昨日までの先輩(五)
「先輩、先輩! あの雲、猫みたいじゃないですか!」
「うーん……微妙」
昨日とは違う、騒がしい帰り道。でも、不快感どころか、心地良さすら感じている。
横でずっと喋っている後輩。
この空回りっぷりは、やはり、来年大丈夫だろうか、と心配になる。
「先輩は進路とかって決めてるんですか?」
「上京……は、考えてる」
私の一言一言に一喜一憂し。
そんな君に、私は、意地悪な。でも、聞いておきたいことを聞く。
「ねぇ、荒井君」
「はい!」
「荒井君ってさ──」
私は何を聞こうとしてるのだろうか。一瞬、言葉を飲み込みそうになるが、待ち遠しそうに待っている荒井君が少し憎たらしくて。
私は、笑い声を押し殺しながら問いかける。
「荒井君ってさ、私のこと好きなの? 人としてーとかじゃなくてね。異性として」
「なっ、す、好きとかじゃ」
見るからに挙動が怪しくなる。そして、それに比例して顔も赤くして。
そんな姿が、やっぱり可笑しくて。でも、言葉を濁されるのも少し嫌で。
私はこんなに面倒くさい奴だっただろうか、と自問自答しながら荒井君に追い打ちをかける。
「私のこと、好きじゃないの?」
「す、好きじゃない訳じゃないですけど」
「けど?」
「え、えっと──」
我慢していた笑い声が、漏れだす。
からかわれた、と思ったのか、君は顔を俯かせる。
そんな君の姿を見て、情けないなぁ、と思った。俯く荒井君ではなく、私が、だ。
年下の男の子をからかい。自分の気持ちを棚に上げ、相手に気持ちを聞き出そうとする。
「ねぇ……荒井君」
この横断歩道を渡れば、すぐ駅に着く。そうすれば、荒井君とはさようなら。
一生のお別れでもないし、明日も会えるけれど。無性に、この時間が名残惜しくて。
「今日は、遠回りして帰ろっか」
驚くような視線を向ける君。そんな表情が、愛おしいとすら思ってしまって。
横断歩道を渡らず、道に沿って歩いていく。あまり通らない道。
繁華街を抜け、徐々に閑静な住宅地へ。
その間も、中身のない会話を続け。
「あれ、こんな大きな川、あったんだ」
住宅街を抜けると、大きな河川敷へと出た。
歩行者専用道路では、ランニングをしている人が。遠くの広場では、野球少年達がキャッチボールをしている。
冬の河川敷は、川からの冷気も相まって寒くて。
ただ、ちょうど良いとも思った。ほとんど人の姿がない、ここなら、と。
「荒井君。少し歩こ」
遠くから、川のせせらぎ。野球少年達の掛け声。
厚着している上半身とは違い、スカート姿の下半身が寒さを訴える。それでも、心の準備のためにも、もう少し歩きたかった。
「先輩。こっち歩くと何あるんですか?」
「うーん、私も初めて歩くから」
君は、本当に楽しそうに喋る。表情も豊かで。
背は私より低い。サッカーだって、早瀬先輩みたいに上手いわけじゃない。理由を探しても、明確な理由は見つからず。
それが、なんだか面白くて。
「先輩?」
「ねぇ。荒井君」
空は遠くの方が僅かに紫色をしていて。あと、数分もすれば、完全に夜になるだろう。
たまに通る車がヘッドライトを点け、私と君を照らしていく。
「荒井君はさ、私のこと好き?」
「え、いや、だから、それは……」
予想通りの反応をしてくれる。
ただ、続く私の言葉を聞いたら、君はどんな反応をしてくれるだろうか。私が想像する──いや、願う反応をしてくれるだろうか。
口の中が乾く。
緊張で、心臓がうるさいほど鳴る。
君が、何度も口を開こうとしては閉じている。
「ぼ、僕は先輩のことを……」
告白は緊張する。
例え、それが断られる前提だったとしても。いや……断られる前提だった私は、その覚悟が出来ていた分、今の君よりかは落ち着いていたかもしれない。
もしかしたら、断られるかもしれない。そんな状態での告白。
自分に置き換えてみれば──確かに、怖い。
掌が白くなるほど握られ、小刻みに震える君。勇気を振り絞ろうとしてくれている。
ただ、それだけで、無性に嬉しかった。
「ぼ、僕は──」
「荒井君、ありがとね」
私は、君の言葉を遮る。
荒井君に続きを言わせようとしている。それは、きっと逃げだ。
一度は君から距離を取ろうとして、やっぱり辞めた、とまた近づいて。本当に、私は情けないと思う。
君は、勇気を出して私に声を掛けてくれたのだ。だから、次は、私の番だろう。
「あのね。私、早瀬先輩が好きだったんだ」
私の言葉を聞いて、君が一歩後ずさる。表情が、見たことないほど悲しそうになる。
わざわざ言う必要はなかったかもしれない。けれど、隠しておくのも違う気がして。
「告白までしたんだ。まぁ……先輩には、幼馴染さんが居たのは知ってたから。断られる前提ではあったんだけどね」
君の辛そうな表情を見ていると、私も辛くなる。
一歩、一歩、後ずさっていく君へと近づき、君の手首を掴む。
君の手首は、予想以上に冷たくて。それが、申し訳なさを加速させる。
「荒井君、ごめんね。君に酷いこと言っている自覚はあるけど、もう少しだけ聞いて」
フラれて落ち込んでいる私に、君は変わらず話しかけてくれた。
君の、どこか抜けているところ。その上、空回っているところ。でも、そんな姿が、結果的に私を励ましてくれて。
頼りない後輩だと思ったけれど、君は優しくて。損得関係なく、周りが見落とすような人にまで手を差し伸べて。
「君は、早瀬先輩とは全然違う。でもね──」
好みだから、惹かれるんじゃない。
惹かれた人が、好みなんだ。
そんな月並みな言葉しか言えないけれど、それが事実だから。
「私は、君が好き。早瀬先輩じゃなくて、今、私が好きなのは君だよ」
きっと、言葉だけだと『早瀬先輩の代わりだ』と思われるかもしれない。
でも、違うのだ。私は、荒井君、君が好き。もう少し、国語を勉強していれば、上手に君に伝えられただろうか。
そんな、今更な後悔を抱きながら君との距離を縮める。
「相変わらず頼りないところもあるけど。でも、誰かのために自然に優しくなれる君が好き。……本当は、私にだけ向けてほしいけど」
「せ、先輩……」
君のその表情は、いったいどんな感情なのだろうか。
もしかしたら、君が私のことを好き、というのは私の早とちりで。私の勘違いだったのだろうか。
少しでもそんな思考が生まれてしまい、抑えていた身体の震えが始まる。
何度体験しようと、好きな人にフラれるというのは慣れるものじゃないから。
「もし……もし、君も、私と同じ気持ちなのだとしたら」
掴んでいる君の手首に、体温が戻り始める。緊張が解けたのだろうか。
君から伝わってくる震えも止まり、この場で震えているのは私だけになる。
「あぁ……そうだ。せっかくなら、先輩呼びをやめてもらおうかな」
震えを誤魔化すように、思いつきで君へと告げる。
「私の下の名前、知ってるよね」
君のどこか、恥ずかしそうな。でも、嬉しそうな。
そして、意を決したかのような表情を浮かべ、そしてゆっくりと口を開く。
「僕も、せっ……夏希のことが好きです」
「ははっ。年下の子に、呼び捨てされるというのも……意外に悪くないね」
いつの間にか、私の震えも止まっていて。
私は、掴んでいた君の手首から、代わりに掌を握る。
冷えた私の手には、君の体温はとても温かくて。私は、横に立つ君へ、寄りかかるように体重をかける。
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