第十六幕 打ち上げ、そしてお別れ
文化祭が終わった日の夕方。
演劇部の十二人と音屋先生、晴山先生は、学校近くのファミリーレストランに集まっていた。
動画撮影部とは後日改めて合同で打ち上げをする予定で、今日は演劇部だけの集まりだった。
テーブルには料理やジュースが並び、文化祭を終えた開放感もあって、話は尽きない。
「それにしても、文化祭も三回目かあ」
ひのりがジュースを飲みながら呟いた。
「三年前の文化祭、覚えてる?」
「忘れるわけないでしょ」
七海がすぐに答える。
「文化祭で劇をやる気満々だったのに、体育館が使えないって分かった時でしょ」
「あれは絶望したよ!」
ひのりが大げさに頭を抱える。
「文化祭といえば舞台! スポットライト! 最後にみんなで『ありがとうございましたー!』ってやりたかったのに!」
「本当に落ち込んでたよね」
紗里が笑う。
「教室も使えない、中庭も使えない。それで演じる場所がなくなっちゃったんだよね」
「それで、みこが言ったんだっけ」
唯香がみこを見る。
「『だったら映画は?』って」
「あー……言ったね」
みこが少し照れながら笑う。
「舞台がないなら、校舎で撮って上映すればいいんじゃないかなって」
「それで動画撮影部まで巻き込んだのよね」
「学校全部を舞台にしちゃえばいい! って!」
ひのりが得意げに言う。
「それ言ったのひのりだけど、映画を言い出したのはみこだからね」
「分かってるよ!」
笑いが起こる。
「しかも、あの時にひのりが正式に部長になったのよね」
七海が続ける。
「そうだった!」
「忘れてたの?」
「忘れてないよ!」
また笑いが起こった。
りんかたち後輩は、三年生たちの話を楽しそうに聞いている。
「それが最初の映画だったんですね」
綾音が言う。
「そう。そして三年生になって、また映画」
紗里が笑った。
「今度は五人じゃなくて、十二人でね」
「なんか一周回った感じするね!」
ひのりが嬉しそうに言う。
すると、りんかが身を乗り出した。
「じゃあ二年目は?」
一瞬。
ひのりたちの視線が、アリスへ向いた。
「……何よ」
アリスが眉をひそめる。
「いやあ……」
りんかが笑う。
「あれはすごかったよねー」
「本当にね」
音羽も苦笑する。
「演技なのか、本気で喧嘩してるのか分からなかったもん」
「実際、本音だったじゃない」
七海が言う。
「台本はあったけど、言ってることはほとんど自分たちの気持ちだったし」
アリスは少し気まずそうにジュースへ視線を落とす。
「……あの時は、私もどうかしていたわ」
「でもさ」
ひのりが笑った。
「あれ、演劇部だったからできたんだよね」
アリスが顔を上げる。
「普通だったら、喧嘩して、言いたいこと言って、それで終わってたかもしれない」
ひのりは続ける。
「でも私たち、舞台で全部ぶつけちゃった」
「しかも文化祭のお客さんの前でね」
みこが笑う。
「なんかさ」
紗里がふと思い出したように口を開く。
「普通の部活ものだったら、スポーツなら試合の前に仲直りして、軽音部ならライブの前に仲直りして、それからみんなで本番を迎える感じじゃない?」
「……急にメタ発言するのやめてくれる?」
七海が呆れたように突っ込む。
「でも私たち、演劇部だからその本番の舞台でやっちゃったんだよね」
「確かに!」
ひのりが大きく頷く。
「仲直りしてから舞台に立ったんじゃなくて、舞台そのものを使って本音をぶつけ合ったんだ!」
「今考えるとすごいことやったよね」
みこが笑う。
「観客からしたら何を見せられてるんだって感じよ」
七海も苦笑する。
「でも、私はあれで良かったと思う」
音羽が言った。
アリスを見る。
「あそこで本気でぶつかったから、その後ちゃんと話せたんだと思う」
「……そうね」
アリスも静かに頷く。
「私も、あの舞台がなければ……ここにはいなかったかもしれないわ」
一瞬だけ静かになる。
しかし、ひのりがすぐに笑った。
「演劇って便利だね!」
「その結論でいいの?」
七海が突っ込む。
「だって、言えないことまで舞台なら言えちゃうんだよ?」
「まあ……それはそうかも」
紗里が笑う。
一年目。
舞台を使えなかったから、映画を作った。
二年目。
言葉だけでは解決できなかったから、舞台でぶつかり合った。
そして三年目。
後輩たちと十二人で、もう一度映画を作った。
「こうして並べると、毎年全然違うね」
唯香が言う。
「でも、全部私たちらしい気もする」
「うん!」
ひのりが大きく頷いた。
「予定通りにならなくても、その時できることをみんなでやってきたんだよ!」
七海が少し笑う。
「それだけ聞くと、ずいぶん立派な部活みたいね」
「立派な部活だよ!」
「自分で言う?」
テーブルを囲んで、また笑い声が広がった。
三年間。
同じ文化祭は、一度もなかった。
けれど、振り返ればそのすべてが、今ここにいる彼女たちへとつながっていた。
笑いが落ち着いたところで、それまで話を聞いていた音屋先生が口を開いた。
「先生から見ると、本当に大きくなったと思うわ」
ひのりたちが音屋先生を見る。
「最初は五人だったものね。練習する場所も、文化祭で発表する場所も、自分たちで探して。それでも何かやりたいって、いつもみんなで考えてた」
「懐かしいなあ」
ひのりが笑う。
「二年生になって後輩が入ってきて、今度は教える側になって。色々あったけど、それも含めて演劇部だったと思う」
音屋先生は、テーブルを囲む十二人を見渡した。
「そして今年は、もう先生が何か言わなくても、みんな自分たちで動けるようになってた。今日だってそう。三年生は映画の準備、二年生と一年生は多目的室。それぞれ別の場所にいても、ちゃんと演劇部として文化祭を作れてた」
「先生にそう言われると、なんか照れるね」
紗里が笑った。
「私は嬉しいわよ。三年間ずっと見てきたから」
その言葉に、ひのりたち五人の表情が少しだけ柔らかくなる。
「晴山先生は?」
みこが尋ねる。
「私?」
晴山先生は少し考えてから、ジュースのグラスを置いた。
「私は今年からだから、昔の演劇部は知らないのよね」
「そうですよね」
「でも、だからこそ思うこともあるわ」
晴山先生はりんかたちや一年生にも目を向ける。
「最初に見た時から、ずいぶん出来上がった部活だと思ってた。三学年が普通に一緒にいて、先輩後輩で壁があるわけでもない。それぞれ性格も考え方も全然違うのに、ちゃんと一つの部になってる」
「出来上がった部活……」
ひのりが呟く。
「ええ。でも今の話を聞いてたら、最初からそうだったわけじゃないのね」
晴山先生が笑う。
「五人しかいなかった頃があって、舞台が使えなくて映画を作ったり、本番で本気のぶつかり合いをしたり。その積み重ねがあって、私が今年見た演劇部になったんだなって」
「そう言われると、なんかすごい歴史がある部活みたい!」
「三年しかないけどね」
七海がすぐに突っ込む。
「でも、三年あれば十分よ」
音屋先生が笑う。
「だって、その三年間で十二人まで増えたんだから」
ひのりは改めてテーブルを見渡した。
三年前にはいなかった顔が、今では当たり前のようにそこにいる。
「……そっか」
そして嬉しそうに笑った。
「私たち、本当に演劇部作ったんだね」
⸻
その言葉に、最初の五人が顔を見合わせた。
すると、それまで静かに話を聞いていたアリスが口を開いた。
「……私も、少しいいかしら」
「もちろん!」
ひのりが答える。
アリスはテーブルを囲むみんなを見渡した。
「私は、この演劇部に来た時……みんなのやり方が理解できなかった」
一年前。
勝つことにこだわり、自分のやり方を押し通そうとしていた頃のことだった。
「楽しいだけでは上には行けない。もっと厳しくするべきだと思っていた。だから、みんなにもそれを求めた」
アリスの視線が音羽へ向く。
「その結果、人を傷つけた。自分も傷ついた」
音羽もその視線を受け止める。
「でも、あの文化祭で全部ぶつけ合って……その後も、私はここにいさせてもらった」
「追い出す理由なんてないじゃん」
ひのりが当たり前のように言った。
アリスは少し笑う。
「あなたは、そういう人だったわね」
「え?」
「どれだけぶつかっても、最後には手を差し出してくる」
「だって仲間だもん!」
「……そうね」
今度は音羽が口を開いた。
「私も、色々あったけどさ」
少しだけ間を置く。
「今はアリスと一緒に演劇できて良かったって思ってるよ」
「音羽……」
「だから、もう謝るのは禁止」
「そんな決まり、いつできたの?」
「今」
「勝手ね」
そう言いながら、アリスも笑った。
「でも……ありがとう」
そして改めて、みんなを見る。
「りんかたちと一緒に演じて、今年は綾音たちも入ってきた。気がつけば、私まであなたたちと一緒に騒ぐのが当たり前になっていたわ」
「アリスもだいぶ舞風に染まったよね!」
りんかが笑う。
「あなたにだけは言われたくないわ」
「なんで!?」
また笑いが起こる。
その笑い声が落ち着くのを待って、アリスは続けた。
「ひのり、七海、紗里、みこ、唯香。りんか、音羽、まひる。そして綾音、風花、美春」
一人ずつ、確かめるように名前を呼ぶ。
「みんなと演劇ができて良かった」
今度は誰も茶化さなかった。
「私はここで、勝つことだけじゃない演劇を知った。誰かと一緒に作ることも、失敗することも、ぶつかることも……それでも、また一緒に笑えることも」
アリスは少しだけ微笑んだ。
「舞風学園に来て、この演劇部に出会えて良かったわ」
「アリスさん……」
ひのりが目元を押さえる。
「ちょっと、泣かないでよ」
「だって今のは泣くところだよ!」
「まだ帰国しないんだけど」
「それはそうだけど!」
「本番は空港でしょ」
七海がさらっと言う。
「本番って何よ」
アリスが思わず突っ込む。
最後はまた、いつもの笑い声になった。
文化祭は終わった。
けれど、アリスとの時間はもう少しだけ残っている。
そして数日後。
今度こそ本当に彼女を送り出す日がやってくる。
舞風学園演劇部の十二人は、空港へ向かうことになる。
それから数日後。
空港の出発ロビー。
大きなスーツケースを横に置いたアリスの前に、演劇部のみんなが集まっていた。
「……本当に帰っちゃうんだね」
ひのりが寂しそうに言う。
「ええ。最初から決まっていたことでしょう?」
「分かってるけどさあ……」
「文化祭の時からずっとそれ言ってるよね」
七海が苦笑する。
「だって寂しいものは寂しいんだよ!」
いつものやり取り。
けれど、今日はみんなの笑い方がどこかぎこちなかった。
りんかがアリスのスーツケースを見る。
「アリス、本当に全部入ってる?」
「入ってるわよ」
「忘れ物ない?」
「あなたじゃないんだから」
「ひどい!」
「でも、りんかならやりそう」
音羽が言う。
「音羽ちゃんまで!?」
笑いが起こる。
いつもと変わらない。
最後まで、そうしていたかった。
やがて搭乗案内のアナウンスが流れた。
アリスが時計を見る。
「……そろそろ行かないと」
その一言で、笑い声が止まった。
「そっか……」
綾音が呟く。
「アリスさん」
「何?」
「短い間でしたけど……一緒に演劇できて、本当に良かったです」
風花と美春も頷いた。
「私も」
「もっと一緒にやりたかったです」
「ありがとう」
アリスは三人に微笑む。
「あなたたちの舞台、いつか見てみたいわ」
「はい!」
りんかがすぐに手を上げる。
「じゃあ来年の文化祭、絶対来てよ!」
「簡単に言わないで。どれだけ遠いと思ってるのよ」
「配信すればいいじゃん!」
「それなら見られるわね」
「よし!」
まひるが笑う。
「離れてても、演劇部のこと忘れないでね」
「忘れるわけないでしょう」
そして、音羽と目が合った。
「……元気でね、アリス」
「あなたも」
それだけだった。
けれど、二人にはそれで十分だった。
去年、舞台の上で本気の言葉をぶつけ合った二人が、今はこうして笑って別れようとしている。
アリスは三年生の五人を見る。
「あなたたちにも、本当に感謝してる」
「私たちもだよ」
紗里が笑う。
「アリスが来てから、演劇部も色々変わったよね」
「色々ありすぎたけどね」
みこも笑った。
「でも、楽しかった」
唯香はアリスをまっすぐ見る。
「向こうでも演劇は続けるの?」
「もちろん」
アリスは迷わなかった。
「なら、またどこかの舞台で会えるかもしれないわね」
「ええ」
その言葉に、アリスは嬉しそうに頷いた。
そして最後に、ひのりを見る。
「ひのり」
「……うん」
さっきまで笑っていたひのりは、もう泣きそうになっていた。
「あなたには、本当に振り回されたわ」
「最後にそれ!?」
「思いついたらすぐ行動するし、無茶なことを言い出すし、何度言っても止まらないし」
「そんなに!?」
「でも――」
アリスが笑う。
「あなたが部長だったから、私はここにいられたんだと思う」
ひのりの表情が止まる。
「私が一番面倒だった時も、あなたは諦めなかった」
「……だって」
ひのりの声が震える。
「アリスも演劇部だったから」
「ええ」
アリスが頷く。
「ありがとう、部長」
「……っ」
とうとう、ひのりの目から涙がこぼれた。
「もう! それはずるいよ!」
「何がよ」
「そんなこと言われたら泣くじゃん!」
ひのりが泣きながら笑う。
「アリスー!」
「ちょっと――」
ひのりがアリスに抱きついた。
一瞬驚いたアリスだったが、やがて静かにひのりの背中へ腕を回す。
「……本当に、最後まであなたらしいわね」
「また会おうね……絶対だよ……!」
「ええ」
「また一緒に演劇しよう!」
「ええ。約束するわ」
それを見ていたりんかも目元を拭う。
「やばい……私も無理……」
「泣いてるじゃん」
「音羽ちゃんだって!」
「泣いてない」
「目赤いよ!」
「うるさい」
紗里も、みこも笑いながら目元を拭っていた。
七海は何も言わず、少しだけ顔をそらす。
「七海ちゃんも泣いてる!」
「泣いてない!」
「絶対泣いてる!」
「ひのり、うるさい!」
涙と笑い声が入り交じった。
やがて、アリスはひのりから離れる。
「じゃあ……行くわね」
「うん」
アリスがスーツケースを引いて歩き出す。
何歩か進んだところで、立ち止まった。
そして振り返る。
「みんな!」
十一人がアリスを見る。
アリスは大きく手を振った。
「ありがとう!」
「アリスー!」
ひのりも思い切り手を振る。
「またねーっ!」
りんかも、綾音も、みんなが手を振る。
アリスは最後にもう一度笑って、出発口の向こうへ消えていった。
姿が見えなくなっても、ひのりはしばらくその場所を見つめていた。
「……行っちゃった」
「うん」
七海が隣に立つ。
舞風学園で過ごした、たった一年。
最初は誰よりも遠いところにいた少女が、いつの間にか大切な仲間になっていた。
そして今度は、本当に遠い場所へ帰っていく。
けれど――。
「また会えるよね」
ひのりが言った。
「本人が約束したんだから、会えるでしょ」
七海が答える。
「うん!」
ひのりは涙を拭って笑った。
十一人は、もう一度だけアリスが消えていった出発口を振り返る。
一年間だけ舞風学園演劇部にいた、十二人目の仲間。
その姿はもう見えなかった。
それでも、十二人で過ごした時間までなくなるわけではない。
それはきっと、これから先も。
それぞれが別の舞台へ進んだあとも――
ずっと残り続ける。
続く。




