第五幕 不思議な列車への迷い人
部活動PRウィークの体育館の舞台袖。
ざわめきが少しだけ遠くに聞こえる。
「……やばい」
風花が小さく言う。
「全校生徒だよ?」
「……多いね」
綾音も短く返す。
「でも」
綾音は前を見る。
「逃げる方が、もっと怖い」
風花が止まる。
「……それ言う?」
「本音」
そこへ、美春が来る。
「二人とも」
「緊張してるのは、向き合ってる証拠」
「そのままでいい」
さらに後ろから、晴山先生がやってくる。
「大丈夫大丈夫!」
「楽しそうなら、それで伝わるから」
舞台から声が響く。
「演劇部、スタンバイ!」
空気が変わる。
綾音が一歩前に出る。
「……行こう」
「うん」
「ええ」
三人は、そのまま舞台へ向かった。
劇中劇「不思議な列車への迷い人」
第一幕 乗車開始
駅。アヤネ、フウカ、ミハルという3人の少女は列車を待っていると古風なSLの音を聞く。
アヤネ
「時刻表にない列車?」
フウカ
「おかしいなあ。くるはずないのに」
ミハル
「でも列車が私たちを導いてるみたいよ」
アヤネ
「大丈夫かな...」
フウカ
「3人いれば大丈夫だって」
3人は列車に乗りこむ。
すると扉が閉まる。
アヤネ
「本当に乗っちゃった」
(舞台に上がる)
フウカ
「扉閉まっちゃったね」
ミハル
「どこに向かうんだろう」
謎の女性(唯香)
「あなた達、この列車に乗ったのね」
謎の女性、奥から歩いてくる。
アヤネ
「えっと、時刻表にない列車があって」
ミハル
「ここは私が話す。私達は駅で列車を待ってたの。そしたら時刻表にない列車が来て乗ってしまったんです」
謎の女性
「そうだったのね。この列車は特別な人しか乗れないの。でも乗ってきたのは運命ってことよ」
アヤネ
「運命?特別な人?何のことなのかよくわからないです。あなたは一体何者なのですか?」
謎の女性
「私の名前はミステリア。この列車にずっと乗っていてどれだけの時間を過ごしたのか覚えていないの」
フウカ
「何それ、何か怖いんだけど...」
ミステリア
「でも私には不思議と怖さなんて感じないわ」
アヤネ
「この列車一体どこに向かってるのかな」
そこへ車掌が入ってくる。
車掌
「切符を拝見――って言いたいところだけど」
「君たち、もしかして持ってない?」
フウカ
「ど、どうしてわかったの?」
車掌
「顔に書いてあるよ」
一拍。
車掌
「本来、この列車に無賃乗車はできない」
少しだけ空気が変わる。
アヤネ
「……やっぱり、降りないといけないんですか」
車掌
「いや」
一歩、前に出る。
車掌
「今回は特別だ」
「君たちには、この列車で果たしてもらう“使命”がある」
ミハル
「使命……?」
フウカ
「急に重いワード来たんだけど」
車掌
「難しく考えなくていい」
「ただ――」
一拍。
「“選ぶこと”だ」
短い沈黙。
アヤネ
「選ぶ……?」
車掌
「その時が来れば分かる」
車掌は軽く手を叩く。
車掌
「ほら、立ってないで座りな」
⸻
(パイプ椅子が向かい合って配置されている)
⸻
フウカ
「え、これ座席ってこと?」
ミハル
「対面式の車両ね」
アヤネ
「……なんか、ほんとに列車みたい」
三人、それぞれ椅子に座る。
⸻
ミハル
「……音、しないね」
フウカ
「え?」
ミハル
「走ってるはずなのに」
一瞬、静けさ。
アヤネ
「……ほんとだ」
⸻
ミステリア
「この列車は、普通の列車とは少し違うの」
やわらかく微笑む。
「だから、あなたたちが感じている違和感は――」
一拍。
「間違っていないわ」
⸻
フウカ
「いや安心できないんだけど」
⸻
車掌
「出発するよ」
「戻るかどうかは君たち次第だ」
⸻
(軽い汽笛の音)
(列車が動き出したような揺れ)
フウカ
「……動いてる?」
アヤネ
「さっきまで止まってたのに」
ミハル
「いつの間に……」
(暗転)
(向かいの席に、いつの間にか座っている)
おばあさん(みこ)
「……初めてかい、この列車は」
アヤネ
「え……いつからそこに?」
おばあさん
「最初からさ」
フウカ
「いや絶対いなかったって!」
おばあさん
「見えていなかっただけだよ」
フウカ
「いやそれ一番怖いやつ!」
アヤネ
「……この列車、やっぱり普通じゃない」
ミハル
「最初からそう言ってるでしょう。車掌さんもミステリアさんもいつの間にかいない」
おばあさん
「普通じゃない、ねえ」
一拍。
おばあさん
「じゃあ聞くけど」
「普通って、何だい?」
少し間。
フウカ
「え、急に哲学?」
アヤネ
「……分からないです」
おばあさん
「分からないのは、悪いことじゃないよ」
やわらかく笑う。
おばあさん
「分からないまま、進むこともある」
ミハル
「……進む?」
おばあさん
「この列車はね」
「“どこに行くか”より」
「“どう進むか”の方が大事なんだよ」
静けさ。
アヤネ
「どう進むか……」
おばあさん
「さっき、車掌が言っていただろう」
「“選ぶこと”だって」
フウカ
「うん、急に重かったやつ」
おばあさん
「選ぶっていうのはね」
一拍。
「何かを選ぶことじゃない」
三人が少し顔を上げる。
おばあさん
「選ばなかったものを、手放すことでもあるんだよ」
沈黙。
ミハル
「……」
フウカ
「それ、ちょっとやだな」
アヤネ
「でも……」
一瞬、言葉を探す。
「選ばないままだと、ずっと同じ場所にいる気もします」
おばあさんはゆっくり頷く。
おばあさん
「いいね」
「ちゃんと考えてる顔だ」
フウカ
「顔で判断されてる!?」
小さく笑い。
おばあさん
「この列車はね」
「進み続ける」
「止まることはない」
一拍。
「だから――」
少しだけ視線を落とす。
「立ち止まることは、できないんだよ」
空気が少し重くなる。
アヤネ
「……」
ミハル
「選ばない、っていう選択も」
フウカ
「できないってこと?」
おばあさん
「そういうことだね」
一瞬の静寂。
フウカ
「うわ、逃げ道ないじゃん」
アヤネ
「……」
少しだけ前を見る。
「でも」
一拍。
「進むしかないなら」
小さく息を吸う。
「……進んでみます」
おばあさんは、ほんの少しだけ微笑む。
おばあさん
「そうだね」
「それでいい」
フウカ
「……あれ?」
アヤネ
「どうしたの?」
フウカ
「さっきのおばあさん――」
ミハル
「……いない」
(カラカラとワゴンの音)
販売員(紗里)
「はいはいはい! 車内販売でーす!」
フウカ
「切り替え早っ!」
アヤネ
「え、さっきまで誰もいなかったのに……」
販売員
「いるよー? 最初からいたよー?」
ミハル
「それ、さっきも聞いた」
フウカ
「この列車そればっか!」
販売員
「お菓子にジュースに、ちょっとしたヒントも売ってまーす!」
アヤネ
「ヒント……?」
フウカ
「え、それいくら?」
販売員
「無料サービス!」
ミハル
「怪しい」
販売員
「この列車、基本全部怪しいから大丈夫!」
フウカ
「自分で言うんかい!」
販売員
「さっき“選ぶ”って言われたでしょ?」
アヤネ
「はい」
販売員
「この列車ね」
「選ばなかった方も、ちゃんと残るんだよ」
ミハル
「残る?」
販売員
「うん。心の中に」
フウカ
「うわ、消えないやつじゃん」
販売員
「そうそう、返品不可!」
フウカ
「最悪!」
販売員
「だからねー」
一拍。
「“どっちが正しいか”じゃなくて」
「“どっちを選ぶか”なんだよ」
フウカ
「最後だけ急に真面目!」
販売員
「たまにはね」
(販売員が去る)
間。
フウカ
「……ねえ」
アヤネ
「うん」
フウカ
「今の人も、消える系?」
ミハル
「……」
周りを見る。
ミハル
「いないわね」
アヤネ
「え……?」
少し立ち上がる。
アヤネ
「ミステリアさんは……?」
フウカ
「車掌さんもいないし」
「さっきのおばあさんも」
ミハル
「……最初から、いなかったみたい」
フウカ
「いやそれやめて怖い」
静寂。
アヤネ
「……私たちだけ?」
一拍。
(車内アナウンス)
アナウンス(七海)
「――まもなく、次の駅に到着いたします」
三人、顔を上げる。
七海
「次は――“選択の駅”」
一瞬の間。
フウカ
「名前怖いって!」
ミハル
「……来るわね」
アヤネ
「……うん」
(暗転→明転)
第二幕 選択の駅
(駅のホーム。少し非現実的な空間)
フウカ
「……降りちゃったけど」
アヤネ
「ここが、“選択の駅”……?」
ミハル
「静かね」
(突然、軽快な足音)
大道芸人
「はいはいはい! いらっしゃいませー!」
フウカ
「うわ出た!」
大道芸人
「驚きすぎじゃない!?」
アヤネ
「えっと……あなたは?」
大道芸人
「見ての通り、大道芸人!」
「この駅で一番元気な人!」
ミハル
「自己申告なのね」
大道芸人
「大事でしょ自己評価!」
(軽くステップ、回転など)
大道芸人
「はい拍手ー!」
フウカ
「いや誰もしてない!」
大道芸人
「じゃあ自分でやる!」
(自分で拍手)
フウカ
「強いなこの人」
大道芸人
「で、君たちさ」
一拍。
「“使命”あるんでしょ?」
三人、止まる。
アヤネ
「……知ってるの?」
大道芸人
「この駅に来るってことは、そういうこと!」
ミハル
「どういうことかは分からないのね」
大道芸人
「細かいことは気にしない!」
「でもヒントはあげるよ!」
フウカ
「出たヒント系」
大道芸人
「さあさあ」
「次に進む人は進む!」
「止まる人は……まあ止まる!」
フウカ
「雑!」
アヤネ
「……」
一歩前に出る。
ミハル
「行くのね」
アヤネ
「うん」
(場面転換)
(布や衣装が並んだ空間)
フウカ
「うわ、急に雰囲気変わった」
ミハル
「……衣装?」
アヤネ
「お店……みたい」
衣装屋
「いらっしゃいませ!」
フウカ
「また出た!」
衣装屋
「ここは“選ぶ人のための場所”です!」
衣装屋
「どんな自分になりたいですか!?」
アヤネ
「え……」
衣装屋
「強い人? 優しい人? それとも――」
一拍。
「今のままの自分?」
衣装屋
「あなたは、どうする?」
アヤネ
「……」
一瞬迷う。
「……まだ分からないです」
衣装屋
「それでいいです!」
「選ぶ準備ができてるってことなので!」
衣装屋
「この先で、きっと選べます!」
「その時は、ちゃんと“自分で”選んでくださいね!」
フウカ
「……なんだったんだろうね」
アヤネ
「大道芸人に、衣装屋さんに……」
ミハル
「全部、繋がってる気はするけど」
(静かに現れる)
占い師(音羽)
「……聞こえる」
フウカ
「うわ出た!」
アヤネ
「……誰ですか?」
占い師
「声を見る者」
占い師
「言葉じゃない」
「その“声”で分かる」
ミハル
「……声?」
占い師
「迷いも、決意も」
占い師(アヤネの声色で)
「……大丈夫かな」
アヤネ
「え……今の……」
占い師
「あなたの声」
占い師
「大丈夫だって!」
フウカ
「ちょ、それ私!」
占い師
「軽い声の奥に」
一拍。
「止まってる足」
占い師(ミハルの低い声で)
「観察するだけじゃ」
「何も変わらない」
ミハル
「……」
アヤネ
「……それで」
「どうすればいいんですか」
占い師
「簡単」
一拍。
「その声のまま、進むか」
「変えるか」
(静かに後ろへ下がる)
占い師
「声は、嘘をつかないから」
(消える)
(暗転→明転)
(再び列車内)
フウカ
「……戻ってきた?」
アヤネ
「さっきの席だ」
ミハル
「でも……」
「少し違う」
七海
「――まもなく、終着駅に到着いたします」
三人、顔を上げる。
七海
「本列車の運行は、まもなく終了いたします」
第三幕 終着駅へ
一拍。
フウカ
「終着……?」
七海
「お客様は、到着までに」
「“選択”を完了してください」
一瞬の静寂。
七海
「未選択のままのご到着は、保証いたしかねます」
(車内アナウンスが終わる)
静寂。
フウカ
「……終着駅って」
アヤネ
「ここで終わるってこと?」
ミハル
「……来るわね」
(奥に人影)
アリス
「――ようこそ」
三人、振り向く。
フウカ
「また新キャラ!?」
アリス
「終着駅へ」
アヤネ
「……あなたは?」
アリス
「案内人よ」
「ここまで来た人を、迎える役」
ミハル
「……乗客じゃないのね」
アリス
「ええ」
一拍。
「この列車に“乗る側”ではないから」
フウカ
「じゃあ何者なの!?」
アリス
「簡単よ」
一歩前に出る。
「この列車を見ている側」
アヤネ
「……この列車って」
アリス
「私のもの」
アリス
「さて」
「あなたたち」
「“選ぶ準備”はできた?」
アリス
「どの自分で進むのか」
「選びなさい」
静寂。
三人、動かない。
アヤネ
「……私は」
一歩前に出る。
「演じたい」
一拍。
「いろんな自分をやってみたい」
「怖くても」
「ちゃんと、自分で選んで」
フウカ
「……はー」
「やっぱ逃げるのナシかあ」
一拍。
「でもさ」
「ここまで来たし」
「続けたい」
少しだけ笑う。
「三日でやめるの、やめてみる」
ミハル
「……私は」
一拍。
「見ているだけでは、足りないと分かりました」
「だから」
「選びます」
アリス
「……そう」
一拍。
「それが答え」
(暗転)
(スポットライトが順に灯る)
車掌
「いい選択だ」
少しだけ柔らかく。
「ちゃんと前を見てる」
ミステリア(唯香)
「あなたたち、もう迷っていないわね」
「とても綺麗な選び方だった」
おばあさん(みこ)
「人はね」
「選んで、進んで、変わっていくんだよ」
「いい顔してる」
販売員(紗里)
「はいおめでとうございまーす!」
「ちゃんと選べましたー!」
「いい買い物したね!」
大道芸人
「ナイス決断!」
「そのまま突っ走れー!」
衣装屋
「似合ってるよ」
「その“選んだ自分”」
占い師(音羽)
「……その声」
「間違っていない」
アリス
「これで終わり」
一拍。
「あなたたちの旅は」
(全員が揃う)
全員
「おめでとう」
(全員の「おめでとう」のあと)
少しだけ静けさ。
そのとき。
「――終着です」
聞き覚えのある声。
三人が振り向く。
そこに立っていたのは、七海だった。
フウカ
「え、アナウンスの人!?」
七海
「そういう役」
淡々とした返し。
でも少しだけ柔らかい。
アヤネ
「……七海先輩」
七海
「いい旅だったね」
一拍。
「ちゃんと選べたなら」
「もう迷わない」
少しだけ視線を上げる。
「ここから先は、現実でも同じ」
三人を見る。
「――おめでとう」
(暗転→明転)
(最初の駅)
フウカ
「……あれ?」
アヤネ
「戻ってる」
ミハル
「さっきの……」
フウカ
「夢?」
アヤネ
「……どうだろ」
ミハル
「でも」
一拍。
「何かは、残ってる」
⸻
アヤネ
「……私」
一歩前に出る。
「やってみる」
「いや、やる!」
「ちゃんと、自分で選んで」
⸻
フウカ
「……三日でやめるの」
一拍。
「今回は保留で!」
少し笑う。
⸻
ミハル
「……観るだけではなく」
「関わることにします」
⸻
(少しだけ静けさ)
アヤネ
「……行こうか」
フウカ
「うん」
ミハル
「ええ」
⸻
(三人、前に歩き出す)
(遠くで、かすかに汽笛の音)
(暗転)
やがて、拍手。
ゆっくりと明転すると、舞台の上には演劇部の全員が並んでいた。
三年生、二年生、そして一年生。
十二人。
少しだけ照れたような空気の中、前に出たのは一年生の三人だった。
綾音が一歩前に出る。
「……ありがとうございました」
一拍。
「これからも、自分で選んで進みます」
小さく頭を下げる。
続いて風花が前に出る。
「どうもー!」
手を振る。
「三日でやめる予定だったんですけど」
一拍、にっと笑う。
「もうちょい続けます!」
客席に小さな笑いが広がる。
最後に美春が前へ出た。
「ご観劇、ありがとうございました」
静かな声。
「この舞台が、誰かの“選択”のきっかけになれば幸いです」
ゆっくりと一礼する。
三人が下がると、二年生が少しだけ前に出る。
りんかが笑う。
「ここからもっと面白くしていきます!」
音羽が静かに続ける。
「声も、ちゃんと届けていきます」
まひるが頷く。
「衣装も、楽しみにしててください!」
三人が軽く頭を下げる。
続いて三年生が前に出る。
紗里が手を振る。
「まだまだやることいっぱいあるからねー!」
みこが短く言う。
「変わる瞬間、見逃さないで」
唯香が穏やかに微笑む。
「これからも、演じ続けます」
アリスが静かに目を細める。
「舞台は、まだ終わらない」
そして最後に、七海が一歩前に出る。
「物語は、これからも続きます」
短く、それだけ。
三年生が一歩下がる。
静かな間。
最後に、ひのりが前へ出た。
少しだけ息を整えて、客席を見る。
「本日は、ご観劇ありがとうございました!」
明るい声。
「演劇部は、これからも――」
一拍。
「いろんな物語を、ここから作っていきます」
後ろの部員たちをちらりと見る。
そして、もう一度前を向く。
「これからも、よろしくお願いします!」
ひのりが頭を下げる。
それに合わせて、全員が一斉にお辞儀をした。
「ありがとうございました!」
声が揃い、拍手が、大きく広がっていき、十二人はゆっくりと顔を上げた。
こうして、3年目の演劇部としての初公演を無事に終えたのだった。
続く。




