第十三話 申し込みボタンを押した理由は、勇気じゃなかった
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
申込み画面は、
思っていたよりも静かだった。
派手な色も、
煽る言葉もない。
名前。
連絡先。
受験区分。
ただ、入力欄が並んでいるだけだ。
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男は、
画面を前にして深呼吸をしなかった。
気合も入れなかった。
覚悟を言葉にもしなかった。
必要なのは、
“思い”じゃないと分かっていたからだ。
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ここ数日、
頭の中で同じ言葉が繰り返されている。
「それ、誰が判断しますか」
「最終的に確認、お願いできます?」
「一度見てもらえると助かります」
どれも、
頼まれていないのに、
拒まれもしない言葉だ。
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期待されている――
そう言い切るのは、まだ怖い。
だが、
“置かれている”のは確かだった。
誰も説明しない。
誰も命令しない。
ただ、
**空席が、自然と男の正面にある。**
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申込みをすれば、
何かが変わるだろうか。
たぶん、変わらない。
明日も仕事は続く。
問いも、責任も、減らない。
それでも、
「申し込まない理由」は、
今日、完全に尽きていた。
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自信がない。
それは本当だ。
だが、
自信があるから進む道ではない。
**立ち止まる理由が、
もう守るべきものにならなくなった。**
それだけだ。
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男は、
マウスを動かし、
ボタンの上にカーソルを置く。
怖さは、
やはり消えない。
だがそれは、
後ろに引く怖さではなかった。
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“登録する”
押した。
音もなく、
画面が切り替わる。
完了の文字が出ても、
胸は高鳴らない。
ただ、
静かに一つ、線を越えた感覚があった。
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勇気じゃない。
決意でもない。
**「ここに座っている以上、
この順番は避けられない」**
それを、
淡々と受け入れただけだ。
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拾われた男は、
席を立たなかった。
逃げもしなかった。
資格は、
肩書きのためじゃない。
今、自分の前に置かれている
問いに対して、
**黙らずに立ち続けるための、
最低限の準備**だと、
ようやく飲み込めただけだった。
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