第三十八話 感情は、線の外に置く
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
その言葉は、不意に投げられた。
「それ、冷たくないですか」
会議が終わりかけた瞬間だった。
誰かのつぶやきに近い声。
だが、男の耳にははっきり届いた。
冷たい。
責めているわけでも、間違っていると言われたわけでもない。
**感情の温度についての評価**だった。
男は、すぐに否定しなかった。
「どういう意味で、そう思いました?」
問い返すと、その場の空気が少し固まる。
言った本人も、軽く後悔している顔だった。
「……いや、判断としては分かるんです。
でも、もう少し寄り添えたんじゃないかなって」
寄り添う。
それも、正しい言葉だ。
男は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「寄り添うのは、必要だと思う」
一同がこちらを見る。
「でも、
**判断そのものに感情を載せると、線が動く**」
誰も口を挟まない。
「今回は、線を越えた事実があった。
戻れなかった判断もあった。
だから、残すことを優先した」
冷たいと思われても、
そこは譲れない。
「感情は、線の内側に入れない」
それは、自分への確認でもあった。
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会議が終わり、廊下を歩く。
先ほどの発言をした相手が、
背後から声をかけてきた。
「さっきは……すみません」
男は立ち止まり、振り向く。
「謝ることじゃない。
大事な視点だ」
少し間を置いて、続ける。
「ただ、
感情で線を動かすと、
次に判断する人が迷う」
相手は、静かに頷いた。
「線は、冷たく見えるくらいでちょうどいい。
その代わり――」
男は、自分の胸を軽く指で叩く。
「**感情は、引き受ける**」
判断の外で。
後から。
人として。
それが、
線を管理する側の役割だと、
男は思っていた。
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夕方、机に戻る。
今日一日で、
誰かを少し遠ざけたかもしれない。
誤解されたかもしれない。
それでも、
判断は歪んでいない。
守ったのは、
自分の評価ではなく、
**次に迷う人の足場**だった。
資格を取った理由が、
男の中で、さらに一段深く沈んでいく。
「優しさ」と「曖昧さ」を切り分けながら、
静かに――しかし確実に、核心へ近づいていく。
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