第31話「成未と咲姫」
第31話目になります。まだまだ続いていく予定ではありますので、これからもこのシリーズをよろしくお願いいたします。
第31話「成未と咲姫」
あれは成未が波瀬家に引き取られてすぐのことだった。その頃、咲姫は新しく出来た家族、つまり1歳上の義兄が出来たことについて戸惑っていた。
母親である夏美からは、近々咲姫にお兄ちゃんが出来るかもよとは言われていた。その時、咲姫はぼんやりと自身に兄が出来るのかと考えていた。しかし、実際に成未に会ってみて、当時11歳だった咲姫は衝撃を受けてた。
自分が小学6年なので単純に考えて成未は中学1年となるのだが、初めて会った時の成未の姿は、何というか当時の咲姫にはものすごく衝撃を与えていた。
咲姫は中学校生活というものは、高校生活にも同じことが言えるのだが、何となく輝いていて眩しいものだとばかり思っていた。
咲姫が読んでいた少年・少女マンガの世界においても、そう言った学校生活は輝いていた。(中にはそうではない作品もあったにはあったが)しかし、成未からはそう言った輝きというものがまったく感じられず、それどころか成未からは負のオーラしか感じられなかった。実際に見えたわけではないが、当時の咲姫は少なくとも成未のことを初めて見た時にはそう感じていた。
母親から少しだけは成未のことを聞いてはいたのだが、咲姫は自身の耳を疑った。だって、実の親が、実の息子にそんな仕打ちをするなんて、それこそドラマやマンガの世界だけの話だけだと思っていたのに、現実でそのようなことを体験していた人がいることが信じられなかったのだ。
成未が波瀬家に引き取られてすでに1週間が経過しようとしていた。成未とは来た当日しか顔を合わせていない。成未は自分の部屋に引きこもり顔を見せようとしないのだ。
咲姫は咲姫で母親の夏美から仲良くするように言われていたので、とりあえずは部屋の扉をノックして声をかけたのだが、
「波瀬咲姫です。一応、成未さんの妹ってことになるのかな。だから、これからよろしくお願いします」
一応の礼儀は通したつもりだった。しかし、返ってきたのは何とも言えない静寂だった。つまり、反応なしと言ったところだ。
咲姫は成未のその態度にムカつきを覚えながらも、扉を蹴るようなことはせず真っ直ぐ自分の部屋へ戻ったことを覚えている。
あの後、仕事から帰って来た母に向かって散々文句を言ったものだ。しかし、夏美はそんな咲姫の文句も嫌な顔をせず最後まで聞くと、咲姫の頭を撫でた。
「咲姫の言いたいことも分かるわ。だけどね、咲姫。少し成未のことも考えて上げてくれないかしら?」
「成未のこと?」
「そう。成未のこと。咲姫に無理なお願いをしているのはお母さんも分かってるわ。それに、お父さんも。それとね、咲姫だったらこうしてお母さんたちと普通に話しているわよね?」
突然の母からの問いに咲姫は戸惑ってしまうが、咲姫は戸惑いながらも首を縦に振った。
「成未はね、お母さんともお父さんともこうして普通に話したことがないのよ。だから、成未は家族というものを知らないの。だから、咲姫。成未のことを悪く思わないで上げて。成未とどうか仲良く接して上げて」
それが1週間前の母親との会話だった。
親と普通に話したことがなくて、さらには普通に家族としての生活を送ったことがない。
そんな人が現実にいるなんて思わなかった。
時計を見るともうすぐ12時になろうとしていた。
よし! 絶対に成未に、いきなり出来た兄に家族の良さを教えてやる!
咲姫はそう意気込むと、キッチンに向かっていった。
***********************
その時、成未は部屋に籠りネット小説を書いていた。パソコン画面に噛り付きキーボードをカタカタと打っていく。
こんな人生を壊したくて、現実を認めたくなくて成未は必死に作品を創り上げていく。
一心不乱になりながら、次から次へと文字を打ち込んでいく。
そんな時に部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。しかし、成未は集中していたため、返事をすることが出来なかった。それに、どうやって接したら良いか分からないし。
成未は1週間前にこの波瀬家に引き取られていた。そして、この波瀬家に来て母親となる夏美さんや父親になる孝喜さん、そして、成未が一番驚いたのは自分に妹が出来るということだった。夏美さんが言うには自分の一つ下になるらしいと言っていた気がするとことを成未は思い出していた。
成未は一人っ子だったために、兄弟というもの知らない。だから、どうしたって戸惑ってしまうのだ。どうやって、この女の子に接して良いのかと。
「波瀬咲姫です。一応、成未さんの妹ってことになるのかな。だから、これからよろしくお願いします」
1週間前に成未の妹になる咲姫がそう話しかけてきたが、成未はどう返したら良いか分からず無言を貫いてしまった。
今日も今日とで、扉の前から成未の妹となった咲姫の気配はしたが、しばらくすると、扉の前から咲姫の気配が消えたので成未は作品作りに集中することにした。
どれぐらい、集中していたのだろうか?
成未はうーんと一度伸びをすると、時間を確認した。時刻は既に午後13時を示していた。
気が付いたらもうそんなに時間が経っていたのか。
成未は朝の8時ごろからずっと執筆作業をしていたため、5時間ずっと書き続けていたことになる。これだけ書き続けていれば疲れも少しは出てくるわけだ。
成未はトイレに行こうと思い部屋を出ることにした。成未は決して引きこもりと言うわけではなかった。ただ、夏美や孝喜、そして咲姫に出来れば会いたくなくて部屋に引きこもっているだけだった。
部屋を出てトイレに向かおうとすると、成未の部屋の前の床にご飯が乗ったトレイが置かれていた。
これは俺の昼飯ってことなのか?
不思議に思って見ていると、そのトレイの上には食事の他に一つのメモ紙が置かれていることに成未は気が付いた。そのメモには丸っこい女の子らしい字でこう書かれていたのだった。
『お昼ご飯作りました。良かったら食べてください。 咲姫』
お昼ご飯を作ったか。そう言えば、ご飯を作ってもらうなんて今まで生きていた中でそんなことあっただろうか? さすがに小さい頃はあったかもしれないが、ある程度大きくなってからは、自分でご飯を作るしかなくて、それからはずっと自分で作っていたため、こうして誰かに何かを作ってもらうことはものすごく久しぶりなことだと成未は思った。
そう思った途端、成未の内側からどこか温かくなるような感覚に襲われた。何だろう、この感覚は? 今までに感じたことがない感覚だったため、成未は戸惑ってしまうが、決して嫌な気持ちではなかったので、そっと胸にしまっておくことにする。
成未はトレイを持って中に引っ込むと、早速、咲姫が作った昼食を食べることにする。朝から書いていたため朝食を食べておらずお腹は空いていたのだ。
「それじゃあ、いただきます」
成未はまずはポトフに似たスープを口にするが、口にした瞬間、成未の顔は真っ青になることになった。
んっ⁉ まずいっ!
「つうか、どうやったらこんな味になるんだ!」
成未はスープを吐き出すとそう叫んでしまう。
咲姫が作ったスープは何というか言葉では表せないような味をしていた。マジでこの世の食べ物ではないとも思ったものだ。
一瞬、三途の川が脳裏を過ったぞ。
見た目は普通に野菜スープなのだが、食べた瞬間には意識を刈り取られそうになる。このスープはそんな味がしていた。
しかし、せっかく作ってもらったものを、残す行為は成未には出来ず泣きながら成未はそのスープを啜っていた。唯一幸いだったのが、一緒に付いていたパンはどこにでも売っている市販品のパンだったため、そちらでは三途の川を見るようなことはなかった。
野菜スープを食べ終えた成未の意識は半分飛びかけてはいたが、成未的にはどこかやり切った表情をしながらベッドに倒れ込むのだった。
ああ、三途の川の番人が手を振っていた気がする。
***********************
しばらくしてから、咲姫が成未の部屋の前まで食器を回収しに行くと、そこには空になった食器が置かれていた。
咲姫はその食器を見て嬉しくなってそのトレイに駆け寄った。作っている途中で、食べてもらえなかったら、どうしようかと思っていたがこうして成未は完食してくれた。その事実が咲姫にはどうしようもなく嬉しかったのだ。
やった! 咲姫の作戦大成功! このままいけば兄妹の距離も少しは縮まるのかな。
咲姫はどうやって成未とコミュニケーションを取ったら良いのか分からなかったが、こうして食べてくれているのなら、これでちょっとずつ距離を縮めて行こうと思った。だから、咲姫は次の日も日曜日をいいことに、お昼ご飯を作って成未の部屋の前に運んだ。そして、今日も回収に向かうとそこには空になった食器が置かれていた。
やった! またまた作戦大成功! これで成未さんと咲姫仲良くなれる気がする!
咲姫は今日もまた、嬉しそうに食器を回収していくのだった。
***********************
そして、成未の方は無理して食べていたため体調不良を起こしていた。
うう、さすがにあの料理を2日連続で食べるのはキツイな、これ。このままだと俺の命が危うい気がする。
成未はそう考えながらも、せっかく作ってくれている咲姫に悪いと言う頭もありこうして2日間はどうにかして食べきっていたのだが、これ以上、咲姫の料理を食べるのは自身の命に関わる気がしていたし、あながち三途の川も冗談ではなくなってしまう可能性も出てきた。
三途の川の番人に2日連続で会うことになるとは、思っていなかった。
成未はベッドで横になり休みながら、考えに考えてある一つの行動を起こすことにした。
その行動が、今後の成未の人生に大きな影響を与えることをその時の成未は知る由ものなかったのだ。
面白いと思って頂けましたら、ブックマークや評価のほどをよろしくお願いいたします。