第21話「母は強し」
第21話目になります。シリアスな感じが続いてしまってはいますが、残り1話でシリアス路線は終わりますので、もう少しお付き合いくださいませ。
第21話「母は強し」
それから梨衣と遊ぶだけ遊んで帰ると、咲姫がなんとも言えない顔で待っていた。
「どっどうしたんだよ? 咲姫」
「べっつに~。人に生徒手帳を教師に届けさせておいて、自分は散々遊んできたとかなんか腑に落ちないな~って、思っただけ」
自主休講とは言っていたものの、さすがに梨衣の立場上やばいので咲姫に欠席の理由を書いた生徒手帳を、俺と梨衣の担任に届けてもらっていたのだ。その際に梨衣の担任は、どうして咲姫が梨衣の生徒手帳を持っているのかと不思議がられたのだと言う。それもそうか。1年生が3年生の生徒手帳を持っていれば兄弟や姉妹じゃなければ、訝しく思うのも当然か。
「ほんと、ありがとう。咲姫。これお礼と言ってはなんだけど」
俺は梨衣とのデートの途中で入ったケーキ屋のケーキを咲姫に差し出した。面倒なことをお願いしてしまったのだ。なにかしらのお礼はするべきだろうと俺は考えていたので、ちょうどよかった。
「ふん、お兄の癖に変に気が利くね。もしかして、四ノ宮先輩になにか言われたの?」
「別に梨衣は関係ねぇよ。俺の過去のことは咲姫にだって無関係じゃないんだ。俺のせいでみんなに迷惑がかかってる。それがなんだか申し訳ないって思っただけだ」
「別にお兄が気にすることないし。だって、お兄は悪くないもん。悪いのは身勝手な大人なんだから、お兄がそこまで気にしちゃダメだよ」
咲姫は顔を真っ赤に染めながら、俺のことを励ましてくれる。
「ああ、ありがとう。咲姫が俺の妹でよかったよ」
「はぁ? バカじゃないの! いきなりそんなこと言われても困るし!」
咲姫はそう怒鳴って、自分の部屋に向かってしまう。
ありゃりゃ、怒らせたかな? でも、今のは俺の紛れもない本心だったんだけどな。本当に咲姫が俺の妹でよかったよ。咲姫じゃなければ、俺のことなんて受け入れてくれなかっただろう。
「な~に、ニヤニヤしてるの?」
「うおっ!」
柄にもなく似合わないことを考えていたからだろうか、いきなり梨衣に声をかけられて盛大に驚いてしまう。
「うおっ! って、そんなに驚かなくてもよくない?」
「いやいや、驚くって。いきなり、声をかけられれば」
風呂から出てきたばかりの梨衣からは、シャンプーの匂いがしてきなんだか心地よい気持ちになってしまう。
「う~ん? 今度はぼーとしてどうしたの?」
「だっだから、なんでもないから!」
「? ほんとに? 顔真っ赤だけど大丈夫?」
だから、それは梨衣のせいなんだって!
先ほどか、梨衣からはなんだかいけない魅力が醸し出ていて、直視していると色々とやばい気がしたのだ。主に俺の理性ではあるのだが。
ネグリジェから覗く素足とか、無防備なその格好にものすごくドキドキするんですよ!
俺は心の中でそう叫んでしまう。とてもじゃないけど、こんなこと梨衣には聞かせられない……
「もしかして、私にドキドキしてくれた?」
……と思っていた時期も俺にもありました。完全に見透かされてる!
俺はただ頷くことしか出来なかった。
そんな俺の姿を見ると梨衣は満足そうに頷くと、俺にキスをしてくる。
「先に部屋に行ってるから、お風呂入ったら来てね。これからの展開の打ち合わせしなきゃでしょ?」
「ああ、そうだな。綾人に負けないような作品作らなきゃだもんな」
「うん! その意気だよ。成未くん」
梨衣が上に上がって行くのを見届けて、俺も風呂に入るために風呂場に向かおうとしたのだが、突然、固定電話が鳴ったためにそれは中断させられることになった。
誰だろう、こんな時間に?
時刻は夜の8時を回っていた。こんな時間にかけてくるのはきっとセールスかなんかだろうと俺は当たりをつけ受話器を取った。
「はい、波瀬ですけど」
『やっと、見つけたわ。成未』
俺はその声を聞いた瞬間、受話器を落としそうになってしまう。どうして、母さんがこの家の電話番号を知ってるんだ⁉
『切ろうとしちゃだめよ。私はあなたと大切な話をしようと思って電話をかけたんだから』
「大事な話ってなんだよ? 俺は母さんと話すことなんてなにもないぞ!」
一刻も早く切りたくてしょうがない。声も聞きたくない。だけど、電話越しの相手はそれを良しとはしないだろう。
『あらあら、そんなに怖い声を出さないでほしいわね。今から話すことはあなたにとっても悪い話じゃないと思うのだけど』
「だからなんだよ?」
わざと焦らすような言い方をする母さんに、俺は余計に苛立ちを募らせる。
『電話じゃ話せないわ。そうね、駅前にあるカフェで話しましょう。もちろん、二人っきりで。そうね、ぜひ、そうしましょうか、成未』
「ふざけんな。どうして、俺があなたに会わなきゃいけないんだ?」
『言っておくけど、成未。あなたに拒否権はないわよ。あなたが拒否すればそうね、あなたの恋人と妹がどうなっても知らないわよ。幸い、どちらも美少女だから、売春させればかなり儲かると思うのよね』
「駅前のカフェで良いんだな! すぐに行くから待っとけよ!」
俺はそこで受話器を思いっきり置いた。
くそ、やっぱりそんなことを考えていたのか。しかも、今度は咲姫も巻き込むつもりだ。あの人はどこまで腐っているのやら。
俺は歯を食いしばると、財布とスマホだけを持って家を飛び出した。とにかく、今は一刻も早く母さんの元に行くのが先決だろう。
絶対に母さんの思い通りになんかさせてたまるか!
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カフェに着くと、もうすでに母さんは来ていたようで、店員に待ち合わせですと告げると、俺はその席に赴いた。
「早かったわね、成未」
「まあな」
俺は素っ気なく返すと、目の前の席に腰を下ろした。
「それで話ってなんだよ?」
「まあまあ、そんなに焦らないの。なにか飲み物でも注文しなさい」
勝手に店員を呼ばれたので、俺はコーヒーを頼んでおく。
「成未、あなた今日学校はどうしたの?」
やっぱり、張っていたんだな。
「わざわざ、俺の口から答える必要もないと思うけど。それより、俺はあなたとこんな世間話をしに来たわけじゃない。とっとと、用件を話してくれるか? こっちは忙しんだよ」
「本当にせっかちね。なら、単刀直入に言ってあげるわ。成未、私の元に帰ってきなさい」
やっぱり、それか。
「前も言ったけど、答えはNOだ。この答えに変わりはない」
「私も前に言ったはずよ。道具であるあなたに拒否権はないと。それに、成未が首を縦に振らないなら、私にだって考えがあるわ。あなたの大切な恋人と妹がとっても怖い思いをするだけよ」
「梨衣と咲姫には手を出すんじゃねぇ!」
俺は思わず怒鳴ってしまう。店内にいた客の視線が一気にこっちに集中してしまい、俺は周りに頭を下げると、座り直した。
「どうして、俺にそこまで執着する?」
「あなたは私の子だもの。執着するわよ。子がかわいくない親なんてこの世にいないでしょう?」
「いるから、虐待とかがあるんじゃないのか? 言っておくが、母さんが俺が小さい頃にやっていたあれは、虐待って言っても過言ではないんだぜ」
「あらあら、ずいぶんと言ってくれるじゃない。私はただ、生活に困っているから働いて助けて下さいって、実の息子にお願いしているだけなのよ? それのどこがいけないと言うのかしら?」
「そんななりをしてて、よくそんなことが言えるよな。母さんの場合は、生活に困っているんじゃなくて遊ぶ金に困っているの間違いだろ?」
俺は目の前に座っている母さんを睨むが、母さんはそんなのお構いなしにタバコを吹かしている。本当に昔から変わらない人だ。
「道具の癖に口だけは立派になったじゃない。だけど、そんなことばかり言っていていいのかしら? 本当に恋人と妹が怖い思いをしてしまうかも。あなたはそれで耐えられるのかしら? 私だったら、とてもじゃないけど耐えられないわ。自分の大切な人が知らない男に蹂躙されるなんて考えただけで背筋が凍りそう」
この人は! どうして思ってもいないことをそんなにすらすらと吐き出せるんだ⁉ これが自身の母親だと言うことに、かなりのショックを受けてしまう。
「母さんって人はどこまで行っても屑だな。自分の母親だって心底も認めたくないぜ」
「好きなだけ言っていなさい。成未がいくら言ったところで、その存在は変わらないわ。それで、あなたは戻るの戻らないの? これが最後のチャンスよ? それとも言い方を変えましょうか。自分が犠牲になるか、それとも恋人と妹を犠牲にするのかね」
この人は本当に最低な大人だ。それが自分の母親だということに心底吐き気がしてくる。普通の母親が、自分の息子に恋人と妹が犠牲になるか、自分が犠牲になるかを選べだなんて言うのだろうか? 否、そんな親はいないだろう。いたら、親だって名乗る資格などないと俺は思っていた。
「そんなの決まってる」
俺は静かに口を開いた。
「俺が戻るに決まってるだろ」
「あら、即断即決ね。それでこそ、私の子どもとして相応しいわ」
勝手に言ってろよ。俺は母さんみたいな人間にはなりたくないだけだ。誰かを犠牲にして、自分だけが楽しいを思いする。自分だけが幸せだと感じる。そんなのは間違っている。それが世界だと言うのなら、そんな世界は滅んでしまえばいいとさえ思う。
「それじゃあ、成未。今日から私の所に戻ってもらうわよ。それと、明日から学校も行かなくていいわ。その代わり、あなたにはすぐにでも仕事を見つけて働いてもらうわ。精々、私のために頑張ることね」
俺は目の前にいる自称母親の言葉を聞いて、思わず膝の上で拳を握ってしまう。言わせておけば、勝手なことしか言わない。だけど、ここで反抗したところで、こいつの標的は梨衣と咲姫に向かうだけ。そんなことは絶対にあってはならないことだった。
ごめん、梨衣。ずっと梨衣の傍にいるって約束したのに、いてあげられなかった。ずっと君の隣にいたいって思っていた。大好きだった。こんな俺を好きでいてくれてありがとう。それに、咲姫。今まで本当の兄のように接してくれて本当にありがとう。俺は咲姫の存在にどれだけ助けられていたことだろうか? 本当に咲姫がいてくれたから、俺はこうして今を生きていられる。本当に今までありがとう。そんな咲姫が俺は大好きだぞ、もちろん妹としてだが。そして、今の母さんと父さん、こんな俺を引き取ってくれてありがとうございました。短い期間でしたけど、本当の家族とはなんだったのかを知ることが出来ました。本当にいままでありがとうございました。
気が付いたら、俺は心の中でみんなにお礼を言っていた。本当に俺は人生に絶望したはずなのに、色んな人のおかげで俺はこうして生きてこられた。幸せに過ごせた。絶望したはずの人生からやり直せた。
「さてと、成未の意思も決まったことだし、もうここには用はないわ。行くわよ、成未」
母さんはそう言って、タバコの火を消すと帰る準備を始めてしまう。
ああ、また絶望の人生に戻るのか。人生が余りにもクソだったから、逃げ出したって言うのにまた逆戻りなのか。
俺が諦め席を立ち上がろうとした時、後ろからいきなり抱きしめられた。
なんだと一瞬思ったが、すぐにそれが誰なのかが分かった。優しい温もりに、なによりもこの抱きしめられた安心出来る感じを俺は知っている。
「っ……梨衣」
「成未くんはどんなことがあっても誰にも渡さないもん」
どうして来たんだとは言えなかった。なぜなら、梨衣が俺の背中に顔を押し付け、声を押し殺して泣いているのが分かったからだ。
「ごめん、梨衣」
「別に成未が謝ることじゃないでしょ。でも、女の子を泣かせたんだから、ちゃんとあとで責任取るのよ」
「夏美さん!」
気が付いたら、そこにはスーツ姿の夏美さんが立っていた。
「仕事は?」
「そんなの超マッハで片づけてきたから問題なし」
夏美さんはそれだけ言うと、俺の宿敵である未世、母さんに向き直った。
「久しぶりね、未世義姉さん」
呼ばれた当の本人は苦々しげに舌打ちをしている。
「夏美、あなたは一体なにしに来たのかしら?」
「私の子を守りに来たのよ」
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