コミカライズ三巻記念閑話 お姉様の結婚事情 ヴェルマリア視点
実は、私たちのお父様である前カリエンテ侯爵と皇帝陛下は従兄弟です。
お父様のお母様、つまり私たちのお祖母様が先帝陛下の妹姫で、それが私たちのお祖父様である前々カリエンテ侯爵の所に降嫁なさったのです。
ですからラルフシーヌとセルミアーネ様は従兄弟の子供同士の結婚という事になります。意外と近い親戚なのです。
皇女の降嫁があった事でカリエンテ侯爵家は家格が上昇しました。お父様がお家を継がれた時には十二家ある侯爵家の中で第一位に位置付けられたのだそうです。次代の皇帝陛下はお父様の従兄弟。カリエンテ侯爵家の未来は大いに明るい、筈でした。
それが暗転したのはお父様が、今の皇帝陛下の即位に反対なさったからです。
皇帝陛下には弟殿下がいて、お父様はその方の方が皇帝に相応しいと推したのだそうです。当時、皇太子は今の皇帝陛下だと定められていましたから、お父様はそれに逆らったという事になります。
もっとも、当時は弟殿下を推す貴族も少なくなく、先帝陛下も弟殿下を偏愛なさっていたそうです。お父様曰く、弟殿下は身体がお弱いけど聡明な方だったそうで、弟殿下が皇帝になり、勇猛な兄殿下が将軍になるのがいいのではないかという意見の貴族は少なくなかったようですね。
しかし、話がまとまる前に先帝陛下が急死してしまい、結局今の皇帝陛下がそのまま即位なさいました。ちなみに弟殿下はそれから十年もしない内に亡くなってしまっています。
こうなると、お父様は皇太子であった今の皇帝陛下を蔑ろにし、逆らった者、という事になってしまいます。もちろん、弟殿下を推していた者は少なくなかったわけですが、なにしろ侯爵家順位一位でしたからね、カリエンテ侯爵家は。弟宮派のリーダだと目されていたわけです。
その結果、カリエンテ侯爵家は現帝陛下の宮廷で干されました。徹底的に干されました。
本来であればかなり上級の大臣になろうかという侯爵家が、なんと大臣どころか長官の位さえ頂けなかったのです。
おかげで家格は急落し、侯爵家順位は一時期、八番目か九番目に落ちたそうです。それまでカリエンテ侯爵家を取り巻いていた家は潮が引くようにいなくなり、一族の者でさえ寄り付かなくなる有様でした。
お茶会の招待客を集めるのにも苦労し、夜会の主催など閑古鳥が鳴くのが怖くて出来ず、なんと社交の招待状が一枚も来ない日もあったそうです。この時代の話をすると、お母様の目は未だに怒りと屈辱で血走ります。
もっとも、お父様は元々政治も社交もお好きではなく、暇だからと領地に何度も出掛けたり子供たちと遊んで下さったりと呑気にしていたそうですよ。カリエンテ家の家族仲が良いのはお父様お母様が暇だったからかもしれません。
そんな帝国中枢からハブられまくっていたカリエンテ侯爵家の状況が変わったのは。侯爵家の長女ヘイルリーゼお姉様が十三歳で社交デビューしたその時でした。
「運命の出会いだったのです!」
と、この話をすると未だにお姉さまは目に星を浮かべて叫びます。もういい歳……、ゴホン、公爵夫人ともあろう方がもっと自重して欲しいものですが。
とにかくお姉さまはその社交デビューの時に、細面の長身の貴公子に一目惚れをします。夢中になります。そして三歳年上のそのお相手も熱烈にヘイルリーゼお姉様を気に入ってしまいます。
これが大問題に発展してしまうのです。理由はそのお相手が、帝国二大公爵家の一つ、エベルツハイ公爵家のご嫡男、ロンブゼン様だったからです。
もっとも、我がカリエンテ家は腐っても侯爵家。そしてヘイルリーゼお姉様は長女です。侯爵家の長女なら次期公爵夫人として身分の不足はありません。普通でしたらハッピーエンド一直線でも何の問題もありませんでした。
ところが、その当時のカリエンテ侯爵家には皇帝陛下に逆らったとして大逆風が吹いていました。お兄様が婚約したのは皇帝陛下が代替わりする前だったのですが、それでも婚約解消の話が出た程だったのですよ。
ですからエベルツハイ公爵家側からお二人の恋愛に大反対の声が湧き上がったは当然だと言えました。
この時、エベルツハイ公爵家はライバルのマルロールド公爵家に対して少し劣勢でした。マルロールド公爵が皇帝陛下の側近中の側近だったからですね。ですからエベルツハイ公爵家としては次期公爵に、皇帝陛下に近い家から嫁を取って欲しいと希望していたのです。
それが反皇帝派と目されるカリエンテ侯爵家の長女だなんて! とんでもない! となった訳です。
カリエンテ侯爵家としても悩む所でした。それは公爵家と縁繋がりになれば家格の回復が期待出来ますが、格上の相手への嫁入りには持参金に多額の費用が掛かります。当時は既に私が生まれていて侯爵家には子供が十人いました。その教育費用は侯爵家の家計の大きな重荷になっていたのです。
これに持参金の上乗せとなれば借金することまで考えなければいけません。そしてそれほどの費用を掛けて嫁入りさせても、エベルツハイ公爵家がこれほど反対していては、お姉様が冷遇されて可哀想な事になるかもしれません。
お父様もお母様もヘイルリーゼお姉様に翻意を促したのですが、お姉様は聞き入れませんでした。次期公爵もエベルツハイ公爵家の一族を挙げた説得にもガンとして応じなかったといいます。
次期公爵と侯爵家令嬢の大恋愛は社交界の話題を攫い、社交ではお二人の様子を一目見ようと人垣が出来たそうです。そんな状況でもお二人は構わずベタベタイチャイチャしていたそうですから、覚悟と気合が違うと言うしかありません。
「私とロンブゼンを引き離すことは、いかなる嵐にも大波でも無理だったのです!」
とはお姉様の弁です。
周囲の大反対にも全くめげなかったお二人はなんと四年間も大恋愛を続けました。エベルツハイ公爵家にはロンブゼン様しか男子がおられず、廃嫡しようにも出来なかった事が災いしました。
あまりの事態の膠着ぶりに最終的には皇帝陛下が介入して両家を調整し、ようやく婚約が成立したのでした。エベルツハイ公爵家としては、カリエンテ侯爵家と婚姻を結ぶ事によって皇帝陛下のご機嫌を損ねる事をもっとも懸念していましたから、皇帝陛下が婚姻を推進して下さるなら反対する理由がなくなるわけです。
こうして婚約は調い、お姉さまは狂喜乱舞。もちろん妹達も喜びました。特に上が詰まって自分の婚約が延びに延びていたフィシュアーネお姉さまは泣いて喜びましたとも。
その頃、丁度一番上のお兄様であるロズバーグお兄様に長男が生まれます。カリエンテ侯爵家の跡取りです。我が家は喜びに包まれました。
長女の公爵家への輿入れ、跡継ぎの誕生。この時、カリエンテ公爵家の明るい未来は約束されたかのように見えました……。
ところが、ここで大事件が起こります。
お母様が妊娠、出産なさったのです。まさかの私の妹の誕生です。つまり、ラルフシーヌが生まれたのでした。
お母様はこの時既に四十歳を超えていました。お父様にもお母様にもまさかまさかの出来事だったのです。
カリエンテ侯爵家は大騒ぎになり、この事でお姉様の結婚は一年延期されました。加えて二年の婚約期間があったのでヘイルリーゼお姉様は二十歳で結婚という、かなり遅い結婚になってしまったのです。
それはともかく、まさかのラルフシーヌ誕生にお父様もお母様も非常に困ったそうです。
何が困ったといって財政です。なにしろヘイルリーゼお姉様の輿入れには持参金を始めとして途方もない費用が必要でした。お父様は一族の者達から借金までして費用を集めたのです。
そしてお兄様の子供は侯爵家の跡取りです。その教育費用は絶対に確保しなければいけません。カリエンテ侯爵家の威信に関わります。
そしてヘイルリーゼお姉様の後ろにはまだ四人(ラルフシーヌを除いて)も娘がいますからその結婚費用が掛かります。そしてお兄様達にも分家を持たせるならその費用だって必要です。
これではとてもラルフシーヌを貴族令嬢として育てる費用が出せないと、お父様がお考えになるのも無理はありませんでした。
お父様お母様がラルフシーヌを平民に里子に出そうとお考えだと聞いて、ロズバーグお兄様とヘイルリーゼお姉様は驚いたようです。そして強く反対しました。お二人とも弟思い妹思いの方ですからね。
お兄様は「自分の子供の教育費用ぐらいなんとかする」と仰り、そしてヘイルリーゼお姉さまはあれほど念願の結婚だったにも関わらず「自分の結婚を取り消していいから、妹を他所にやらないで欲しい」と涙ながらに訴えたといいます。
もちろん、皇帝陛下のご勅許を頂いた婚姻を今更取り消すなど無理でしたので、結局ラルフシーヌは領地に隠される事になったのでした。
この事をヘイルリーゼお姉さまは「自分の我儘のために妹を不憫な目に遭わせた」と随分気に病んでいたようです。ラルフシーヌが十三歳の時に「せめて貴族として成人させてあげましょう」と強く訴えたのもヘイルリーゼお姉様でした。
ヘイルリーゼお姉さまは結婚しても夫以外のエベルツハイ公爵家の皆様に冷たく扱われまして、使用人にすら軽んじられたといいます。
そのため、ロンブゼン様が出仕している間は屋敷に居場所がなく、昼間は実家であるカリエンテ侯爵邸に避難して入り浸っておりました。ちなみに、数年前にロンブゼン様が公爵家を継がれてお姉様が公爵夫人になった際には、使用人は一人残らず入れ替えてしまったそうです。当時の事がよほど腹に据えかねたのでしょう。
そんなですから次期公爵夫人だというのに社交へのお誘いは少なく、夜会に出ても軽んじられて、ライバルであるマルロールド侯爵夫人に随分とマウントを取られたようですよ。
「アネモネ(カリエンテ侯爵家の旗に描かれていて転じてお姉様の事)は黄色の花瓶(薄黄色がエベルツハイ公爵家の象徴色)には合わないと思うのですけどね」
とか。
「花瓶に歓迎されぬアネモネは水仙(マルロールド公爵家の旗に描かれていることから公爵夫人を象徴)に憚らなければいけない立場でしょう? どうして大きな顔が出来るのか不思議でなりませんわ」
とか。
「黄色のお家は帝室を支える皇族としての自覚を持たぬのですから、アネモネの代からは(侯爵に位を)下げた方がいいのではないかしら。皇妃陛下はどう思われますか?」
など。
社交の度にメチャクチャにプレッシャーを掛けられたそうです。
お姉さまも気が強い方なのですが、なにせ婚家に歓迎されていなくて当時の公爵夫人を始め一族の婦人の支援は期待出来ず、私たちのお母様でもマルロールド公爵夫人を咎められません。
お姉様もお母様もそれは悔しい思いをなさったと思いますよ。唯一の慰めはロンブゼン様からのお姉様への愛が何一つ陰りなく、お子も男児がすぐに生まれた事でした。
ヘイルリーゼ姉様とお母様が社交で踏ん張り、嫁入りした他のお姉様方もヘイルリーゼお姉様を強力に支援した事で、カリエンテ侯爵家の家格は徐々に回復し、特にロンブゼン様が公爵家を継いでお姉様が公爵夫人になってからは、カリエンテ侯爵家はそうそう軽んじられない家になっていました。
そうなるとマルロールド侯爵夫人とヘイルリーゼお姉様の関係はもう一方的なものではなくなります。バチバチです。もちろんマルロールド公爵夫人の方がまだまだ優位でしたが、一方的に言われるだけの関係ではもはやありません。
「水仙は枯れ方も分からぬと見えますね。悪趣味な花を飾られては緑の花壇(薄緑色はマルロールド公爵家の象徴色)も困るでしょうに」
とか。
「緑の皿の方が早く戸棚に下げられるでしょう(エベルツハイ公爵よりマルロールド公爵の方年齢が上でが代替わりが早いので、早く侯爵に位が落ちるという意味)その日が楽しみでなりませんわ」
なんてお姉様が言い放つと、マルロールド公爵夫人の笑顔がひび割れてドス黒いものが溢れ出すのは、まぁ見るだけなら面白かったですよ。
そのような優位なマルロールド公爵婦人に対抗するヘイルリーゼお姉様を筆頭としたカリエンテ姉妹連合軍といった布陣は、ある日突如として一変します。
ラルフシーヌとセルミアーネ様が皇族、しかも次期皇太子夫妻として認定されたからですね。
帝国の社交における貴族女性順位は、筆頭はもちろん皇妃陛下ですが、皇妃陛下は政務が忙しいので番外とするのが通例です。
このため、これまでは皇妃陛下の信頼が篤いマルロールド公爵夫人が女性社交を取り仕切り、順位一位を代理で勤めていたのです。
ところが、これが皇太子妃がいる場合は、皇妃陛下の代理は皇太子妃が勤める事になります。このため、ラルフシーヌが皇太子妃になった瞬間に、貴族女性順位一位はマルロールド公爵夫人からラルフシーヌの元へと移る事になりました。
それだけでは済みません。皇太子妃ラルフシーヌの後ろ盾はもちろん実家のカリエンテ侯爵家ですが、ヘイルリーゼお姉様の熱烈な支持によってエベルツハイ公爵家もラルフシーヌとセルミアーネ様を支援する事になったのです。
もちろんですけどラルフシーヌもヘイルリーゼお姉様を信頼して何かというと頼りにします。ヘイルリーゼお姉さまはラルフシーヌ不在時は代理として振る舞う事が出来るようになりました。
これによって帝国貴族女性順位は一位ラルフシーヌ、二位ヘイルリーゼお姉様となり、マルロールド公爵夫人は三位になってしまったのです。帝国社交界を揺るがす大変動になりました。
この時、ヘイルリーゼお姉様とカリエンテ姉妹連合が、既にマルロールド公爵夫人に対抗出来る勢力に育っていた事が幸いしました。もしもまだマルロールド公爵夫人の勢力が圧倒的だったとしたら、ラルフシーヌが皇太子妃になったとしてもそう簡単に順位は入れ替わらなかった事でしょう。
そしてヘイルリーゼお姉様がラルフシーヌを可愛がっていて、姉であるのに妹を立てる事に躊躇せず控えめに振る舞った事で、ヘイルリーゼお姉様の派閥がスムーズにラルフシーヌ派に移行出来たのも大きかったのです。姉妹が一枚板となってラルフシーヌを支える事が出来ましたからね。
こうして女性社交界はラルフシーヌとヘイルリーゼお姉様を頂点とする体制に作り変えられました。もちろん、マルロールド公爵夫人も黙ってはおらず、しばらく暗闘が続く事になります。
ヘイルリーゼお姉様は、セルミアーネ様がカリエンテ侯爵邸に求婚のために通っていた当時によくお会いしていました。
私や他のお姉様がセルミアーネ様の美青年さ加減に夢中になり、自分の愛人にしようかしら? などと企む中でも、ヘイルリーゼお姉様は一貫して「ラルフシーヌと結婚させてあげましょう」と主張していましたね。
そうすればラルフシーヌを貴族(当時は騎士でしたが)の妻にする事が出来、帝都に呼び戻す事が出来るからと仰っていました。お姉様はどうしてもラルフシーヌを領地にやってしまった事を気になさっていたのです。
ですからラルフシーヌが皇太子妃になったのは「自分が縁を繋いだからだ」と内心誇らしく思っていたようです。だから他の姉妹にはビュービュー吹かせる長姉風をラルフシーヌにだけは吹かせなかったのです。だから上手く行ったんですけどね。
ちなみにある時、私はラルフシーヌにそれとなくヘイルリーゼお姉様の事をどう思ってるか、と聞いた事がありました。
するとラルフシーヌは金色の目をパチパチとさせて少し照れくさそうに笑いました。
「お姉様というより頼りになる親分って感じ。獣の群れのボスみたいに貫禄があるわ。さすがウチの長女よね」
……言い得て妙な例えですが、お姉さまには伝えない方が良さそうですね。
九月四日!つまり明日!野人令嬢コミカライズ第三巻が発売になりますよ!いよいよ皇太子妃になるラルフシーヌの活躍を是非ご覧下さいね!





