後編
最近、彼女の様子が変だ。
彼女というのは、つい最近俺の恋人になったばかりのかわいいソフィー。せっかく長い片思いを実らせて両思いになれたと思ったのに、なんだか彼女は俺と一緒にいても上の空なことが多い。
ソフィーに恋をしたのがいつか、と問われると難しい。多分、何か大きなきっかけがあったわけではない。ただいつもクラスで友達と楽しそうに話している彼女が何だか眩しくて、気がつけば目で追っていた。
だが、彼女への恋愛感情を自覚したきっかけははっきりと覚えている。
あの日俺は教室に向かって歩いていて、その途中で大量のノートを持ってふらふら歩いているソフィーの後ろ姿が見えた。手伝いを申し出ようか迷っていると、彼女が向こうから歩いてきた生徒とぶつかった。そして運んでいたノートをすべて床に落としてしまう。
ノートを拾い集めるのを手伝った俺に、少し涙目になっていた彼女は「ありがとう」と言って笑ってくれた。
その時俺は、思ったのだ。この笑顔を俺だけに向けて欲しい、と。
そこで初めて、はっきりと自分の気持ちを自覚した。
それ以来なんやかんやと話しかけてくれるようになったソフィー。友達くらいの関係にはなれたものの、恋人になるための方法なんて分からず、気付けば一年。
そろそろ何か行動を起こさないと……と悩んでいた時、図書館で偶然彼女の姿を見かけた。
集中しているみたいだし話しかけないほうがいいだろうな、と通り過ぎようとしたが、彼女が読んでいる本の内容にふと目が止まる。
……惚れ薬?
いぶかしく思った瞬間、本を閉じて立ち上がる彼女。
話しかけると、さっき読んでいた本を背後に隠された。まあなんの本かは知ってるんだけどね。
彼女はこそこそと本を隠しながら図書室を出て行った。
そのあと寮の自室に戻ったあともなんだか引っかかって、彼女のことを考えていた。
惚れ薬について調べていたようだけれど、まさか調合しようとしているんじゃないだろうか。だとしたらそれは……好きな相手に飲ませるため?
興味本位で調べていたという可能性もあるし、そもそも俺が見たときたまたまそのページだったというだけで、惚れ薬について調べていたわけではないということもありえる。
そう思うものの、どうしても悪い想像が止まらず、俺は魔法薬調合室に向かうことに決めた。そこに彼女がいないことを確認すれば、単なる妄想として片付けられると思ったのだ。
いつもつけている眼鏡は外していくことにした。
彼女が惚れ薬を調合して好きな相手に飲ませようとしているだなんて、きっと彼女との距離が縮まらないことへの焦りから生まれた妄想だ。
だけどもし、もしもそうじゃなかったとしたら、その時は。
果たして、彼女は調合室にいた。
しばらく部屋の外にいると、彼女の「やったー!」という声が聞こえ、俺は見えないところに隠れた。そして偶然を装い寮に戻る彼女に声をかける。偶然というのは苦しい気がしたが、仕方ない。
「何か用事?」
そう聞きながら、彼女の目を見つめると、彼女は図書館の時のようにはごまかさず答えた。
「うん、魔法薬の調合をしてたの」
それは知ってるんだけどね、さっき見たから。
俺が本当に知りたいのは君がその魔法薬をなんのために作ったのか、誰に飲ませようとしてるかなんだよ、ソフィー。
にこりと笑いながら目を合わせればそれだけで、彼女は俺に嘘がつけなくなる。さあ、君の想う男を俺に教えて。
高い魔力を持つ人間がたまに持つ能力、目を合わせるだけで人の心を意のままに操る力。それを俺もまた生まれた時から備えていた。
もちろんそんな力が乱用されては危険きわまりないわけで、俺は幼少期からその力をむやみに使わないよう言い聞かされて育てられた。感情の高ぶりで無意識に魔法が発動しないよう常に気を使わなければならないし、もし発動しても影響を抑えられるようにあの眼鏡もいつもつけていなければならない。
煩わしいだけの能力だと思っていたけど、こんなところで役に立つとはね。
「そうなんだ。それってもしかしてそれのこと? 図書館でも何か魔法薬について調べてたよね」
「そうなの、実は惚れ薬について調べてて」
やっぱり、その薬は惚れ薬なんだね。君が惚れ薬を飲ませたいと思うくらいに好きな男は一体誰?
そして、彼女が続けた言葉は想像もしていないものだった。
「あの、これ惚れ薬なんだけど、ロイ君に飲んでもらいたくて調合したの。飲んでほしい……」
その瞬間、彼女は自分が発した言葉にびっくりしたように固まったが、驚いて動きが止まったのは俺も同じだった。
え、俺?
彼女は今、この惚れ薬を俺に飲んで欲しいと言った。つまり、彼女が惚れ薬を飲ませたいほどに好きな男というのは、俺。
俺は固まっている彼女の手から小瓶を受け取り、中身を飲み干した。惚れ薬なんて飲んだことはないし体にどんな影響があるのかもわからないが、彼女が俺のために一生懸命調合してくれた魔法薬を飲まないという選択肢はなかった。
「なんで飲んじゃったの!」
なぜか俺が惚れ薬を飲んでしまって慌てる彼女。だが「惚れ薬を俺に飲まそうとしたってことは、ソフィーは俺のことが好きなんだよね?」と聞くと、こくりと頷いてくれた。
俺も彼女のことが好きだったことを告白し、彼女を優しく抱きしめる。
こうして、可愛いソフィーは俺のものになった。
だが、最近彼女の様子がおかしいのだ。
せっかく両思いになれたと思ったのに、一緒にいる時どこか戸惑ったような様子を見せる。何か悩んでいるようだとは思いつつも、無理に聞き出すことはできないし、何もしてあげられない。
歯がゆい思いをしていたある日、図書館でまた彼女の姿を見かけた。
「ええ、こんな材料手に入らないよ。しかも材料があったとしても調合は最短で1ヶ月か……」
呟く声が聞こえ、よくないと思いつつ彼女の読んでいる本を除いてしまった。そこに載っていたのは、恋愛感情を抑制する魔法薬。
一体どうしてこんなものを?
その場は彼女に見つからないよう立ち去ったが、その時から俺の心の中にはある疑念が生まれた。
もしかしたら、彼女は恋愛感情抑制薬を俺に飲まそうとしているのではないか。
考えすぎであればいいと願っていたが、彼女は夜な夜な調合室で何か作業をしているし、どうやら休日に街に出ているのも魔法薬の材料を買い揃えているらしい。恋愛感情抑制薬の調合をしているのは間違いなさそうだ。
ある日の放課後、俺は彼女を寮の自室に誘った。「おいしいお菓子があるから」と言って。嘘ではないが、本当の目的はそれじゃない。
いつも少しぼうっとしていて、何かに悩んでいるようで、俺と一緒にいることに戸惑っている。これは、よく聞くあれではないのだろうか。「付き合い出したら思っていたのと違った」という。
彼女は俺を好きだと思っていたが、恋人になったらイメージと違い、どうしたら別れられるのかと悩んでいるのかもしれない。
確かめるのだ、彼女の真意を。
「わあ。ロイ君の部屋、きれいだね!」
にこにこしているソフィ。かわいいなと思いながら、用意していたお菓子を机に出した。お菓子を美味しそうに食べる彼女を眺めながら、眼鏡を外す。
「ねえソフィー。聞きたいことがあるんだ」
「え、なに?」
きょとんとした顔で首をかしげる彼女。
彼女が俺のことを好きではなくなってしまったというのならば、きっとそれを笑顔で受け入れるのが正しいのだろう。本当に彼女のことを想うなら。だけど俺にはできないかもしれない。
ごめん、ソフィー。
「ソフィーは最近、魔法薬調合室でよく作業してるよね。なにかを調合しているの?」
「うん、最近恋愛感情抑制薬を調合してるんだ。結構大変なんだけど」
「そうなんだ。なんのためにそんなものを作ってるの?」
その質問に対する彼女の答えは、俺が全く想像もしていないような不可思議なものだった。
「もしもロイ君が私を好きだって言ってくれるのが惚れ薬のせいだったら、恋愛感情を抑える薬が必要になるかもしれないと思って」
ん、何? どういうこと?
彼女の発言の意味がわからなくて色々聞くと、どうやら彼女は俺の彼女への気持ちが惚れ薬によって作られたものかもしれないと悩んでいたらしい。そしてもしもそうならば、恋愛感情抑制薬によって効果を抑えようと思っていたと、彼女は言った。
話を全部聞いて、俺は安堵感からつい笑ってしまった。
そうか、ソフィーは俺を嫌っているわけじゃなかった。むしろ、俺を想うからこそ調合が大変な魔法薬をわざわざ作ってくれようとしていたのだ。
「ああよかった。好きだよ、ソフィー」
彼女を抱きしめて、触れるだけのキスを落とした。
かわいいソフィー。
本当によかった。人の感情を魔法で操るなんて最低な行いだ。それをわかっていても俺は、君を自分のそばにとどめておくためならば最低な人間になることを躊躇わないだろう。今回の件でわかってしまった。
ずっと俺のそばにいて。
ちなみに、「俺の気持ちは惚れ薬によって作られたものではない」と彼女を納得させるのには、かなりの時間がかかった。
その後、ソフィーは感情操作系魔法薬の権威になります。