3【境谷】
作業する鉈峯から距離をとって、幹の太い広葉樹の脇に立ったパンツスーツ姿の女性は、厳しい目つきで、抱えた書類と鉈峯とを交互に見遣った。本人は意図していないものの、仕草のひとつひとつが舞台役者のように大きくてわかり易く、様になっている。
「どうですか、境谷さん」女性へ近づいた短髪の男性が声をかけた。
境谷と呼ばれた女性は、抑揚のない喋りで答える。
「私に尋ねず、鉈峯先生に訊かれてみてはいかがですか」
「そうしたいところですけど、訊ける状況じゃないでしょうに」
「ならば黙って祈るだけです。成功するよう祈っていて下さい」
「祈りますよ、そりゃぁあ」男性は眉を顰めて舌打ちした。「それで、どうなんです? 確率はどのくらいですか」
「残念ながら」
「え?」
「…………」
「駄目なんですか? こ、困りますよ。上手く行かなかったら、私は、いえ。私たちは――」
「お互い、反論を許されぬ立場にあるのでしょうね。心中お察しします。それにしても、なにを考えているのでしょう? 外村警視は」
名前のあがった外村警視本人が林の中から姿を現し、短髪の男性を一喝する。叱られた男性は頭を下げながら駆けだすと、斜面に生えた樹木の幹に手をかけて話し込んでいた私服刑事らの輪に混じった。
その様子を横目で見つつ、外村警視はゆっくり大股で歩きだす。
ややあって書類の束を抱えた境谷が駆け寄り、外村の背中へ声をかけた。
「外村警視。お話ししたいことがあります」
足を止めた外村が素早く振り返る。その眼光は鋭く、威圧的だった。
目を合わせるなり、境谷は気圧されて一歩後退し、外村が身に纏った真っ黒なスーツのボタンを見つめたまま硬直してしまった。
「早くいえ」外村が急かす。
「申し訳ありません」境谷は深く頭を下げた。「被害者女性の件です。鉈峯先生は最善を尽くしてくれるでしょうが、死亡してから時間が経ち過ぎています。急いでも最悪の事態は免れないかもしれません」
すると外村は嘆息し、視線を下げて僅かに口元を歪めた。
「最悪の、事態か」
「え、えぇ……」
先の刑事と同じように怒鳴られる覚悟をしていた境谷は、外村の反応を意外に思った――が、間髪いれずに荒々しい声が周囲に響き渡る。
「奴の到着はまだか!」
外村が声を発すると、周囲に散らばっていた私服刑事が駆け寄って、答えになっていない言い訳を繰り返した。
返答を遮り、外村が更なる怒号を発する。
「急がせろ! いますぐここに連れてこい!」
指示を合図に、私服刑事達はクモの子を散らすように、ぬかるんだ斜面を下りて行った。枝葉を出鱈目に揺らして足場を崩しつつ、姿はあっという間に見えなくなる。
捜査員にとって外村がどれほど恐ろしい存在であるかを目の当たりにした境谷は、表情を歪めて俯いた。全捜査員が現場を離れ、残されたのは外村と境谷、そしてテント内で作業を続ける白衣姿の数名だけとなった。
境谷は唇を噛んで顔をあげ、刑事らが去った後の光景をじっと見つめた。
「ったく……どいつもこいつも」外村が呟く。
細やかな雨の粒が空中を舞う中、ひんやりとした冷たい空気が境谷の耳たぶを刺すように刺激していた。




