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オイルタンカー  作者: げのむ
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10/15

オイルタンカー 第十話 海峡上で

解決するべき問題がありまして、次回は遅れるでしょう。

10


 メイリンたちが操船するオイルタンカーは、南シナ海側からシンガポール海峡の東側の出入口付近までやってきた。

 海上には。大型コンテナ船から小型の商船まで、さまざまな種類と国籍の船の数が集まっている。

 マラッカ海峡、シンガポール海峡は。インド洋と太平洋とをつなぐ、海上貿易の関所、と言われる。

 といっても関所のように、通過する船をいちいちチェックをして、出入りを許可しているわけではない。

 海峡の幅は広い。なので身元不明の船でも、シンガポール海峡に入り込むことはできる。

 だが海峡内の移動は、ルールが定められている。

 シンガポール海峡では、分離通行方式をとっている。入る船だけではなくて、出て行く船だってあるのだから。船は定められたコースの右側通航を守って航行をする、追い越しは禁止、と車の道路と同様の交通整理のやりかたをしている。

 そしてここからが重要だが。右側通航を守って航行しながら、ここを通過する船は各通過ポイントの状況を航路管制センターに報告するように定められている。

 それによって、シンガポールにある船舶交通管制所から。シンガポール海峡に入る各船に対して。現在の交通状況に基づいた適切な指示と注意事項が、無線で連絡される。そういう段取りになっている。

 しかし、今回はそうはならなかった。

 私たちは、船の操船はブリッジからそこにいる航海士たちが、周囲の海上の様子を見ながら目視で行っている、と想像をする。

 実際にそうしているのだが、現在はさらに、船に搭載しているレーダーを作動させる。

 そうすることで。電子海図の画面を通して、自分の船の周囲の地形がどうなっているのかを確認したり。自分の船のまわりにいるほかの船の海上の位置を知ることができるようになっている。

 そして前述した自動船舶識別装置で。その船がどんなサイズをした、どの国のなんという船で。どこにむかっているのか。細かいことまでわかるようになっている。

 便利になったというよりも、ここまでやることで事故が起きるのを防いでいる、といってもいい。それでも座礁や衝突など船の事故は起きてしまうのだが。

 つまりは自動船舶識別装置、AISを切ってしまうと。レーダーで把握していてディスプレイ上には表示されていても、自分の正体をあかさない正体不明の船がレーダーの圏内にあらわれるわけだ。

 だからそんな船に対しては、地上局から警告が発せられることになる。

 AISを停止させているメイリンたちが操船するタンカーに対して。それを発見したシンガポールの船舶交通管制所から、次のような警告の通信が入ったのは当然だった。

「そちらの船の情報が入ってこない。AISを作動させて、そちらの船籍をあきらかにしてもらいたい」

「こちらの船に積んでいたAISが故障をした。装置が作動しない。我々は海峡の通過を希望する。どうかこのまま通過させてくれないか」

「だめだ。通航を許可することはできない。すぐに停船して、そちらの船の所属をあきらかにするように」

「それはできない。理由は言った通りだ」

 相手の要求通りに船名を名乗ったりすれば、この船がAISの発信が途絶えて所在不明となった30万トン型のオイルタンカーであって。石油会社がさがしている船だ、と露見してしまう。そうなれば逮捕されてしまう。

 メイリンは相手の質問を拒絶すると、無線機での通信を一方的に切ってしまう。

 それから彼女は、このままタンカーをマラッカ海峡にむけて進めるように、とブリッジにいる仲間たちに指示をする。

 シンガポール海峡のような、浅くて交通量の多い場所では。30万トン型タンカーのような大型船は、低速での航行が定められている。

 だがそのルールを守らずに、大型タンカーは海峡内を、速度を落とさずに進み続ける。

 大型船は全速前進状態から、プロペラを逆転させて緊急停止しても、それでも2、7キロ近く流されてしまう。

 つまりは、こちらに驀進してくるタンカーを見たら、最低でも3キロ手前で回避を始めないとならない。

 大小さまざまの船舶が、大急ぎで定められた航路上から外れて、クモの子を散らすようにわきへと逃げていく。

 シンガポール海峡に入ってきた正体不明のタンカーは、そのまま海路を西にむかって進み続ける。

 警告を発したものの、相手がそれに従わないと知ったシンガポール側は。シンガポールのポリスコーストガードからすぐに出せる警備艇をだして、正体不明のタンカーを追跡させにかかった。

 シンガポールの警備艇は、マラッカ海峡へと向かうタンカーを追いかける。

 シンガポール海峡を三分の二あたりまで行ったところで、警察沿岸警備隊の船は、タンカーに追いついた。

 停船するようにと警告を受けた30万トン型タンカーだったが、その警告を無視して、タンカーはさらに海峡を進み続ける。

 警備艇は警告をくりかえしながら追いかけるが、この巨大船の逃走を止められない。

 止めるための手段がなかったわけではない。警備艇にはそれぞれ機関砲が搭載されており、手動ではあるが射撃手が機関砲で船舶の機関部を狙い撃てば、トロール船のような大型船でも強制的に停止させることができる。

 だが目の前にいる、海峡をこえられるぎりぎりサイズのこの巨大タンカーが厄介なのは、船の沈み具合から判断して船内のタンクに石油を満載しているのが間違いないことだった。

 銃撃を加えて内側にあるタンクに穴をあけたら、石油が海に漏れ出してしまうだろう。

 だから警備艇側は、タンカーに随伴して警告を続けながら、逃げるタンカーの監視を続けるよりなかった。

 マラッカ海峡、シンガポール海峡を形成している国は、インドネシア、マレーシア、シンガポールの三国になる。

(シンガポールは、三国のなかでは最も小さな島国ではあるが、アメリカ海軍とも積極的に交流していて。海賊問題などでは、他国と連携した安全保障的な対策に取り組んでいる。

 マレーシアは、海上法令執行庁、海上警察など、複数の執行機関を持っていて。こうした場合には沿岸警備隊の巡視船が出てくるが。海軍の哨戒艦から移管されたもと軍艦であったりすると、武装が強力だったりする。

 インドネシアは、海上警察と沿岸警備隊を持っていたが、規模が小さく不充分だった。そこで現在は、組織再編中でもある。海賊問題に関しては、海軍が担当している。ちなみに我が国も海峡の安全保障のためにインドネシアといろいろと協力していて、巡視船を無償供与している) 

 シンガポールに続いて、マレーシアの海上警察の巡視船、インドネシア海軍の哨戒艦が追跡に加わったのは、正体不明のタンカーがシンガポール海峡を越えて、ついにマラッカ海峡に入った頃だった。

 シンガポール、マレーシア、インドネシアの各船は合同で、正体不明のタンカーの追跡を行った。

 正体不明のオイルタンカーは、三国の船艇を引き連れて、マラッカ海峡を西へと進み続ける。



 マラッカ海峡、シンガポール海峡での移動は、かいつまんで言うと、次のようになる。

 南シナ海側から来た船は、マレー半島の先にある、ナツナ諸島のアナンバスを迂回して、シンガポール海峡へと入る。そして、多数の島とサンゴ礁の浅瀬を避けながらシンガポールにまでやってくる。

 シンガポールを通過したら、西行き、東行きの航路が交差する水域を抜けて先に進み、マラッカ海峡との交差地点にまで来る。

 そこで大きく右に曲がって、今度はマレーシアがあるマレー半島の沿岸の航路を移動する。

 対岸にあるスマトラ側に接近しすぎるとサンゴ礁や大きな島にぶつかるので、あくまでも船舶が利用する安全が確保されたルートを行かねばならない。

 ちなみに海賊が出るのは、シンガポール海峡の島が多いあたりと、インドネシアの島々が多いところになる。

 イメージとしては、直線コースを行くのではなくて。マレー半島の先のにある島々の隙間を抜けて、ジグザグに航行してから、マレー半島に沿って半円を描くように右に曲がる。

 中東に向かうときは反転した、つ、の字を描くように。中東からもどってくるときは、し、の字を描くようなルートを取る。

 さすがにとんでもない騒動となってしまい、真壁だけでなく、海賊たちもあわてだした。

 真壁としては、ブリッジを占拠したメイリンたちがどんな計略でこの難関をクリアするのか、手並みを拝見するつもりでいた。

 だが始まったムチャな逃走と追跡のせいで、観戦する余裕は失われた。

 メイリンたちは、シンガポールの地上局からの警告を蹴ったうえに。タンカーのスピードを上げて。あろうことかシンガポール海峡を全速前進で進み出した。

 そんな真似をすればシンガポールの船が逮捕しにくるぞ、と真壁は危惧したが。

 案の定、すぐに機関砲を載せた高速艇三隻があとを追いかけてきて。

 さらにマレーシアとインドネシアの船だとわかる、武装した船4隻が追跡にくわわるのをみて。黙って事態を観戦しているわけにもいかなくなった。

 真壁はブリッジまで上がると、こんなムチャな真似をする理由を、操船している責任者に問おうとする。

 それに気が付いたメイリンの取り巻きの一人にブリッジの出入口のところでつかまったが、真壁はかまわずに大声をはりあげる。

「おいっ。このままだと、言うことをきかない船を停めるために、あいつらはブリッジを撃ってくるぞ?

 そのあとは武装した警官や軍人たちがこの船に突入してくる。血みどろの戦闘になる。なにをたくらんでいるのかは知らないが、それがお前たちの計画なのか?」

 真壁がそうブリッジにいる連中に訴えると、呼びかけは届いたようで。メイリンは仲間にむかって、指揮に集中したいからあの騒々しい外野は黙らせて、と命じる。

 真壁はやってきた連中たちに数人がかりで乱暴に通路の外まで押し出されると、自動小銃をたずさえている一人に、きびしい顔つきとカタコトの言葉で、勝手に入るな、そんな真似をしたら撃つ、と言い渡される。

 メイリンは廊下で騒いでいる真壁にかまわず、マイクのスイッチを入れると、それを船内の連絡用に切り替えて。船内にいる海賊たちに。

 追ってくるあいつらを船に近づけさせるな。どんな方法でもいいから追い返せ、と命じる。

 タンカーに乗り移ってこの船を乗っ取った海賊たちだったが。今度は接近して乗り移ってこようとするシンガポールとマレーシアとインドネシアの船艇を、タンカーに近づけさせないために、必死に抗戦する立場になった。

 海賊たちは甲板の手すりにならぶと。旧式ライフル銃をかまえて。とても命中しているようには見えなかったが、ライフル銃を近づいてくる船艇にめがけてぶっぱなす。

 ほかの海賊たちは集めた戦利品のうちから、価値の少なそうなものを選んで、それを接近してこようとする船艇にむかって投げつける。目覚まし時計、ヘアブラシ、灰皿、置き物、靴などが宙を飛ぶが、こちらもさして効果があるようには見えなかった。

 海賊たちからすれば、やってきたシンガポールとマレーシアとインドネシアの警察の船は、自分たちが転売する原油を奪い取ろうとする敵であって、戦わなければならない相手だった。

 なぜこんなことになったのかを考えるよりも。とにかくこのタンカーをとられてなるものか、追い返せ、と。甲板から後方の船艇にむかって、近づくな、帰れ、来るな、と怒りの顔つきで物を投げつけ続ける。

 警備艇の警官たちは、拳銃や自動小銃などの小火器を携行していた。それで甲板にいる海賊たちを撃つこともできた。

 甲板で騒いでいる海賊たちの様子を見て。どうやらこの暴走タンカーは海賊に乗っ取られたらしい、と警官たちは判断する。

 そうなると乗組員たちが人質になっている可能性が高い。またタンカーの海賊たちの目的もわからない。

 警官たちは、とりあえずは、船名を確認して記録して、どこの船なのか、目的地は、等々を調べるのを先行させることにする。

(こうした場合は、船を強制的に停止させる方法としては、船橋を機関砲で狙い撃ちするよりないが、人質がいるならそれもできないわけだ)

 どう対処するかを判断しかねているうちに、タンカーの進路上にいるほかの船が巻き込まれることになった。

 海峡を移動中だった各国の船は、どうなっているのかを知ると、進路をゆずれる船からあわてて方向転換を行い、マラッカ海峡へと突っ込んできた暴走するタンカーを避けようとする。大型船はそれができないので、わきへ移動してタンカーを通す。

 船の行き来で混雑していた航路は、当然だが大混乱となる。

 荷物を満載したコンテナ船の間近をかすめるようにすり抜けて。回避しようとした小型船を転覆させて。タンカーの航路上にある海底の砂州を船底でえぐりながら、巨大タンカーはマラッカ海峡に入ると、西にむけて進み続ける。

 正体不明の巨大タンカーの暴走は、マラッカ海峡の途中にある難所を越えたあたりで、ようやく終わった。

 船の燃料がつきたのか、それとも停船しろという呼びかけに応じる気になったのか、それはわからない。

 巨大タンカーは海峡の途中で速度を落とすと、あとを追ってきたシンガポールとマレーシアとインドネシアの船艇に包囲される格好で、ついに停船をする。

 停船した巨大タンカーから、次のような反応があった。

 タンカーから船舶無線を使った連絡が、シンガポール、マレーシア、インドネシアの地上局にむけて発信される。それと同時に、タンカーの船橋に設置してある拡声器を通じて、追跡してきた三国の船艇にむけて、直接に声での同様の警告が発せられる。

 当然だがその宣告を、甲板にいた海賊たちや船橋にいた真壁もきくことになる。


 我々はこのタンカーを占拠している者である。このタンカーは我々が、我々が目指す目的の実行のために乗っ取らせてもらった。

 このタンカーには大量の原油が積まれている。その量は20万トン以上になるだろう。

 さらに我々は、このタンカーの外殻を破壊して、その大量の原油を海に流出できるだけの強力な爆発物をタンカーに設置した。

 我々が爆破スイッチを押せば、爆発が起きる。ただの爆発ではない。爆発後に海に流れ出た大量の原油は、船の爆発とともに大規模な火災を生じさせるだろう。

 その結果、マラッカ海峡は火の海となり、タンカーから石油の流出が続くかぎり、海峡は封鎖されることになる。

 周辺に暮らしている大勢の住人たちの生命だけでない。海峡にある多くの船や、船に関わる施設が、爆発と火災に巻き込まれて犠牲になるだろう。

 さらには、海峡の封鎖によって世界の海上貿易に多大な損害が生じるはずだ。世界経済は致命的な打撃を受けることになる。

 それが理解できたなら、どうか注意してもらいたい。そちらが不用意にこちらを攻撃した場合には、我々は即刻に爆破スイッチを押す。我々はその覚悟でいるのだから。

 我々の正体だが、インドネシアの政治運動のために力を尽くしている者たちだと理解してほしい。それ以上の詮索は不要だろう。

 必要な要求は追って行う。ではいったん、連絡を終えさせてもらう。

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