表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
資格を学んで人生やり直し  作者: 仕事が生きがい~結婚諦めた~
第四章 その資格の名前は後から付いてくる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/57

第四十八話 善意は、たいてい静かに線を越える

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

「念のため、入れておきました」


その一言を聞いたとき、男は反射的に否定しなかった。

否定するには、あまりにも自然な言葉だったからだ。


念のため。

その言葉は、現場で何度も人を救ってきた。

確認を怠らない姿勢。

抜けを防ぐ配慮。

慎重さの証明。


だからこそ、誰も疑わなかった。


だが男は、ゆっくりと画面を見直した。

共有された情報は、当初の利用目的から一歩だけ外れている。

致命的ではない。

けれど、はっきりと必要性を説明できるかと言われると、言葉に詰まる種類の逸脱だった。


個人情報保護士のテキストにあった章を思い出す。

**利用目的の特定と、目的外利用の禁止。**


その条文を、頭の中で何度も読んできたはずなのに、

現場に立つと、線は急に細くなる。


効率のため。

引き継ぎを楽にするため。

いざというときに困らないため。


理由はすべて、正しそうだった。


男は問いを、少しだけずらして投げた。


「もし、この情報が不用意に広がったら、

誰が、どこまで説明できますか」


場が静まる。

誰も悪意を持っていない。

だからこそ、誰も答えられなかった。


目的外利用の怖さは、

それが“悪いことに見えない”点にある。


制限をかけると、仕事が止まる。

縛ると、冷たいと言われる。

だから、人は自分の判断で線を踏み越える。


そして、その判断はたいてい善意だ。


男は、声を荒げなかった。

「ダメです」とも言わない。

代わりに、出発点を指さす。


「この情報、最初は何のために使うものでしたか」


利用目的を確認する。

そこから、一つずつ線をなぞる。


「その目的の中に、今の共有は含まれていますか」


誰かが、小さく首を振る。


「だったら、今やっていることは、

“良い判断”かどうかじゃなくて、

“別の判断”ですよね」


線を越えた、と言わない。

越えてはいけない、とも言わない。

ただ、**今いる位置を言語化する**。


それだけで、空気が変わる。


男が個人情報保護士の勉強で得たものは、

条文そのものではなかった。

それを現場に置き直すための、順番だった。


目的を確認する。

必要性を説明する。

代替手段を探す。

それでも必要なら、記録に残す。


これらを飛ばした判断は、

どんなに善意でも、個人に責任を押しつける。


男はそれを、線の外で何度も見てきた。


「もし、あとで問題になったら」


誰かが、ぽつりと言う。


その言葉に、男ははっきりと頷いた。


「そのとき、

“みんなのためにやった”じゃ、守れません」


守るのは、個人の覚悟ではない。

構造だ。


目的外利用を防ぐのは、

人を疑うためじゃない。

**人を一人で立たせないため**だ。


その場では、共有は取りやめになった。

代わりに、正式なルートが用意されることになった。


仕事は少しだけ遅くなる。

手間も増える。


だが男は知っている。

線を越えたまま進む仕事は、

いつか誰かに跳ね返る。


会議が終わり、机に戻った男は、

一枚のメモを残した。


「迷ったら、目的に戻る」


それはルールでも、規程でもない。

だが、判断を独りで抱え込まないための、合言葉だった。


善意は、線を越える。

だからこそ、善意に任せない。


男はそう定義し直した。


資格は、ブレーキではない。

暴走しやすい善意に、**減速の順番を渡す**ためのものだ。


目的を外れた瞬間、

守りは個人の勇気に依存する。


それを、仕組みに戻す。

ただ、それだけの話だった。


男は次の記録を開きながら、

自分がまた一つ、

線の外に立ったことを自覚する。


好かれるためではない。

責められないためでもない。


誰かが判断を誤らずに済む未来を、

少しだけ近づけるために。

お読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ