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転生して10歳のカフェ店主になった元・凄腕暗殺者〜至高の珈琲と暗殺術で、大切な孤児院を狙う悪党を容赦なく駆除します〜  作者: 黒崎 隼人


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第3話「陽だまりの孤児院と這い寄る毒蛇」

 昼を過ぎた頃、リゼはカフェの扉に小さく『一時休業』の札を提げた。

 よく晴れた青空から、突き刺すような強い日差しが降り注いでいる。

 彼女は籠を片手に持ち、東区の入り組んだ路地から表通りへと足を踏み出した。

 大通りは市場の熱気と人々のざわめきに満ちていた。

 香辛料のツンとくる匂いが鼻を突く。

 屋台から漂う焦げた肉の香ばしい匂いが風に乗って流れてくる。

 行き交う人々の熱気で、息が詰まりそうだった。

 石畳に反射する陽光が、目を細めたくなるほど眩しい。

 リゼは人混みを縫うように歩く。

 誰の肩にもぶつからない。

 足音を立てることもない。

 群衆の流れを正確に読み取る。

 最短の経路で目的の屋台へと向かった。

 果物屋の店先には、蜂蜜を塗ってこんがりと焼かれた焼き林檎が並べられている。

 表面の蜜が熱で溶け出していた。

 甘く濃厚な香りを周囲に放っている。


「おじさん、これを十個ください」

「おお、リゼちゃん。今日も孤児院への差し入れかい」


 顔なじみの店主が、目尻を下げて笑いかける。

 紙袋に詰められた焼き林檎を受け取る。

 ずっしりとした重みと温もりが手を通して伝わってきた。

 リゼは銅貨を丁寧に支払う。

 再び裏通りへと歩を進めた。

 果物屋の隣には、鉄を打つ鍛冶屋の工房があった。

 赤く焼けた鉄が叩かれる甲高い音が、一定のリズムで通りに響き渡っている。

 火炉から立ち上る熱気が、初夏の空気をさらに重くしていた。

 リゼは額ににじんだ汗を指先で拭う。

 周囲の様子を油断なく観察した。

 すれ違う人々の視線の向き。

 腰に帯びた武器の種類。

 歩き方から読み取れる職業や体調。

 すべての情報が、彼女の脳内で瞬時に処理される。

 危険度別に分類されていく。

 それは長年の暗殺者としての人生がもたらした、一種の呪いのような習性だった。

 だが、その能力があるからこそ、彼女はこの平和な日常を守ることができるのだ。

 王都の東区外れ。

 街の騒がしさから少し離れた場所に、その古びた石造りの建物はあった。

 かつて修道院だったと言うその建物は、外壁のあちこちが崩れかけている。

 緑色の蔦が壁面を這い回っていた。

 錆びついた鉄格子の門を押し開く。

 蝶番が軋む金属音が鳴った。

 前庭には雑草が生い茂っている。

 手入れが行き届いているとは言いがたい。

 だが、その庭には子供たちの明るい笑い声が響き渡っていた。

 泥だらけになって走り回る少年たち。

 木陰で花飾りを編む少女たち。

 ここは、身寄りのない子供たちが暮らす孤児院だ。

 リゼが孤児院に引き取られたのは、今から数年前のことだった。

 路地裏で倒れていた彼女を拾い、温かいスープを与えてくれた場所である。

 彼女にとって、第二の故郷とも呼べる大切な場所だった。


「リゼお姉ちゃんだ!」


 膝に擦り傷を作った少年レオが、一番に彼女に気づいて駆け寄ってきた。

 その後ろから、古い布人形を抱えた少女ミアが小走りでついてくる。

 子供たちが次々とリゼの周りに集まった。

 小さな手が彼女のエプロンを引っ張る。

 リゼの顔に、柔らかな笑みが浮かんだ。

 それは偽りではない、心からの笑顔だった。

 温かい紙袋を開ける。

 焼き林檎を一つずつ子供たちの手に渡していく。

 蜂蜜の甘い匂いに、子供たちの顔がパッと輝いた。


「わあ、すっごくいい匂い」


 ミアが両手で林檎を受け取り、顔をほころばせる。

 レオは我慢しきれない様子で、早速かぶりついた。

 熱々の蜜が口の周りにくっつくのも構わない。

 無我夢中で頬張っている。


「ゆっくり食べてね。まだ熱いから」


 リゼはレオの頭を優しくなでる。

 栄養状態が悪いためか、少しパサついた柔らかい髪の感触。

 それが手のひらをくすぐった。


「リゼ、今日も来てくれたのね」


 建物の入り口から、初老の女性が姿を現した。

 白髪交じりの髪を後ろで束ねている。

 質素な修道服を身にまとっていた。

 この孤児院を一人で切り盛りしている院長のマーサだ。

 彼女の顔には深い皺が刻まれている。

 長年の苦労を物語っていた。


「マーサ先生、こんにちは。お店が少し落ち着いたので、顔を見に来ました」


 リゼは籠を置き、深く一礼した。

 マーサは穏やかな目を細める。

 リゼを院長室へと招き入れた。

 院長室の壁紙はところどころ剥がれ落ちている。

 年季の入った木製の机と、来客用の粗末な丸椅子が置かれていた。

 マーサは欠けた陶器のカップに、薄いハーブティーを注ぐ。

 リゼの前に置いた。

 立ち上る湯気から、かすかなカモミールの香りが漂う。


「カフェの経営は順調そうね。あなたが立派に自立してくれて、私も嬉しいわ」


「先生のおかげです。……でも、先生。少しお疲れのようですね」


 リゼはカップを両手で包み込む。

 真っ直ぐにマーサの目を見つめた。

 マーサの目の下には暗い隈が落ちている。

 お茶を注ぐ手が、わずかに震えていたのをリゼは見逃さなかった。

 マーサは困ったように視線を落とす。

 小さく息を吐き出した。


「……実はね。最近、ガルド商会の者たちが頻繁にここへ来るのよ」


「ガルド商会、ですか」


「ええ。この土地を売り渡せと、強引に迫ってきていてね。もちろん断っているのだけれど」


 マーサの言葉に、リゼの青い瞳がわずかに冷たさを帯びる。

 ガルド商会。

 昨晩、自分のカフェに手下を送り込んできたならず者たちの元締めだ。


「昨日は、もし立ち退かないなら、火の不始末で建物が燃えてしまうかもしれないと……そう言われたわ」


「それは、立派な脅迫ですね」


「騎士団にも相談したの。でも、あの商会には有力な貴族の後ろ盾があるらしくて。証拠がないうちは動けないと言われてしまったわ」


 マーサは荒れた手で自分の膝を強く握りしめる。

 その手は小刻みに震えていた。

 行き場のない不安と恐怖が、彼女の小さな肩に重くのしかかっている。

 リゼはカップを机に置く。

 マーサの手の上に自分の小さな手を重ねた。


「大丈夫です、先生。ここは私にとっても大切な家ですから。何があっても、私が守ります」


「リゼ……ありがとう。でも、あなたは自分の身の安全だけを考えなさい。相手は恐ろしい連中よ」


 マーサの心配そうな声を聞き流す。

 リゼは静かに思考を巡らせた。

 ガルド商会の狙いは、カフェのある路地裏からこの孤児院に至る区画一帯の土地なのだろう。

 邪魔な住人を追い出し、彼らの都合の良い施設を建設するつもりなのかもしれない。


『私の大切な場所に火を放つというのなら』


 リゼの胸の奥底で、冷たい殺意が静かに渦を巻き始める。


『その前に、あなたたちの命の火を消して差し上げましょう』


◆ ◆ ◆


 孤児院を出たリゼは、陽の傾きかけた裏通りを歩いていた。

 建物の影が長く伸び、石畳を暗く染め始めている。

 歩き出して数分。

 リゼの聴覚が、背後からついてくる二つの不自然な足音を捉えた。

 人混みに紛れようとしている。

 だが、歩幅と重心の掛け方で素人だとすぐにわかる。

 おそらく孤児院を見張っていたガルド商会の手下だろう。

 リゼは立ち止まることなく、足の運びをわずかに速めた。

 交差点を右に曲がり、大通りの人波の中へと滑り込む。

 荷車を引く商人や、買い物客の群れを巧みに利用する。

 相手の視線が他のものに遮られる瞬間を正確に見計らう。

 ひらりと身を翻した。

 狭い路地へ入り込み、建物の隙間に身を潜める。

 数秒後、息を切らせた二人の男が角を曲がってきた。


「くそっ、どこに行きやがった。ただのガキだぞ」

「見失った。戻って報告するしかない」


 男たちは悪態をつく。

 来た道を引き返していった。

 リゼはその背中を冷ややかな目で見送る。

 自分の店だけでなく、孤児院にまで手を出そうとする連中。

 これ以上の猶予は与えられない。

 リゼは影から抜け出し、夕暮れの街へと静かに溶け込んでいった。

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