番外編 けも耳の誘惑(レンドール視点)
最近、街ではとても素晴らしい物が流行っている。それはけもの耳、略してけも耳のグッズである。
俺の婚約者であるミレーヌ・イェルバンは、黒い髪に黒い目をしたなかなかの美少女である。その瞳はくりんと丸くほんの少しつり上がっていて、何となく小動物を思わせる。
そして、普段は上から目線の高飛車なご令嬢である彼女は、俺がからかうとあたふたして挙動不審になり、丸い目をキョトンと見開いたりふにゃりとした情けない顔になったりして、思わずつついてイジメたくなるくらいに可愛くなる。
15歳になった今でさえこの可愛さだ、幼女の頃はいたずらを仕掛けて泣かせるとそれはもうたまらなく可愛かった。
俺がS属性のいじめっ子かどうかというのはこの際置いておくが、そんなミレーヌにけも耳をつけると、その小動物っぽさが破壊的に増すことがわかったのだ。
俺の防具を買うのに付き合わせてその店に連れて行ったとき、手甲を選ぶのにしばらくミレーヌから目を離した。
愛らしい声で名前を呼ばれ顔を上げた俺が見たのは、白くてふわふわした丸い耳をつけて、ちょっと得意げに笑っている小動物だった。思わず凝視する俺に何やらぴよぴよと説明していたミレーヌは、俺の反応が悪いことに焦れた様子でこちらに駆け寄って来たのだが、その仕種はちょこちょこして素早く、本当の子リスの様な動きだった。
『こ、これはまずいな』
人の目があるにも関わらず、俺の手はミレーヌを撫でくり回したくてうずうずした。それをなんとか押さえ付け、作り物の耳を揉むことでごまかす。
『まずい、非常にまずい』
耳は危険だ。
彼女にあまりにも似合いすぎる。
このまま抱きしめてぐりぐりほお擦りして唇に口づけて押し倒してその他いろいろ17歳の男が取るべき繁殖性に富んだ行いをしてしまいそうだっ!
ああでもしかし、このめちゃくちゃ可愛い耳つきミレーヌの姿をもっと愛でていたい。
丸い耳のついたふわふわした白い少女と手をつないで歩いて、心ゆくまでイチャイチャしたい。
欲望に任せて突っ走らなければそれは可能だ。
がんばれ、俺。
耐えろ、俺。
千々に乱れる心を外には漏らさず、余裕の笑みを見せるのだ。
とはいうものの、こらえきれずに抱きしめて、思い切りミレーヌの匂いを嗅いでしまったがな!
「ミレーヌ、これをつけて見ろ」
「……また耳ですの?」
俺が差し出した黒猫のような三角耳のついたカチューシャを見て、ミレーヌは少し思うところがあるらしく不審な顔で言った。
「これは今までの物とは違うぞ。なんと、身体の柔軟性が増して素早く木に登ることもできるという魔導具なのだ!」
すっかり耳つきミレーヌの虜になった俺は、町で彼女に似合いそうな耳を見つけては買ってくる。もうかなりの数が集まったな。
「……木に、登るのですか? まさか、わたくしに隠密になれとおっしゃいますの? このミレーヌ・イェルバンに、こそこそ隠れて人を探れと?」
彼女は不満げな顔をして言った。
いやいや、わかっているだろう。俺は別に木に登ったミレーヌを見たいわけではない。
まあ、木に登ったミレーヌを下から見上げて「スカートの中が見えそうだぞ」と言って真っ赤にさせたり、「下りるのを手伝ってやろう」などと言いながら腰の辺りに不埒な思いで手を添えてそのまま草の上に倒れて覆いかぶさったりするのはやぶさかではないがな。
「隠密だとか、そのような少々卑怯な仕事にはもっと適した者がおりますわ。ライディとかね」
ちっ。
あの妙に整った顔で腕っ節も強いミレーヌの従者の名前を聞くだけで腹が立つ。一瞬顔をしかめてしまうが、すぐに彼女を安心させるような笑顔を浮かべて言った。
「そうではない。まあ、これをつけていれば、いつ木に登る必要ができても大丈夫だということだ」
「ですから、そのような事態がいつ起こるというのですか?」
「備えあれば憂いがないのだ!」
俺は強引に言い切ると、ミレーヌの頭にカチューシャをつけた。
おお、やはり、耳が似合う!
黒髪に黒い三角耳がぴったりフィットして、まるで生まれた時から耳がついているような自然さだ。
「さあ、これで……いつ木に登っても……」
「レンドール様、落ち着いて、ちょっとお待ちになって、きゃあっ」
いつの間にかはあはあと息が荒くなっていた俺は、ミレーヌを壁際に追い詰めた。
周りには誰もいない。
「ミレーヌ、可愛いぞ……」
俺は壁に両手をついて彼女を囲い込むと、黒猫の化身のような婚約者のピンクの唇を狙う。
「ダメですわ、レンドール様……ん……」
ミレーヌは近づいた俺の顔を見て赤くなっていたが、俺が唇を近づけると慌てて口を閉じた。残念。
婚約者なのだから、もう少し深く口づけてもいいと思うぞ。
仕方がないので、舌の先で唇をなぞると、彼女はピクリと震えた。
「ん、どうした? これは口づけではないぞ。ほんの少し舐めているだけだ」
そうだ、柔らかくて可愛い唇を、ぺろぺろして愛でているだけだ。
何度か舌を往復させて、唇の柔らかさと可愛らしい反応を楽しむ。
「口づけはこうだからな」
俺は彼女の唇を覆うようにして唇を重ねてから、舌先でくすぐった。
「ほら、違うだろう。まだわからないか? ではもう一度」
「わ、わかりましたわ! もう充分です! ですから、もうお止めください」
目に涙をためたミレーヌが必死に俺を押しのけながら言った。
「……そんなに嫌なのか? ミレーヌ、俺はこんなにもお前を愛しているというのに。口づけることすら許されないのか?」
甘く耳元に囁いて息を吹きかけると、彼女は「ひゃん!」と鳴いた。
ちゅ、と音を立てて耳に口づける。
「ミレーヌ、俺のことを見て……俺を好きではなくなったのか?」
「そんなことありませんわ! 好きに決まっています」
「ならいいだろう?」
「それとこれとは話が、んんっ!」
動揺したミレーヌの唇をふさぎ、ゆっくりと味わう。
可愛い俺の黒猫。
「レンドール様、耳がからむと、ものすごく変、ですわ!」
ダメだもう離さないぞ、こんなものでは俺の耳萌え心は満足しない。
「……ミレーヌ、このまま俺の部屋に行こう」
「だっ、ダメです、絶対にダメぇっ!」
ひょいとミレーヌを担いでそのまま寮にダッシュしようとした俺の前に、男が立ち塞がった。
「まったく、油断も隙もありませんね。お嬢様は返していただきます」
緑がかった銀髪に緑の瞳をしたミレーヌの従者は、いつものように俺の邪魔をした。まったく不敬な男である。
「……少し部屋で話すだけだ」
「肉体言語的会話はお控えください。まだ嫁入り前ですので」
鍛え抜かれた身体をした従者兼ボディガードは、軽々とミレーヌを取り返して「失礼」と一言いい、そのまま彼女を手の届かないところへ連れ去ってしまった。
「……くそっ! またいいところで持っていかれた!」
俺は拳を握りしめ、悔しい思いで呟いた。
その後、学園内での耳の着用は、学園長により禁止となってしまった。
非常に残念である。
こうなったら結婚してからミレーヌに着用させようと、さらに耳コレクションを充実させていく。
ああ、今から楽しみだ!
耳『だけ』を身につけたミレーヌを心ゆくまで愛でる日は近いぞ!
早く結婚しよう、そして覚悟するがいい、ミレーヌ!




