第9話『祖父、再び』
夏祭りから一週間。
あの日のダンスの動画は、SNSで大きくバズっていた。
「見てこの再生数!四十万超えてる!」
響がスマホを見せると、桑原が口笛を吹く。
「“#下駄ダンス”ってタグまでできてんじゃん。祭りの屋台より賑わってるな」
鼓太は少し照れくさそうに笑いながら、下駄工房の棚を拭いていた。
普段は静かな荒瀬下駄店にも、ぽつぽつと見学者や問い合わせが入るようになっていた。
しかし、その奥――作業場の隅で、祖父・荒瀬誠一は黙々と木を削っていた。
(……にわか騒ぎだ。どうせすぐ消える)
そう呟きながら、彼はすでに何度もその動画を見返していた。
孫の足が鳴らす音。
あれは確かに、かつて自分が目指した“響く音”に近い。
「……馬鹿が。そげん格好つけんでもええっちゃに」
その目は、少し潤んでいた。
その夜、誠一は一人で軽トラックに乗り込み、日田の町を出た。
行き先は、高校ダンス甲子園 九州予選大会の2回戦。
「見に行くだけじゃ、何も言うまい」と小さく呟いて、アクセルを踏んだ。
* * *
大会当日。
会場の裏手、響と桑原は緊張気味に着替えを済ませていた。
「今日の対戦校、めちゃレベル高いらしいよ。昨年ベスト4」
「ビビっても仕方ないやろ。下駄でやるって決めたんやけん、堂々と行こうや」
鼓太はそう言って響の下駄の紐を結びなおした。
一方、観客席の後方。
誠一は帽子を深くかぶり、そっと座っていた。誰にも気づかれぬように、静かに、静かに。
「続いては、日田市代表、“響鼓”のパフォーマンスです!」
照明が落ち、太鼓の音が鳴る。
ドン……ドンッ!
そのビートに乗せて、下駄が舞台を鳴らし始めた。
カッ、カン、カコッ、カッ!
響の踊りはしなやかに、そして鋭く。
鼓太の足音は深く、力強く。
そして桑原の太鼓は、ふたりの音に寄り添うように空間を揺らす。
誠一は、その音に打たれていた。
(下駄は……こんなにも自由に、こんなにも強く、鳴るのか)
40年、木を削り、歯を打ち続けた手が、小さく震えた。
彼は最後の一拍が鳴った瞬間、そっと目頭を押さえた。
拍手と歓声の渦の中、誰にも気づかれずに席を立った。
* * *
試合後、会場の外。
鼓太が出入口の影に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「じいちゃん……!」
誠一は立ち止まる。振り返らずに、ただ一言。
「……立派やった。お前の足音、よう響いとった」
「……!」
「礼を言うわけじゃなか。……ありがとうな」
そう言って、誠一は帽子を深くかぶり直し、軽トラに乗り込んだ。
エンジンの音とともに、静かに去っていった。
しばらくその場に立ち尽くしていた鼓太は、ふと空を仰いだ。
夕焼けの空に、まだ自分の下駄音が残っているような気がした。
(届いた……俺の足音)