## 第一話 ### 誰にも必要とされない日
# 『異世界に来てから、「ありがとう」の大切をしたった。そして、ありがとうが、僕の心を救ってくれた。そこから英雄になる話!』
## 第一話
### 誰にも必要とされない日
雨が降っていた。
六月の終わり。
仕事帰りの人たちが足早に駅へ向かっている。
その中を、一人の男が歩いていた。
**湊 春人。**
二十八歳。
独身。
会社員。
特別な才能はない。
特別な夢もない。
ただ毎日を生きているだけの男だった。
---
「春人、これ今日中な」
「はい」
---
「こっちも頼む」
「分かりました」
---
「悪いな」
---
そう言われても、
ありがとうとは言われない。
それが当たり前だった。
---
春人は人に頼まれることが多かった。
断るのが苦手だからだ。
誰かが困っていると放っておけない。
だから仕事も引き受ける。
雑用もやる。
残業もする。
---
でも。
誰かの記憶に残ることはなかった。
---
帰宅は夜十時過ぎ。
コンビニで安い弁当を買う。
一人で食べる。
風呂に入る。
寝る。
---
そんな毎日。
---
部屋の天井を見上げながら、
春人はふと思った。
---
「俺って、何のために生きてるんだろうな……」
---
答えは出ない。
---
スマホを開く。
連絡は会社の通知だけ。
友人からのメッセージもない。
恋人もいない。
---
春人は小さく笑った。
---
「寂しいな……」
---
誰にも聞こえない独り言だった。
---
翌日。
雨はさらに強くなっていた。
---
仕事を終え、
駅へ向かう途中。
---
交差点の信号待ちをしていた時だった。
---
コロコロコロ……
---
ボールが転がる。
---
その後を追いかける小さな男の子。
---
「ゆうくん!」
---
母親の悲鳴。
---
赤信号。
---
迫るトラック。
---
周囲の人たちは凍りつく。
---
春人だけが動いた。
---
考えるより先だった。
---
男の子を抱き上げる。
---
そして。
---
轟音。
---
世界が回転した。
---
空。
雨。
光。
---
全てが遠ざかっていく。
---
不思議と怖くなかった。
---
男の子は無事だろうか。
---
それだけが気になった。
---
意識が沈んでいく。
---
そして。
---
気付けば。
---
柔らかな草の感触があった。
---
「……ん?」
---
目を開ける。
---
青空。
---
白い雲。
---
見たことのない景色。
---
春人はゆっくり起き上がった。
---
「ここ……どこだ?」
---
見渡す限り草原だった。
---
遠くには小さな町が見える。
---
車もない。
ビルもない。
電柱もない。
---
聞こえるのは風の音だけ。
---
「夢……じゃないよな」
---
頬をつねる。
痛い。
---
「痛っ!」
---
夢ではないらしい。
---
状況は全く分からない。
---
だが一つだけ確かなことがある。
---
腹が減った。
---
ものすごく。
---
「まずは町へ行くか……」
---
春人は立ち上がった。
---
知らない世界。
知らない景色。
知らない人生。
---
それでも歩き出す。
---
まだ春人は知らない。
---
この町で。
たくさんの人と出会い。
たくさんの「ありがとう」に救われ。
そして。
---
一人の少女に恋をすることを。
---
その少女の名前は――
**リリア。**
---
春人の新しい人生は、
ここから始まる。
---
### 次回
## 第二話
### 「最初のありがとう」
空腹で倒れそうになった春人。
町の入口で力尽きかけたその時、
一人の少女が声をかける。
その何気ない出会いが、
春人の人生を大きく変えていく――。




