第八幕 笑って泳いでスポーツセンター
ひのり、七海、まひる、美春の人形劇チームは美春の実家である桐沢玩具店で人形作りに勤しんでいた。
同じ日にりんか、紗里、風花、アリスのチームは同じ日、市民スポーツセンターへと来ていた。
「おはよーございまーす!」
スポーツクラブ前に、りんかの声が響く。
「朝から元気すぎない?」
紗里が苦笑する。
「運動する日はテンション上がるんだって!」
「私はまだ眠い……」
風花が小さく欠伸をする。
「その状態でよく来たね」
紗里が言う。
「いや、来ないとりんか先輩絶対うるさいし……」
「正解!」
りんかが親指を立てる。
その横で、アリスは建物を見上げていた。
「思ったより設備が整っているわね」
「そこ見るんだ」
風花が言う。
「身体を使うなら、環境確認は大事よ」
「なんか急に本格派いる」
他愛もない会話をした4人はスポーツクラブに入り、更衣室から出た四人は、体操着でスポーツセンターのマットスペースへ集まっていた。
りんかはストレッチしながら、その場で軽く跳ねる。
「よーし! で、最初なにやる!?」
「普通に準備運動からでしょ」
紗里が呆れたように言う。
「いきなり飛ぶとケガするわよ」
アリスも冷静に付け加えた。
風花はマットの上にぺたりと座る。
「でもさ、“アクションチーム”って言うくらいだし、なんか派手なのやりたいよね」
「例えば?」
紗里が聞く。
「バク転とか?」
「やる!?」
りんかの目が一瞬で輝く。
「いや私はやらん」
風花が即答した。
アリスは少し考えてから、マットを軽く踏む。
「まずは基礎ね」
「体幹、重心移動、受け身」
「あと柔軟」
りんかの表情が一瞬だけ固まる。
「あー……」
「どうしたの?」
風花が首を傾げる。
紗里が苦笑した。
「いや、この人の“基礎”って信用できなくて」
「失礼ね」
アリスが淡々と返す。
「でも去年のアレあるじゃん」
りんかが言う。
「英国式のやつ」
風花がきょとんとする。
「英国式?」
紗里が肩をすくめる。
「アリスさんが来たばっかの頃の特訓」
「めちゃくちゃキツかった」
「めちゃくちゃって?」
風花が聞く。
りんかが真顔になる。
「呼吸、姿勢、歩き方、発声」
「全部やり直し」
「しかも“まだ甘い”“もっと”“遅い”の無限ループ」
「うわ……」
風花が引いた顔をする。
紗里も思い出したように言う。
「しかも普通に泣く人出たからね」
「えっ」
風花の目が丸くなる。
アリスは腕を組んだまま言った。
「必要だったのよ」
「当時の舞風は、基礎が甘かった」
「いや言い方」
紗里が即座に突っ込む。
りんかがマットへ寝転がる。
「でもマジでキツかったんだって……」
「途中から演劇部じゃなくて軍隊だったし……」
風花が笑いながら言う。
「りんか先輩がそこまで言うって相当じゃん」
「相当だった!」
アリスは少しだけ視線を逸らした。
「……やりすぎた部分は認めるわ」
一瞬、三人が静かになる。
紗里が目を瞬かせた。
「え、ちゃんと認めるんだ」
「当たり前よ」
アリスはため息をつく。
「今なら、もう少し別のやり方を選ぶ」
風花がぽつりと呟く。
「なんか、アリス先輩も変わったよね」
アリスは少しだけ笑った。
「舞風に染まったのかもね」
りんかが勢いよく起き上がる。
「じゃあ今日は優しいアリスちゃんってことで!」
「甘やかすとは言ってないわ」
「出た!」
紗里と風花が同時に笑う。
空気が少し和らぐ。
アリスはマット中央へ歩き、振り返った。
「でも今日は、“動きで見せる演技”をやるなら必要なことを教える」
「演劇でも、アクションでも同じ」
「身体がブレると、説得力が消える」
りんかがニヤッと笑う。
「よし、じゃあ来い!」
「今日は倒れない程度でお願いします」
紗里が言う。
「保証はしないわ」
アリスが真顔で返した。
「怖っ!!」
笑い声が、マットスペースに広がった。
アリスはマットの中央で軽く腕を組む。
「じゃあ、まずはバランス確認から」
「片足立ち?」
風花が聞く。
「ええ。ただし――」
アリスは靴を揃え、すっと片足を上げた。
「姿勢を崩さず、一分」
「簡単そう」
りんかが言う。
「やってみなさい」
四人同時に片足を上げる。
最初に崩れたのは紗里だった。
「うおっ!?」
「早」
風花が吹き出す。
「いや今床滑ったって!」
「言い訳は禁止」
アリスが即答する。
その直後。
アリス自身の身体がぐらっと揺れた。
「あ」
バランスを崩し、そのままマットへ尻もち。
一瞬、沈黙。
りんかが吹き出した。
「アリスさんが落ちたァ!!」
「……床が悪いわ」
「さっきと言ってること違う!」
紗里が即ツッコミ。
風花も笑いを堪えきれない。
「めちゃくちゃ誤魔化してるじゃん……!」
アリスは咳払いしながら立ち上がる。
「今のは見本失敗例よ」
「絶対違う」
三人同時だった。
空気が一気に柔らかくなる。
その後、今度は体幹トレーニング。
「プランク三十秒」
「はい終了」
りんかが即座に言う。
「まだ始まってないわ」
「気持ち的には終わった!」
紗里が笑いながら姿勢を作る。
「りんか、こういう地味系ほんと弱いよね」
「動きたいの! 止まるの嫌!」
風花は意外と安定していた。
「え、風花ちゃん普通に強くない?」
紗里が驚く。
「ダンスやってたから、多少は」
「なるほどね」
アリスは横目で見ながら頷く。
「軸がブレにくい」
「動きの見せ方に向いてるわ」
風花は少し照れくさそうに笑った。
「アリス先輩に褒められると、なんかガチ感ある」
「事実を言っただけよ」
その隣で。
「うぐぐぐ……!」
りんかが震えていた。
「あと十秒」
アリスが淡々と言う。
「長い長い長い!!」
紗里が笑い崩れる。
「さっきまで元気だった人どこいった?」
「こういうのは別!!」
そして終了。
りんかはそのままマットへ倒れ込んだ。
「むり……」
「まだ準備運動よ」
アリスが言う。
「嘘だと言って」
風花が笑う。
「でもちょっと分かってきたかも」
「なにが?」
紗里が聞く。
「身体の軸とか、動き方」
「演技でも見え方変わりそう」
アリスは小さく頷いた。
「そう。アクションは“上手く動く”じゃない」
「どう見えるか」
「演劇と同じよ」
りんかがマットに突っ伏したまま手を上げる。
「その前に体力どうにかしたい……」
「それも必要ね」
アリスが真顔で返した。
「容赦ないなぁ!!」
また笑いが広がった。
簡易アスレチックコースが完成し、最初に挑戦したのはりんかだった。
「いっくぞー!!」
平均台を駆け抜け、
マットを転がり、
最後はハードルを飛び越える。
「ゴール!!」
「速っ!?」
風花が笑う。
「完全にサルじゃん」
紗里も呆れる。
「運動系女子をナメるな!」
次は紗里。
「いやこれ絶対りんか用コースでしょ!」
文句を言いながらもノリで突撃。
平均台の途中でバランスを崩しかけ、
「うおっ!? 危なっ!」
なんとか耐える。
「リアクション芸人すぎる」
風花がぼそっと言った。
「うるさい!」
風花は面倒そうにスタートしたが、
途中から妙に本気になる。
「……あ、これショートカットできる」
「えっ」
マットを踏み台にして一気に飛び越えた。
「ズルくない!?」
紗里が叫ぶ。
「ゲームは効率重視」
そして最後。
全員の視線がアリスへ向く。
「……では。」
アリスは淡々と歩き出した。
姿勢は綺麗。
動きも無駄がない。
「おぉー……」
紗里が感心する。
「さすがアリスさん」
しかし。
平均台に乗った瞬間。
「……っ」
ぐらっ。
「あ。」
そのまま、ものすごく初歩的に落ちた。
一瞬の静寂。
そして。
「ぶはっ!!」
最初に吹き出したのはりんかだった。
「アリスさんそこミスるの!?!?」
「そこ一番簡単だったよ!?」
紗里も笑い始める。
風花は肩を震わせていた。
「……ダメ、ツボった」
アリスは床に手をついたまま固まっている。
「……今のは、床材の問題よ。」
「負け惜しみだー!!」
体育館みたいな笑い声が、スポーツセンターに響いた。
ひと通り身体を動かしたあと、四人はスポーツセンターの休憩スペースへ移動していた。
「つっかれたぁ〜……」
りんかがソファに倒れ込む。
「うるさ……」
風花はスポドリを飲みながらぐったりしていた。
「でも結構楽しかったかも」
紗里が笑う。
その横で、アリスはタオルで汗を拭きながらスマホを見ていた。
「……何?」
風花が気づく。
「人形劇チームに連絡よ」
アリスが短く言う。
「え、アリスさん送るんだ」
紗里が少し驚く。
「情報共有は必要でしょう?」
そう言いながらも、少しだけ口調は柔らかかった。
りんかがスマホを取り出す。
【りんか】
『やばい、めっちゃ疲れた!!』
【紗里】
『筋肉が終わってるw』
【風花】
『普通にスポーツクラブなんだけどこれ!?』
【アリス】
『無駄な動きが多いわね』
「最後だけ厳しい!」
紗里が突っ込む。
「事実よ」
すると、すぐに既読がついた。
【ひのり】
『そっちは完全に体育会系じゃんw』
【七海】
『りんかちゃんが一番楽しそうなのは想像つく』
【まひる】
『こっちは人形できてきました!』
その直後。
ぽん、と画像が送られてくる。
「おっ」
四人が同時に画面を覗き込んだ。
木製の関節人形。
まだ試作段階ながら、小さなマントと簡素な衣装がついている。
少しぎこちない。
でも、妙に表情がある。
「……え、かわい」
風花が最初に呟いた。
「でしょ!?」
りんかがテンションを上げる。
「なんかちゃんと“主人公感”あるね」
紗里も感心していた。
アリスは画面を見つめたまま、小さく目を細める。
「未完成だけど……悪くないわね」
「お、珍しく素直」
風花が言う。
「造形バランスはちゃんとしてるもの」
すると追加メッセージ。
【ひのり】
『この子めっちゃ動くよ!!』
【ひのり】
『あと美春ちゃん家すごい!!』
【七海】
『ひのりがずっと騒いでる』
【まひる】
『ずっとです』
「想像できる」
四人同時だった。
一瞬、笑いが起きる。
りんかがスマホを見ながら笑った。
「なんかさ」
「離れて別行動してても、“同じことやってる感”あるよね」
紗里も頷く。
「わかる。向こうは人形、こっちは身体だけど」
「どっちも“演劇”なんだなって感じ」
風花はソファにもたれながら言う。
「まあ、向こう絶対平和そうだけど」
「……それは否定しないわ」
アリスが小さく返した。
その言い方が少し柔らかくて、
三人は思わず顔を見合わせた。
「……アリスさん、最近丸くなった?」
紗里がニヤニヤする。
「何よそれ」
「前なら“幼稚”とか言ってそうだったし」
「言わないわよ」
一拍置いて、
「……多分。」
「今ちょっと怪しかった!!」
りんかが指摘した。
休憩後。
「次、プール行こっか!」
りんかが元気よく立ち上がる。
「まだ動くの!?」
風花が嫌そうな顔をした。
「スポーツセンター来て泳がないのもったいないじゃん!」
「私は別に……」
しかし紗里がニヤッとする。
「風花、さては泳げない?」
「……泳げるし」
「その間、絶対泳げないやつ」
数分後。
四人は室内プールへ移動していた。
水面が照明を反射し、静かに揺れている。
「うわー、広っ!」
りんかがテンションを上げる。
「走らない」
アリスが即座に言う。
「先生!?」
「プールサイドで走るのは危険よ」
「急に保護者」
紗里が笑った。
最初に泳ぎ出したのはアリスだった。
水に入った瞬間、
動きが変わる。
無駄がない。
静かに、
一直線に進んでいく。
「……速」
風花がぽつり。
「フォーム綺麗すぎない?」
紗里も目を丸くする。
アリスはターンして戻ってくる。
水しぶきすら少ない。
「呼吸が安定してるから疲れにくいの」
「なんかオリンピック解説始まった」
そこへ。
「負けないからねー!!」
りんかが勢いよく飛び込んだ。
バシャァン!!
「うるさっ!!」
完全に水しぶき型。
フォームは荒い。
でも速い。
「りんか先輩、犬みたい」
風花が真顔で言う。
「誰が犬だ!」
しかしターンで失敗し、
壁に軽く頭をぶつけた。
「いったぁ!?」
「締まらないわね……」
アリスが呆れる。
紗里は普通にクロールして戻ってくる。
「いやー、久々だと疲れる!」
「紗里ちゃん普通に上手いね」
りんかが言う。
「授業ちゃんとやってたからね!」
そして。
三人の視線が風花へ向く。
「……何」
「風花の番」
りんかがニヤニヤする。
「いや別に泳がなくても」
「逃げた」
紗里が即答。
「逃げてないし」
風花は渋々プールへ入る。
一歩。
「冷たっ」
二歩。
「無理かも」
「まだ膝だから!?」
りんかが笑う。
そして風花は、
ぎこちなくバタ足を始め――
全然進まなかった。
「……沈む……」
「なんで!?」
プールに笑い声が響いた。
しばらく泳いだあと。
りんかは急にプールの中央付近で立ち止まった。
「……みんな。」
「なに?」
紗里が息を整えながら振り向く。
りんかは妙に真面目な顔をしていた。
「今から、“伝説のラストシーン”やります。」
「絶対くだらない」
風花が即答する。
りんかは無言で親指を立てた。
そのまま、
ゆっくり沈み始める。
「…………」
「…………」
数秒後。
ぼこぼこぼこっ。
勢いよく浮上。
「ぶはっ!!」
「浅っ!!」
紗里が吹き出した。
「りんかが親指立ててプールに沈むシーン涙なしに見られなかったってやつか」
「全然沈めてないじゃん!」
「いや途中で息限界きた!」
「当たり前でしょ!」
風花が腹を抱えて笑っていた。
アリスは少し遅れて理解したように眉を上げる。
「……あぁ。
あの映画の真似。」
「通じた!」
りんかが嬉しそうに言う。
「日本、本当にあのシーン好きよね」
アリスが呆れ半分で言った。
「だってカッコいいじゃん!」
「でもあなたの場合、ただ溺れかけてる人だったわよ」
紗里が追撃する。
「しかも最後“ぶはっ”って言ってたし」
「完璧に台無し」
風花も冷静だった。
りんかは不満そうに水を叩く。
「えー! もっとノッてよ!」
「ノれないわよ」
アリスが即答する。
……と言いながら。
少しだけ笑っていた。
プールから上がった四人は、
スポーツセンターの休憩スペースで並んで座っていた。
濡れた髪をタオルで拭きながら、
それぞれスポドリやアイスを手にしている。
「……疲れたぁ〜」
紗里がソファに身体を預ける。
「今日はかなり動いたわね」
アリスも珍しく素直に言った。
りんかはニヤニヤしながらアリスを見る。
「いやー、でも今日のアリスさん面白かったなぁ」
「……何が?」
「平均台落ちるし、映画ごっこ冷静に解説するし」
「やめて」
アリスが即座に返す。
風花が小さく吹き出した。
「最初の頃のアリスさんなら絶対やらなそう」
その言葉に、
アリスは少しだけ黙った。
窓の外では、
夕方の光が少しずつ傾き始めている。
「……まあ。」
アリスが静かに口を開く。
「あと数ヶ月で、私は帰国するもの。」
三人が少しだけ表情を変えた。
「留学って、ずっとじゃないし。」
アリスは淡々と言う。
「だから……
こういう時間も、案外すぐ終わるのよね。」
りんかの笑顔が少しだけ静かになる。
紗里はスポドリを見つめながらぽつりと呟いた。
「……卒業も、もうそんな遠くないんだよね。」
風花も珍しく黙っていた。
「去年まではさ、
“二年生になる”とか想像できなかったのに。」
紗里が苦笑する。
「なのに今、
“卒業”の話してるとか変な感じ。」
りんかも少し照れくさそうに笑った。
「なんかずっと続く気しちゃうんだよな。
こういうの。」
アリスはその言葉を聞きながら、
静かに目を伏せる。
「……だから大事なのよ。」
「終わるからこそ。」
短い沈黙。
でも、
空気は暗くなりすぎなかった。
風花が小さく言う。
「……まあでも。」
「今はまだ終わってないし。」
紗里が笑う。
「そうそう!
しんみりするには早いって。」
りんかも勢いよく頷いた。
「まだ文化祭もあるし!
劇もやるし!
遊ぶし!」
「全部詰め込みすぎ」
風花が突っ込む。
「……そういえば。」
風花がふと思い出したように言う。
「うちら、結局どんな劇やるの。」
「あ。」
りんかが固まった。
「確かに」
紗里も笑う。
「ずっと遊んでたから忘れてた。」
「忘れないで」
アリスが呆れる。
でもその声は、
どこか柔らかかった。
「ただ、今日ので少し見えた気はするわ。」
三人がアリスを見る。
「身体を使うこと。
動きそのものを“見せる”こと。」
アリスは静かに続ける。
「多分、私たちの舞台はそこが軸になる。」
りんかの目が少し輝く。
「……アクション系ってこと?」
「戦うだけじゃないわ。」
「走る、跳ぶ、避ける、
ぶつかる。
身体の動きで感情を見せる舞台。」
風花が小さく呟く。
「……ゲームのイベントシーンみたい。」
「それ!」
りんかが即座に反応する。
紗里も笑う。
「なんかちょっと見えてきたかも。」
そのやり取りに、アリスも少しだけ笑った。
演劇部も、学校生活も、
留学も。
永遠じゃない。
だからこそ。
限られた時間を、全力で笑って、全力で演じる。
それこそが、
今の彼女たちの“青春”だった。
続く。




