星だった。
「あはは! わかりやすいなぁ、君たちは」
全部お見通しらしい。
(この人には、一生敵う気がしない)
* * *
三人分のグラスが揃うと、渚先輩がすっと居住まいを正した。
「じゃ、改めて――大河、澪ちゃん。入籍おめでとう!」
「「ありがとうございます!」」
カチン、と軽い音が鳴る。
渚先輩はジョッキを一口あおると、ふっと目を細めた。
「……よく頑張ったなぁ、お前たち」
(……ああ、この感じだ)
この、まっすぐなあったかさ。
何年経っても、この人はちっとも変わらない。
「いやー、それにしても。まさか本当に結婚するとはねぇ。あの、タイミングブスくんが」
「先輩。俺、そのあだ名はもう卒業したはずじゃ……」
「何言ってんの。あだ名ってのは一生物だよ?」
「ふふっ」
隣で澪が吹き出した。
「おい、笑うなよ澪……」
「ごめんごめん。だって、ほんとのことだもん」
(味方がいない)
まったく。
この二人が仲良しなのは、今も昔も変わらないのだった。
* * *
「――で?」
ひとしきり笑ったあと、渚先輩がぐっと身を乗り出してきた。
「さっきまで、二人でずーっと昔話してたんでしょ。だったらさ、私にも聞かせてよ」
「聞かせるって……何をですか?」
「決まってるじゃん。――私が東京に行ってからの、一年間」
青いピアスが、店の灯りを受けて小さく光る。
「メッセージじゃちょこちょこ聞いてたけどさ。文字とナマの話は別だぞ、大河」
「あー……」
どこから話したものか。
なにせ、あの一年は本当に色々あった。
コンビニには新人がどっと入ってきて、毎日てんやわんや。
学校は学校で、新学期からずっとお祭り騒ぎ。
笑って、焦って、悩んで、走って――たまに、泣いた。
長いようで短い、やけに濃い一年間。
「……澪。どこから話す?」
「そうだね。……やっぱり、最初からじゃないかな」
澪は左手でグラスを置くと、いたずらっぽく笑った。
「ほら。大河が、教室で私の名前を呼べなくて大騒ぎしてたあたりから」
「それを本人の前で言うか!?」
「あっはっは! 何それ、超聞きたい!」
……こうして、俺の羞恥心と引き換えに夜は更けていくのだった。
まぁ、いい。
それじゃあ少し長くなるけど――俺たちの“三年生”の話を、始めるとしよう。
すべては、あの春の朝。
昇降口の、一枚のクラス表から始まったのだ。




