オイルタンカー 第十五話 強襲と顛末
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海賊たちが乗っ取ったタンカーに突入したのは。シンガポール警察とマレーシア警察の、沿岸警備隊だった。
正確にはマレーシアの海上警察と沿岸警備隊は別組織になる。だが混乱するので、ここではシンガポールとマレーシアの沿岸警備隊とする。
まずシンガポール警察が、自国の政府から承諾を得ると。さらにマレーシア警察に協力を依頼して。その後にアメリカ側に許可を得たのちに、作戦を強行した。
作戦は、武装した警官たちが二班に別れて。シージャックされたタンカーに乗り移って。連携しながら船内を捜索して。海賊たちをすみやかに制圧して、逮捕する。というものだった。
まずはシンガポール側の沿岸警備隊のヘリコプターが、シージャックされたタンカーの周囲を旋回しながら。船内にいる海賊たちにむかってスピーカで、降伏するように、勧告をくりかえす。
海賊たちがそちらに注意を奪われているあいだに。船の後方より接近したボートから、第一班の警官たちがタンカーに移乗する。
第一班の乗船と、ほぼ同時進行で、第二班の警官たちが、ヘリコプターからラペリングでタンカーの甲板に移乗する。
その後に。第一班は、タンカーのブリッジを制圧する。
第二班は、甲板上と船内と機関区を捜索後に、こちらを制圧する。
二つの班は、この作戦を、できるだけスピーディーに行い。会敵した海賊たちを短時間で制圧することを目標とする。
どこの特殊部隊だ、と言いたくなる作戦内容だが、隊員たちは、積極的に参加を希望した。
隊員たちは皆、こうした作戦のための訓練を充分に積んでおり、成功させる自信があったからだ。
(じつは、東南アジアの海賊問題に関しては、我が国の海上保安庁が音頭をとって、各国に呼びかけて、対策をすすめている場合が多い。
マスコミがニュースにしないせいで世間では知られていないが、我が国の海上保安庁と東南アジアの各国の海上警察との結びつきは強く、海賊問題では、海保が舵取りをして技術協力や研修を積極的に進めている)
作戦は、滞りなく、実行された。
ヘリコプターが上空を旋回しているあいだに、スピードボートでタンカーの船尾から近づいた、第一班の隊員たちが、訓練通りに手際よく、タンカーへの乗り込みを成功させる。
第一班の乗船と同時に。上空から甲板に近づいたヘリコプターから降下用のロープが垂らされて、武装した第2班の隊員たちが次々にロープを伝って降りてくる。
甲板に接地した隊員から自分のポジションを確保して、片膝をついた格好で携行した自動小銃をかまえると、後続の仲間たちが無事に降下できるように、と周囲の警戒と安全の確保を行う。
次々とタンカーに乗り移ってきた沿岸警備隊の隊員たちの姿格好や行動は。こういう作戦ではおなじみの、戦闘服の上下にベストをつけてヘルメットをかぶり、覆面で顔を隠してゴーグルまでした、隠密作戦の兵隊そのものだった。
かまえている武器も、光学照準器を装着した短縮型の自動小銃で。耳にイヤホンを挿した無線機で連絡を取り合い。ボディアクションを駆使して、チームの意思疎通をする。
つまりはメディアでよく見かける、訓練された兵隊の装備と、彼らがとるべき行動の再現だった。
沿岸警備隊の隊員たちには、次のような指示がされていた。
シージャックされたタンカーの、ブリッジ、甲板、船内、の制圧を行う作戦とする。
作戦行動中に、タンカーを乗っ取った海賊たちに遭遇した場合は、すみやかにその場で拘束して逮捕する。
海賊が武器を手にして抵抗すれば、警告の後に発砲して行動不能にしてから同様に逮捕する。
もしも遭遇した海賊が爆破スイッチを所持していて、それを押すそぶりをすれば、警告は不要ですみやかに射殺する。これを徹底する。というものだ。
真壁は船橋の出入口付近にいたので。沿岸警備隊の警官たちが、タンカーに乗り込んでくる現場をちょうど目にすることになった。
やってきたのは、ヘリコプターからラペリングで降りてきた第二班の警官たちだ。
もしかすると本命の別班が行動しているのでは。と考えはしたが。それよりも真壁は、武器を手にした仲間が大勢の味方がやってきたことに、ついつい嬉しくなってしまう。
思わず両手を振って隊員たちに合図をして、さがしている連中はブリッジにいるぞ、と彼らに呼びかけたい衝動にかられる。
だがそんな真似をすれば問答無用で撃たれると気付いて、真壁は、あわててその場から逃げだす。
「……自動小銃をかまえた隊員たちがやってきたら、タンカーに残っていたおれの立場を。彼らにいったいどのように説明したらいいんだ?
それとも、大人しく逮捕されたあとで、身許の証明をヒロに頼むしかないか?」
真壁は、一人で悩んでいたが。さらに、次のように自身に言いきかせる。
「とはいえ、専門の対策チームが乗り込んできたのだから、メイリンたちも、もうおしまいだ。
警官たちがメイリン一味を逮捕すれば、これで事件も一件落着だ……」
彼がそう言った、次の瞬間に。なんの前触れもなく、タンカーの後部で爆発が起きた。
真壁は仰天する。ドカンという爆発音とともに、船を揺るがす衝撃がやってきたからだ。
ふくれあがる真っ赤な爆炎と、地鳴りのように船体を震わせて響く爆発音と、衝撃が。背後からやってきて。真壁は、背中をつきとばされたように、うつむけにその場に倒れる。
「!」
ちょうど前にあった、船橋の建物がさえぎる壁になってくれたので、真壁が命を落とすことはなかった。
真壁は四つん這いの驚いた表情で、なにが起きたのか、と背後をふりかえる。
もうもうと噴きあがる黒煙と炎を見て。そこでようやくタンカーの船橋の後部にも設置してあった爆弾が、ブリッジから無線スイッチを入れられて起爆したのだ、と気が付く。
耳鳴りがおさまらずに、目の前がチカチカする。頭も働かない。それでも真壁は、船体後部でなぜ爆弾が爆発したのか、その理由に思い当たって、甲板の方を向くと、そちらにいる連中にむかって、気をつけろ、と呼びかけようとする。
だが続いて、甲板上でも爆発が起きる。
真壁は甲板で起きた爆弾の爆発で、真正面から目に見えない強烈なパンチで浴びたように、今度は背後にある船橋までふっとばされる。
爆発音と衝撃波は、大きな音や強いショックではなく、認識しきれない瞬間的ななにかとなって、真壁に衝突してきた。
船橋に背中から叩きつけられて意識を失いかけた真壁だったが。これでも訓練で鍛えてきた常人よりも強靭な肉体のおかげだろう。甲板にうつむけに倒れている状態で、すぐに意識を回復する。
倒れていた甲板から身を起こして、あたりを見回した真壁は。変わり果てた甲板の様子を見て。張り裂けそうなくらいに大きく両眼を見開いて、思わず声をあげる。
「……!!!」
甲板の様子は一変していた。
乱暴に甲板の鋼板をつかんで持ち上げたように、甲板の一部がめくれあがっている。
貨物用のカーゴタンクに通じるハッチがあったろう甲板上の爆心地は、いまではかわりにいびつなギザギザの大きな穴があいている。
そこを中心に大量の黒煙が巻き上がり、その下で赤い炎が燃えている。
爆心地ではパイプそのものが消失してなくなっていたが、そこから少し離れると、甲板上を整然と並んで伸びていたパイプ群が、曲がったりちぎれたり引き抜かれたりと、ぐしゃぐしゃになった惨状をさらしている。
真壁は甲板上の惨状を、驚きの表情で見ていたが。ようやく、肝心なことを思い出す。
甲板上にいた沿岸警備隊の連中はどうなったのだろうか? 最悪の事態を予想して、真壁はふるえあがる。
爆発したのは第2班に近い場所に設置されていた、甲板上に17か所ある爆弾の1つだった。
だが甲板が広すぎるせいだろう。幸運にも距離は充分に彼らとは離れていた。
沿岸警備隊の隊員たちがどうなったのか、と真壁は黒煙のむこうを透かし見る。黒煙と炎のむこうに隊員たちが、真壁と同様に爆風でふっとばされて甲板に倒れてもがいているのを、彼は見付ける。
そこにいた隊員たちは全員が負傷している様子だった。爆風で死傷した隊員もいるのだろう。動かずに倒れたままでいる者もいる。
壊滅的な打撃を受けていたが、それでも隊員たちはその状態で、自分ができる最善の行動をとろうとしていた。
動ける者は這いずるように、動けない者も動ける者にひきずられて、甲板のふちまで移動をする。そして動ける者が動けない者を、手すりのむこうの海へと次々に落としていく。自分から飛び込む者もいる。
なにやっているのか、真壁は最初は理解できなかった。ようやく、タンカーの下に負傷した隊員たちを救助するための哨戒艇が来ているのだ。と気付く。
なぜヘリコプターが救助するために降りてこないんだ、と真壁は空を見るが、そんなことできるわけがない、と思い当たる。
タンカーの各所には爆弾が仕掛けられていて、しかもそれを犯人側が好きな場所から任意に爆発できるのだ。そんな危険な甲板上に救助のためのヘリコプターを着陸させるわけにはいかない。だからこのように脱出させるしか方法がないのだった。
沿岸警備隊が作戦を強行したのがきっかけになったのかもしれないが。
ともかく、ついにタンカーを乗っ取った海賊たちが、タンカーの各所に前もって仕掛けた無線式の爆弾を起爆させる事態となった。
二度起きた爆発が原因で、海賊対策に長けていたはずの沿岸警備隊の隊員たちは、予定の作戦を中止して撤退する結果となった。
沿岸警備隊の隊員たちは二度の爆発で大勢の負傷者を出してしまったが、待機していたシンガポールとマレーシアの哨戒艇に、海に落ちたところを救助されて全員が脱出できた。
被害はそれだけにとどまらなかった。ほかにも隊員の輸送に使ったヘリコプターが、爆発の爆風を受けてバランスを崩して海に墜落しかけたが、こちらはなんとか回避された。
周囲を旋回しながらタンカーの監視を続けていた別のヘリコプターは、黒煙をあげて燃えているタンカーに近づきすぎないように注意しながら。爆発によってタンカーにどんなダメージが生じたか。それが関係者たち全員が危惧している事態につながるかどうか。上空から確認する任務を続けた。
爆発は、タンカーの甲板の中央と、船体後部で起きていた。爆発によって甲板と船殻の一部がそれぞれ破壊されてしまい、そこを中心に船上で、二か所の火災が発生していた。
現地から送られてきたヘリから撮影した映像を見ると。巨大タンカーを覆い隠すようなさらに巨大な黒煙が船から噴きあがり、船上がどうなっているのかは容易に確認できない。
そんな状態だったが、別角度から穴のあいた甲板の惨状を撮影した画像で。タンクの1つの隔壁が壊されていること。だがタンクの原油が燃えているわけではない、とわかった。
危惧されていた原油流出や原油の火災は起きていなかった。とりあえずは一安心だったが、それでも早急に手を打たねばならなかった。
海賊たちがタンカーに仕掛けた爆弾を、いつまた爆発させるかもしれない。
またタンカーの火災が鎮火されずにこのまま拡大すれば、穴があいたタンクにある原油が燃え出す可能性がある。
さらには、火災の熱と炎でタンカーのエンジンの燃料として積んでいる重油に火が回って爆発する危険性も否定できない。
タンカーの周囲の海上には、シンガポールとマレーシアの哨戒艇、インドネシア海軍の軍艦が、タンカーを包囲するように警戒についていた。
だがタンカーで爆発が起きたことで、哨戒艇二隻は負傷者の搬送でそこから離れる。さらにほかの哨戒艇や軍艦も、タンカーのそばから離れて、いままで以上に距離をとるようになる。
もしもタンカーの燃料用のタンクが爆発する事態となれば、原油や重油が海へと流出する。
接近していたほかの船の行動は制限されるし、それに火がついて燃えれば哨戒艇や軍艦でもダメージを負う。海上火災の渦中から脱出できなくなれば、軍艦であろうとそれでおしまいだ。
しかたがないことだった。軍艦は敵の船と戦うのには適しているが、海上火災には対処できない。火事を沈静化させるのは、消防艇や消防船の仕事なのだ。




